2026年7月5日 PM その3
食器を洗って、水切り籠に立てていく。
コンロに目を向けると、まだ三食分くらいのカレーを残している鍋がある。
「夕方くらいには冷めるだろうから、そうしたら一旦冷蔵庫かな。」
時計を見ると、PM2時になろうとしていた。
タオルで手を拭く。
先ほど考えたように、一度雨の日の外の様子を観察しに行くことにする。
スマホとキーケースをもって玄関へ向かう。
靴を履いて、傘立てから傘をとって、鍵を開けて、ドアを開ける。
先ほどと変わらず、静かに雨が降り続いていた。
ドアを閉めて、鍵を閉めて、まずは前の畑に向かう。
畑の中にもそれなりに水たまりができている。
かなり泥濘んでいるように見えるので、畑に足を踏み入れるのはやめておく。
「排水を意識するといっても、手仕事では限界があるよね。」
このあたりの基準は改めて調べてみようと思うけれど、見た限りでは、あまりにもひどすぎなければよいのかもしれない。
畝から土が流れてしまっているように見えるところがあって、どちらかというと、そちらの方が気になった。
「とりあえず、写真を撮っておこう。」
気になるところを中心に写真に収めていく。
一通り写真を撮り終わったら畑を後にして、そのままいつもの陸橋に向かう。
静まり返った街の中、不規則に傘を叩く雨音が心地よい。
陸橋の最頂部から眺める見慣れた町並みが、今日は曇り空の下、雨に濡れている。
先程予想した通り、少なくとも8時間以上降り続いているこの雨のおかげで、あの日から続いていた延焼は概ね鎮火されたことが見て取れた。
遠く雨に霞んでいる先までは見通せないけれども、少なくとも私の現在の生活圏を脅かす可能性はなくなったと考えて良いだろう。
眼下に広がる、ところどころに見え隠れする火災の痕跡以外は、以前と変わらない景色。
あの日、突然人々が消えて、その結果発生した中では恐らく最大級の脅威が収束したのだから、これは喜ばしいことだ。
だけど、目に見える脅威や異常が収束していくにつれて、それに伴う強い感情が取り払われていくにつれて、あの、言葉にできない感情が表に出てくるのだろう。
「…いっそのこと、全部燃えてしまえば良かったのに。」
自然と口をついて出た言葉。
少し遅れて、理解が追い付いて、その言葉に自分自身が驚いているのがわかる。
一昨日、自分の部屋に感じたのと、根っこは同じなのかもしれない。
失われてしまったものと、失われなかったもの。
「だからって、全部なかったことにすればいいわけじゃ、ないよ。」
失われなかったものを見るのがつらいからと言って、それらも捨ててしまったとしても、失われたものが返ってくるわけではない。
冷静に考えれば明白なその事実を、一瞬とはいえ置き去りにして思考が進んでしまったのは、それだけ、私にとって失われてしまったものが大きいということなのだろうと思った。
「大きすぎるよね、本当に…」
かけがえのないものだったのだ。
家族も、友人も。
それがなくなってしまったら、他の物なんて、あってもなくても同じだと思ってしまう程度には。
でも、もし、残されたのが私じゃなかったら。
ただ一人残されてしまった、私の大切な誰かが、
「そんな風に思ってしまっていたら、私は、きっと悲しい。」
だから、
「今日の私を、とりあえず褒めておくかぁ。」
いつか、もしいつか、彼らにもう一度会えた時に、胸を張っていられるように。
少なくとも、今日の私は、今日までの私は、まだ彼らに胸を張れる生き方をしていると思うから。
だから、これからも、そうであり続けられるように。




