挿話二 文学少女は妖精の王女と踊る
物心ついた頃には、物語の世界に浸っていた。
母が読み聞かせてくれていた絵本の内容を覚えて、自分で絵本をめくるようになった。
絵本をめくりながら文字を覚えて、小学校に上がる頃には、簡単な児童書なら一人で読めるようになっていた。
同年代の子たちが外で元気に遊び回っているときも、私は一人、本のページをめくっていることが多かった。
友達と過ごすことが嫌いなわけではない。
同年代の子たちとの関係も、それはそれで心地よいものだった。
でも、この世界には数多の物語があって、そんな物語の世界を旅し続けることこそが、私にとってもっとも満たされる時間なのだと、そう思っていた。
中学に上がった日、彼女に、出会うまでは。
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中学校初日、登校して、自分のクラスを確認して、自分の席に座って、いつものように本を読みながら、入学式までの時間を過ごしていたときのことだった。
「おっはよーございまーっす!」
一際元気な声が、教室に響いた。
大きくて元気な声なのに、透き通った湖のような、心地よい声音だと思った。
読んでいた本から顔を上げると、教室の前方の入り口に小柄な女の子が右手をまっすぐあげて立っているのが見える。
女の子は満足げな顔をして、ぴょんぴょんと跳ねるように黒板の前まで行き、座席表を眺めている。
自分の席を見つけたようで、勢いよく振り向いた彼女がこちらを見たかと思うと、とてとてと近寄ってくる。
咄嗟のことで目を逸らすタイミングを失ってしまって、彼女と視線が交錯したのが分かった。
今後の成長を期待してのことだろう少し大きめの制服が、逆になんとも言えない可愛らしさを醸し出している。
小柄な体には、これまた小さくまとまった可愛らしいお顔が乗っていて、左右に振り分けたツーテールの髪型が、同年代であるはずの彼女の幼気な愛らしさをより強調している。
"妖精の王女様"
ふいに、そんなイメージが頭をよぎった。
数年前に読んで、以来何度も読み返すくらいには大好きな児童文学作品に登場する、妖精の王女様。
まるで、その物語の世界から飛び出してきたのではないかと思われるほど可愛らしいその女の子が、私の前で立ちどまる。
小首をかしげて、ニコッと笑って
「山科美月です!」
透明な声音でその名前を紡いだ。
「…あ、えと、吉田夏帆、です。」
咄嗟のことで、おどおどしてしまって、恥ずかしい。
「これからよろしくね、夏帆ちゃん!」
そんな私のことを気にする様子もなく、椅子をひいて私の前にちょこんと座った彼女。
これが、私、吉田夏帆と、彼女、山科美月との、初めての邂逅だった。
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入学式が終わって、教室では初めてのホームルームが行われている。
先生から学校生活についての説明を受けて、教科書が配布されて、自己紹介の時間になった。
「有島晴菜です。
先程の入学式では…」
出席番号順で、先頭は晴菜ちゃんだ。
有島晴菜ちゃん。
同じ小学校で、4年生から6年生まで同じクラスだったから、今年で4年連続ということになる。
教室の左前方の席から立ち上がった彼女は、先生に言われたわけでもないのに体を自然と教室中央に向けて、クラスメイト一人ひとりに視線を配りながら、流暢に自己紹介の言葉を紡いでいった。
同じ小学校だった私たちはもう見慣れているけれど、もう一つの小学校から来た子たちはきっと驚きとか憧れとか、そんな感情を抱いているのではないかと思う。
私の前の席に座っている"妖精の王女様"も、ちょうどそんな横顔をして、晴菜ちゃんの方を見ていた。
順番に沿って自己紹介が進んでいって、"妖精の王女様"の順番なる。
「山科美月です!
得意な科目は算数、じゃなくて、数学になる予定です!
体育はちょっと苦手かなぁ…。
特技は、幼稚園の頃から続けているピアノです。
音楽も好きなので、部活は吹奏楽部に入りたいです。
みんなよろしくねーっ!」
"よろしくねーっ"のところで、右手を挙げてぶんぶんと振っている。
これだけ激しい自己紹介なのに、嫌味を全く感じないところに凄みを感じた。
…っといけない!
思わずぼーっと見とれてしまっていたけれど、次は私の番だ!!
少し慌てて立ち上がる。
「…えっと、吉田夏帆です。
本を読むことが好きです。
いろいろな本を読みたいと思っているので、皆さん、おすすめの本があったら是非紹介してください。
よろしくお願いします。」
多少は考えていたのに、王女様のインパクトが強すぎて全部飛んでしまって、本音だけを無造作に話してしまった。
少し自己嫌悪しながら席に座って顔を上げたところで、にこにこした顔の王女様と目が合って、なんだかドキドキしてしまった。
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「ねえねえ夏帆ちゃん、有島さんって、どんな子?小学校同じだよね?」
ホームルームが終わってすぐ、"妖精の王女様"が勢いよく振り返って、私に話しかけてくる。
さっきのにこにこはこの前振りだったのかもしれない。
改めて正面から見ると、くりくりとしたぱっちり二重の大きな目、真っ直ぐな鼻筋に形の良い小鼻、紅を指しているわけでもないのに綺麗な薄桃色の整った形の唇に、血色の良い珠のような肌は、紛うことなき妖精の出で立ちだなと思って、思わず見とれてしまいそうになる。
⋯いけない、せっかく話しかけてくれたのだから、お返事をしなければ。
「晴菜ちゃん?んー…真面目で、気さくで、頭がよくて、運動もできて、あと、すごく良い人。」
こんな状況でも、そんな人物評がすらすらと出てくる程度には、晴菜ちゃんは特徴的な女の子だ。
あまり自分から話しかけることをしない彼女が、なぜだか私にはそれなりに話しかけてくれるというのも、彼女のことを語りやすい要因だったかもしれない。
特に、すごく良い人というのは、そこから来ている実感でもある。
「…おまけに美人。完璧超人じゃん。」
王女様がため息をついて、天井を仰いでいる。
"…いやいや、あなた様もとても愛らしくてあらせられますよ、アリシア様。"
思わず小説の中の一節をそのまま口に出しそうになって、クスリと笑ってしまう。
「山科さん、面白いね。まあでも、気持ちはわかるかなぁ。今日もかっこよかったし。」
そんな内心を悟られないように、無難に晴菜ちゃんの話をつなげて、その流れで晴菜ちゃんの方に視線を流す。
つられて、王女様の視線も晴菜ちゃんの方へ流れたのが分かった。
だから、私は安心して、王女様の横顔へ視線を戻す。
何やら真剣な顔で晴菜ちゃんを眺めていた王女様が、ふいに
「…人生2周目なのかな?」
なんてことを言うものだから、言葉のチョイスが面白くて、今度はプッと吹き出してしまう。
「山科さん、やっぱり面白い。」
思わず本音が口をついてしまった。
「ありがと!美月で良いよ、ミッキーでも可!」
いきなりニックネームの許可が下りる。
"アリシア様、お戯れはいけません、あなた様は高貴で神聖なお方なのですから、そう簡単に真名を告げるものでは…"
発言まであの小説の王女様とシンクロするなんて、本当にアリシア様のモデルなんじゃないかって思ってしまって、嬉しくて、笑みが零れてしまう。
「分かった、美月ちゃん。うん、それもわかるなぁ、なんか、達観してるんだよね、晴菜ちゃん。小学校の頃の休み時間もね、誘ったらドッヂボールとか一緒にやってくれるし、晴菜ちゃんも楽しそうだったんだけど、なんか子どもの遊びに付き合わせちゃ悪いな、みたいな、そんな感じになっちゃったりで。」
いきなりミッキーはもったいない気がして、無難な美月ちゃんにさせてもらった。
「これが俗に言う、高嶺の花ってやつですかなぁ。」
美月ちゃんの言動に、本好きの片鱗が見え隠れしているのもうれしくて、
「同意するけど、美月ちゃんは美月ちゃんで面白い表現するね。見た目によらず読書家と見た。」
また本音をそのまま零してしまったのだけれど、
「えぇー、見た目によらずってどーいうこと!?本が好きなのは事実だけど!」
美月ちゃんが、その愛らしいお顔をむくれさせてしまった。
やってしまったと焦る気持ちと、むくれた顔の絶妙な愛らしさにちょっとドキドキしながら、とっさに謝罪の言葉を口にする。
「ごめん、今のは私が悪かった。人を見た目で判断するのは良くない。
でもね、美月ちゃんがすごくかわいいってことだから、悪意はないから!
私も本が好きだから、うれしくて!」
ふと、この子といると、本音がぽろぽろ出てしまうのが不思議だなと思った。
こんなに素直にお話ができたことは、思えばこれまで、ほとんどなかったのに。
「わかればよろしい。
まあでも、私も見た目によらない自覚あるし、気にしないで!
後ろの席が夏帆ちゃんで良かった。よかったらおすすめの本紹介してよ!」
そう言って、彼女は笑顔で右手を差し出す。
「うん。ありがとう。
美月ちゃんの好きな本も教えて欲しい。」
なんだか無性にうれしくて、私も笑顔になって、彼女の手を取る。
中学校初日、正直不安だったけれど、私の前の席には、可愛くて素敵な、妖精の王女様が現れた。
私の中学校生活は、とても素敵なものになりそうだという、そんな予感を引き連れて。
昨日投稿した挿話一と同様、元は独立短編としての提供を予定していたのですが、うまく繋がってしまったので、本編に関連する挿話としてエピソードに加えました。




