2026年7月5日 AM その1
いつも通りの、目覚まし時計のアラームがなる。
アラームが鳴っているということは、時刻はAM6:15のはずだ。
9時間近くも眠ってしまったのかと思って、目を開ける。
アラームを止めると、微かなノイズが聞こえた。
「⋯雨だ。」
上半身を起こして、軽く身体を伸ばす。
今日は目元に違和感が無かったから、どうやら泣き虫さんは現れなかったようだ。
ベッドを抜け出して、窓際に近づいて、カーテンを開けてみる。
どんよりとした雲が立ち込めていて、そこそこ景気よく雨が降っていた。
太陽はすっかり雲に隠れていて薄暗いけれど、夜の暗闇とは全然違って、怖さは感じない。
「ホームセンターはお預けだなぁ。」
最低限必要なものは揃っているから、雨の中をわざわざ向かうほど喫緊の用があるわけではない。
とりあえず、今日は様子を見ることにする。
明日も雨なら、その時はまた考えれば良い。
カーテンを閉めて、照明をつけて、クローゼットを開ける。
今日は一日家にいると決めたから、防御力が低い服でもいいのかと思って、薄手の半袖の服を選ぶ。
服を着替えて、部屋を出て、洗面所へ向かう。
朝が来たから、廊下の照明は消していく。
「ありがとう、夜を明るくしてくれて。」
水栓を開けると、当たり前のように水が出る。
「まだ止まらないでいてくれて、ありがとう。」
歯を磨いて、顔を洗って、髪を整える。
鏡に映る自分は、久しぶりに見られる顔をしていた。
リビングに移動して、照明をつけて、冷房をつける。
キッチンに向かう途中で、HEMSのリモコンを確認する。
蓄電池は97%、夜中はエアコンを切っていたから、概ね予想通りの数字だ。
まだ水道が使えるから、朝ごはんは今日も素麺にする。
鍋に水を貯めて、IHにかける。
お湯が沸くまでの間に、洗って干してあったペットボトルに水を貯めていく。
いざ断水となったら、この1本2Lの水でも貴重なものになるだろう。
「すごく不便になるんだろうなぁ…」
これまで、水栓を開ければ水が出る生活しかしたことがないから、想像しただけで恐ろしい。
そうこうしている間にお湯が沸いたので、さっと素麵を茹でる。
茹で上がった素麺をざるに上げて冷水ですすぐ。
直前に2Lのペットボトルに水を貯める時間を計っているから、昨日にもまして贅沢を実感した。
ダイニングテーブルのいつもの席に座る。
手を合わせて、
「いただきます。」
なんだか、休みみたいだなと思った。
昨日や一昨日は、朝ご飯を食べながらあれこれと考えていた気がするけれど、今日はこの後掃除をしたら、データ整理と勉強くらいしかできることがない。
「晴耕雨読。⋯いや、まだ耕してはいなかったわね。」
そんなことを考えられる程度には、今日は心に余裕があるようだ。
朝食がつつがなく終わる。
食器と調理器具を洗って、次は掃除だ。
掃除機と使い捨てのハンディワイパーを持って2階に向かう。
ハンディワイパーみたいな日用品も、当分は在庫に困ることはないと思うけれど、10年後20年後まで品質が維持されるのかは気になるところだ。
まずは自分の部屋を掃除する。
収納には比較的ゆとりのある構造の家だから、出ているものが少なくて掃除はしやすい。
次は隣の書斎。
「おじゃましまーす。」
入る時に、"父の書斎"ではなく、"あの子の部屋"だと認識していることに改めて気づいて、自分のことながら少し驚く。
ハンディワイパーで本棚や机の埃を落としていく。
「うるさくしてごめんね。」
と呟いてから掃除機のスイッチを入れた時には、ちょっと病的な思考かもしれないなと思った。
一通り掃除機をかけて、スイッチを切る。
掃除道具を持って部屋を出る。
ドアを閉める前に、
「また後でくるね。」
と、誰もいない部屋に向かって声をかける。
最後に、両親の寝室に入る。
両親は寝るとき以外はリビングか書斎で過ごしていたから、この部屋は外に出ているものが特に少ない。
ベッドとサイドテーブル、洗濯グッズが入っている洗濯籠が置かれている以外は、すべて壁面のクローゼットと、奥にあるウォークインクローゼットの中だ。
なので、あっという間に掃除が終わる。
と、最後にベッドの下に掃除機をすべらせたところで、掃除機の先からカタカタと音がした。
引き寄せてスイッチを切って、掃除機のヘッドを持ち上げると、例のイヌのキャラクターがあしらわれたヘアピンが床に転がる。
「お母さんのヘアピン…」
両親が消えた後に始めて掃除をしたからではあるけれど、色々なところに名残があるものだなと思う。
拾い上げて、ほこりを払う。
クローゼットを開けて、母の小物入れの髪留めの引き出しを開ける。
…2/3くらいが、例のイヌのキャラクターグッズだった。
「こういうところは、似たもの夫婦だったんだなぁ。」
その中から、イヌのキャラクターの飾りが付いているシュシュを取り出して、髪を纏めてみる。
「お母さんは不思議なくらいよく似合っていたのだけれど、私がつけるとどう見えるのかな?」
似合っていると良いなと思いながら、小物入れの引き出しを閉めて、クローゼットのドアも閉める。
なんとなく部屋を眺める。
今度晴れた日には、ベッドマットレスにも風を通しておこう。
この部屋を、いつでも気持ちよく使えるように。
ウォークインクローゼットの中もさっと掃除機をかけて、両親の寝室を後にする。
廊下、階段、リビングダイニングと、順番に掃除機をかける。
そのあと、水回りも一通り掃除しておく。
貯めておいたお風呂の水も一度抜いて、浴槽を洗ってから張りなおしておく。
お風呂掃除を終えてリビングに戻ると、時刻はAM9:30を過ぎたころだった。
以前の平日なら、ようやく1限が終わりかけという時間。
「現代人は、忙しすぎたんだよねぇ。」
これは、失う前からなんとなく思ってはいたことだった。




