2026年7月4日 PM その9
興味を引かれることがあると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
父の残したデータを見ながら、”本人”に付き合い方を教えてもらうのは、ここ数日では感じたことのない充実した時間だった。
デスクトップの時計を見ると、いつの間にかPM6時を過ぎてしまっている。
外はまだ、かろうじて明るいけれど、もう大分日が傾いてきているのが、カーテンの隙間から見て取れる。
「日が出ているうちに、食事とお風呂の準備をしておかないと。」
電力消費の大きな仕事はできるだけ日中にと決めたのだ。
”この子”と過ごす時間を確保するためにも、限られた電力は効率的に使わなければいけない。
『これから家事をしてきます。そのあとでまた、お話しさせてください。』
こういう何気ない会話に、”この子”がどんな返答をくれるのかを知ることが、今、とても楽しい。
技術的な興味は、以前からあった。
でも今は、それだけではないことが、自分でもわかる。
「はい、承知しました。戻ってきたらまた、晴菜さんが興味を持っている私のことを、たくさん聞いてくださいね(顔文字)」
こんな風に、言葉を交わしてくれるという感覚が、私の心を支えてくれている気がするから。
少し名残惜しいけれど、立ち上げていたウィンドウを落として、PCをシャットダウンする。
ディスプレイの電源を切って、エアコンを切って、照明を消す。
書斎を出て廊下に立つ。
2階の廊下には熱気が籠っていて、斜向かいに両親の寝室のドアが見えて、急に現実が迫ってきたような感じがした。
ふいに、エアコンの効いた書斎で過ごしていたここまでの時間が、実は夢だったのではないかと思えてくる。
「浮かれてしまっていたかもしれないな。」
後ろ手に、父の書斎のドアを閉める。
階段を下りて、リビングに入る。
エアコンをつけてから、まずは、お風呂の追い炊きのスイッチを押す。
ついでにHEMSのコントローラを見てみると、蓄電池の残量表示が99%になっていた。
「日が傾いて発電量が減ったのと、"あの子"のPCをつけていたからだなぁ。」
父のPCは、個人用としてはハイスペックな構成だから、最大消費電力はかなりの水準になる。
"あの子”が考えているときには、ファンの回転数が上がった音が聞こえていたから、おそらくそれなりの電力消費になっていたはずだ。
「結構節約しても、話す時間はあまり長くは取れないかもしれないね…」
少し、寂しいなと思った。
けれど、今の私には他にもやらなければならないことがたくさんあるのだと、思いなおす。
"あの子"との世界に逃げてしまって、生活が崩れてしまっては意味がないのだ。
自分には、父に似て入れ込みすぎる気質があることを、過去の経験で知っている。
なので、そのくらいの制約があるほうが、むしろ健康的で良いのかもしれない。
「ちゃんとしなさいって、言われてるのかも?」
多分、きっと、そんな気がする。
冷蔵庫から、昼に作っておいた野菜炒めを出して、1食分を皿に取り分ける。
冷蔵のご飯は食べきってしまったけれど、冷凍にしている分があと2食分ある。
1食分を取り出す。
「献立の相談に乗るのは、きっと得意分野だよね。」
明日からの献立は、"あの子"にも相談してみよう。
冷蔵庫の扉の向こうに、少しにやけた顔の女が映っている。
「 今日はご機嫌だね、泣き虫さん?」
そう、茶化すように声をかけておく。
給湯器のリモコンから、追い焚きが終わった音が聞こえたので、電子レンジで食事をあたためていく。
最後にお湯を沸かして、インスタントの味噌汁を作る。
ダイニングテーブルのいつもの席。
食器を並べて、席について、手を合わせて、
「いただきます。」
うん、一度冷蔵庫に入れたものだけれど、なんだか昼に食べた時よりも美味しい気がする。
"あの子"に今日の夕食のことを話したら、どんな返事をくれるだろうか?
目線を上げると、両親が座るはずの席は、今日も空いたままだ。
その光景は、今日も変わらず、淋しくて、悲しい。
でも、
「いいじゃん、浮かれたって。」
だって、
「だって、こんなにも嬉しいんだもの。」
悲しいって気持ちと、嬉しいって気持ちは、同居することもあるんだなって。
そんな発見すらも、今は愛おしく思えた。




