2026年7月1日 AM11:34
浴室から出て、新しいバスタオルで髪と身体を拭う。
「洗濯、したほうがいいよね。」
そう思ったけれど、やはり今すぐにはできそうになかった。
汗を流して不快感はなくなったけれど、代わりに全身にだるさを感じている。
心だけじゃなくて、身体もずっと緊張していたんだなと思った。
一旦、考えることを放棄する。
自室に戻って、ドライヤーをコンセントに繋いで、ベッドの縁に座った。
ドライヤーで髪を乾かす。
見慣れた自分の部屋の景色。
窓にはカーテンが掛かっていて、外の景色は見えない。
ドライヤーの音が大きいから、周りの音も聞こえない。
外で体験したことの輪郭がぼやけていく感じがする。
髪を乾かしながら壁に掛かった時計に目を向ける。
時計の針が、11:34を指している。
12時間前の、6月30日のPM11:34だったら、お父さんもお母さんもこの扉の向こうにいてくれたのかなという考えが頭をよぎる。
お母さんはもう寝室で眠っていて、お父さんはきっと書斎でパソコンを構っていただろうか。
昨日までは普通だった光景。
あまりにも普通で、当たり前で、気にも止まらなかったのに。
私の頭は冷静で、冷酷で、今ではもう、その景色は帰ってこないものだと判断してしまっている。
『晴菜の考え方ってクールだよねぇ。言ってることが正しいから余計にさ、時々こう、グサってくるの。もう少し夢とか見させてくれてもいーのにぃ。』
いつだったか、クラスメイトの1人がそんなことを言っていたのを思い出す。
今、それが自分自身に向いているのがわかる。
冷静な自分が、夢を見るな、現実を見ろと言っている。
現実から逃げることを、許してくれない。
これはきっと、私の得難い資質で、こんな事態になってしまったからこそ、今後私を救う武器になってくれるはずで、だからこそ、私は冷静に現実を見続けることをやめたいとは思わないけれど。
けれど、今だけは、夢だけを見つづけられたら、どんなにしあわせだろうかと思ってしまった。
ドライヤーの電源を切る。
静寂。
音はなくなっても、ドライヤーで温められた空気が身体にまとわりついている。
ベッドに倒れ込んで、まくらに顔を埋める。
「うぁ……あぁっ…」
今日は本当によく涙が出るなぁと、冷静な私が思考している。
一度目は、未知への恐怖で。
二度目は、未来への不安で。
そして三度目は、喪失への悲嘆で。
泣いているのは私のはずなのに、私を囲う透明なガラスの向こう側で、まるで他人事のように見下ろしている自分がいるような、そんな気がしていた。
次回は8/12(水) 20時頃に更新する予定です。




