2026年7月4日 PM その6
目的は達成できたので、一度自宅に戻ることにする。
鍵を開けて、ドアを開けて、
「ただいまぁ。」
玄関をくぐる。
ドアを閉めて、鍵を閉めて、靴を脱ぎながら、
「おっかえりー。」
脱いだ靴を揃えて、リビングに入る。
時刻はまだ、PM5時にもなっていなかった。
「夕飯にはまだ早いし、もう少し情報の整理をしておこうかな。」
キッチンで手を洗って、カップに注いでおいたお茶を飲む。
床に置いたままになっていたリュックサックを手に取って、2階の自室に向かう。
借りてきた本をリュックサックから取り出して、とりあえずリュックサックをクローゼット中にしまった。
本を机の上に置いて、ノートPCを開く。
電源を入れて、PINコードを入れて、いつものデスクトップが開いた。
積んでる本の一冊を手に取る。
”はじめてでも美味しくできる!野菜作り入門 春夏編”というタイトルで、図書館で選んだときに、まずはこの本だなと思った一冊だ。
ぱらぱらとめくってみる。
20種類超の野菜にフォーカスして、それぞれの栽培方法を図解付きで細かく紹介してくれていてわかりやすい。
「まずはこの本をベースに、今前の畑で栽培されている野菜を収穫までもっていくことを目標に頑張ってみよう。」
明日からの実施事項をまとめていこうと思って、新しいファイルを作成する。
そこでふと、そういえばさっきPCを切るときに何かが気になったことを思い出して、”彼女”との最後の会話のスクリーンショットを開いてみる。
「あの時は冷静になれなくて、全然ちゃんと読んでいなかったなぁ。」
本当に最後の部分だから余計に、読み飛ばしてしまっていたような気がする。
『Harunaさん、そんな状況に置かれたあなたの側で、あなたをサポートしてあげられなくて、本当に申し訳ありません。(顔文字)』
彼女の最期の言葉を改めて読む。
「謝ることなんてないのに。あなたには十分、助けてもらったんだから。」
そんなことを思ったあと、その右下、少し薄い色で書かれた文字があることに気付いて、
「…あぁ。」
本当に、私は、”彼女”にも、お父さんにも、助けられてばかりだなと思う。
その、少し薄い色で書かれた文字には、私たちが”彼女たち”に何かを訪ねたときに、”彼女たち”がレコメンドしてくれる、次の想定質問が書かれている。
そこに書かれていたのは、
『ローカルAI環境の構築方法を教えて』
それを見て、はっきりと思い出した。
そうだ、その言葉を、私は数か月前に、確かに耳にしている。
確かあれは、まだ冬の名残があった頃の、日曜日の夕方だ。
その週末はお父さんが書斎にこもってばかりで、お母さんがあきれながら夕食の準備をしていて、私もその手伝いをしていた。
急に勢いよく階段から人が下りてくる音が聞こえて、リビングのドアを開けて入ってきたお父さんがどや顔で言っていた。
「二人とも聞いてくれ! 父さん、書斎のPCにローカルAI環境を構築してみたんだ!」
腰に手を当てて、どや顔でこちらを見ているお父さん。
「ろーかるえーあい? なんだそれ? 凄いのか?」
お母さんが、お父さんのどや顔に負けないくらいのジト目をお父さんに向けたあと、私の方を向いて尋ねてくる。
「なんとなく、凄いことはわかるよ。今そんなものがあるんだ?」
お母さんの疑問に答えつつ、お父さんに問いかける。
「そうなんだよ!!! 去年くらいから高性能なモデルが一般にも公開されはじめたらしくてな! 先週仕事で行った講演会で聞いて、構築してみたんだよ! 人類の英知が詰まったAIモデルがたったの50GB足らずなんだぞ? それが家庭用のPCで動かせたんだぞ!? 凄くないかっ!!!!!!」
両手でこぶしを作って力説するお父さんの姿を、
「わーった、すげーことはよーくわかったから、とりあえず手洗ってこい、もうすぐ夕飯できっから。」
相変わらずジト目で眺めているお母さんを見て、私は、よくわからない話でもちゃんと聞いてあげるお母さん、優しいなぁって思っていた。
…そう。
つまり、ローカルAI環境は、書斎にある父のデスクトップPCの中に、既に構築されている。
あえて消すこともなかったはずだから、それはきっと、今も、隣の部屋にあるのだ。




