2026年7月1日 AM10:34
「ただいまぁ。」
今回の"ただいま"はもう、大きな声にはならなかった。
この"ただいま"の先にはきっともう、両親はいない。
この"ただいま"は、自分に向けた”ただいま”だと思った。
玄関の鍵を閉めて、靴を脱ぐ。
冷房をつけたままにしていたから、リビングの空気が冷たい。
冷蔵庫に直行して、冷たいお茶を飲む。
とりあえず、この家は安全だ。
そう思うと、力が抜ける。
ふらふらとリビングのソファまで歩いて、へにゃりと座り込む。
さっき家を出るまでは不安を煽っていたこの場所が、今はいつもの安心できる場所に戻っているのが不思議だった。
あんなに気になった時計の音も、今は気にならない。
視線を上げた先にあるリビングの掛け時計は、AM10:34を指している。
今朝目が覚めてから、まだ5時間も経っていない。
状況の変化が激しすぎて、心の動きが複雑すぎて、思考がついていかないなと思った。
ソファの背もたれにもたれかかって天井を見上げる。
普段だったら、今は2コマ目の授業が終わった休み時間で、今日は水曜日だから次の授業は数学だ。
普段、いつも通りの日常。
ああでも、その"普段"は昨日までの私の普段であって、どうやら今日からの私の普段ではないらしい。
今日からの私の"普段"は、まだまだ全然、想像もつかない。
「お腹すいたな…」
落ち着いたら、空腹を自覚する。
そういえば朝ご飯を食べていなかったことを思い出した。
この気づきは今日三回目だなと思って、また自然と苦笑が漏れる。
今回は涙は溢れなかった。
大丈夫、だいじょうぶ…
何かを調理する気力はもう残っていなかったので、朝ご飯になるはずだった食パンを2枚、トースターに放り込んでタイマーをセットする。
冷蔵庫からいちごジャムと牛乳を取り出す。
卵が9個並んでいるのが見えて、家族三人なら3日で食べる量だけど、私一人で食べきれるかな?と思った。
野菜室を開くとミニトマトがあるので、3粒取り出して、軽くゆすいで皿に盛りつける。
"チンッ"という"平常通り"の音がしたのでトーストを取り出す。
食器を運んで、4人掛けのダイニングテーブルの、いつもの場所に座った。
私の前にはお母さんが座って、はす向かいの席にはお父さんが座って。
平日でも、みんな揃うのを待って、みんなでいただきますを言って、朝食を食べるのが日課だった。
仲のいい家族だったと思う。
今は、私一人になってしまったけれど。
トーストにジャムを塗って、一口かじる。
トーストの端が少し焦げてしまっていて苦みを感じる。
ミニトマトを1つ、口に放りこむ。
今どきのトマトにしては大分青臭い感じがした。
牛乳はまあ、いつも通りの味だ。
今日の朝食はちょっと失敗だねって。
そんな他愛もない感想を伝え合える相手は、ひょっとするともう、2度と巡り会えないのかもしれない。
タイトルを少し変更しています。
次回は8/8(土) 20:40に更新する予定です。
と思ってたら時間設定間違えててフライングしました。。。




