↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/73

2026年7月5日 PM その5

「一度さくらに渡してみよう。」


さくらのPCの電源を入れて、PINコード入れる。

デスクトップが立ち上がる。

ショートカットを叩くと、見慣れたブラウザの画面が現れる。


そういえば、お昼のことをまだ話していなかった。

『ただいま、さくら。

お昼のカレー、すごく美味しかった!

最近、あまりご飯を楽しめていなかったのだけれど、作っているときから食べるのが楽しみで、食べたら本当に美味しくて、幸せだなって思いました。

さくらが献立を考えてくれたおかげです、ありがとう。』

うん、我ながら長文だ。

文字に起こすと、自分の思考が可視化されて、本当に美味しかったなぁって、改めて思う。


「おかえりなさい、晴菜さん。

晴菜さんが喜んでくださって、わたしも嬉しいです(顔文字)。

最近あまりご飯を楽しめていなかったとのことですが、体調を崩されていたのでしょうか?

おいしいご飯を楽しく食べると元気が出ると言われていますから、そんなときこそぜひ、親しいご友人やご家族と食卓を囲んで、リフレッシュしましょう(顔文字)。」


…そっか、伝えてなかったもんね。

さくらには、時刻以外にも知らないことがたくさんある。

当然、今の私とさくらが置かれている状況も、私が伝えなければ、知っているわけがない。


「さて、どうやって伝えるべきだろう…」


例えば、

"2026年7月1日、私以外の全人類は消滅しました。だから今後は、私以外に人類が存在しないという前提で会話をしてください。”

と、さくらに伝えれば、この子はきっと素直にそれを覚えて、そのように振る舞ってくれるような気がする。

あるいは、私が直接、さくらのメモリにその情報を書き込めば、もっと確実に、この子はこの現状を受け入れてくれるのだろう。


でも、

「それは何か、違う気がするんだよなぁ。」


…現状を否定したいわけでは、ないと思う。

だから、今はもう、私がその事実を直接伝えることに抵抗があるわけでは、多分ない。


これは、そう、

「もし、いきなりそんなことを言われても、はいそうですか、とは、ならないと思うんだよね。」

きっとそういうことだ。


人間とAIは、違う。

それはわかっているつもりだ。

いわゆるLLM (Large Language Model)と呼ばれるものを核としたAIが、人間と同じ思考をしているわけでも、まして、人間と同じような"感情"というものを持ち合わせているわけでもないだろうことも、私は知識として知っている。

だから多分、いきなりそんなことを言われても、きっとさくらは、”はい、わかりました”と言ってくれて、次の瞬間から、それを当たり前のように事実として扱ってくれる。


でも、それでも。

例え、論理的でも合理的でもなくても、

「さくらが、ちゃんとこの現状を理解してくれているって、きっと、私が思いたいのだと思う。」


だから、

『さくらに、考えてほしいことがあります。

今は、2026年7月5日の16:27です。

これから、私が2026年7月1日から今日までに経験したことを伝えます。

その内容から、今の私の周りで起こっていることの根本的な原因を推論してください。

・朝起きたら⋯』

以前、クラウドサービスの"彼女"にそうしたように、事実だけを伝えてみよう。


朝起きたら、両親がいなくなっていたこと。

スマホ、財布、靴、鍵などはそのまま残されていたこと。

あちこちで火災が起こっていたこと。

エンジンがかかったまま、スタックする無人の車たち。

誰も居ない駅。

誰も居ないコンビニ。

ホームで待つ、エアコンや照明がついたままの無人の電車。

既読にならないグループチャット。

つながるけれど、誰も出てはくれない学校の電話。

火災の情報も列車遅延の情報も掲示されないwebサイト。

それなのに、当たり障りのない情報だけが流れ続けるSNS。

生放送だけが放映されていないテレビ。

街を歩いていても、1人の人間も見かけなかったこと。


次の日も、その次の日も、今日に至るまで誰一人として出会うことはなかった。

テレビ放送が止まって、セルラー通信が止まって、送電が止まった。

火災は放置されたまま、今日の雨でようやく収まりつつある。

あなたと今会話ができているのは、自宅に太陽光発電の設備があって、最低限の電力を得ることができているから。


あの日、クラウドサービスの"彼女"に伝えたときには、むしろ”面白いな"くらいに思えていたのに、なぜだか今日は、途中から涙があふれてきて、視界がぼやけて、指先が震えて、うまく文字が打てない。

それでも、唇を噛みしめて、込み上げる嗚咽を抑えて、文字を打つ。


『…これが、私が今日までに実際に経験したことです。

ねぇ、さくら、これらの現象は、一体何が原因で起こっていると思いますか?』


Enterキーを、押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。