2026年7月4日 PM その5
デスクトップの時計を見ると、時刻はPM3時半を過ぎたところだった。
「家にある懐中電灯が使えるかを確認して、使わない家電のコンセントを抜いて、少し休んだら探しにお邪魔しよう。」
よしっ、と、椅子から立ち上がる。
ノートPCをシャットダウンするために、開いていたウィンドウを閉じていく。
上から順に消していって、一番下から出てきたのは、"彼女"との最期の会話を撮影したスクリーンショットだった。
流れで閉じるボタンを押しながらぼんやり眺めていたそのウィンドウが消える直前。
「⋯ん?」
何かに引っかかりを覚えた気がして、変な声が出た。
しかし、その時にはもう、シャットダウンが始まってしまう。
「まあ、またあとで見てみよう。」
わざわざ電源を入れ直してまで確かめなくてもいいかと思って、そのまま蓋を閉める。
エアコンを消して、ドアを開けて、リビングに向かう。
廊下や階段はまだまだ暑かったけれど、リビングは昼食時につけていたエアコンの冷気がかすかに残っていて、幾分かはマシに思えた。
エアコンをつけて、窓際の隅に置かれている樹脂製のコンテナへ向かう。
コンテナの中には非常用持出袋が入っていて、その中に、目的の懐中電灯があった。
同梱されていた新品の乾電池を入れて、ちゃんと点灯することを確かめておく。
標準的な片手持ちタイプの懐中電灯なので、作業をするには向かないけれど、当座は何とかなるだろう。
ホームセンターで、ランタンや、頭に付けるタイプのものを入手できると良いかもしれない。
「あとでリストに加えておこう。」
懐中電灯は確保したので、次は不要な家電の電源を外していく。
テレビ、録画用のハードディスク、父のゲーム機、ルータ、光回線用のONU、固定電話。
それぞれ電源を外して、コードを纏めておく。
押し入れにしまうのはもう少し涼しくなってからにしよう。
リビングをざっと見渡す限りでは、こんなところだろう。
父の書斎にあるデスクトップPCとディスプレイも、後で電源を外しておこうと思った。
キッチンに向かう。
途中、HEMSのリモコンで電力状況を確認する。
「流石は夏の日中、エアコンをつけても全然減ってない。」
意識してエアコンをつけておくのは1部屋だけにしてみた効果もあるのだろうけれど、蓄電池の残量は100%のままだった。
今後、夜間や曇天/雨天時のデータが取れていけば、どこまでなら安心して使えるかもわかってくるだろう。
自分のお気に入りのカップを出して、冷蔵庫からお茶を取り出して、まず一杯飲む。
もう一杯よそって、お茶を冷蔵庫にしまう。
お茶を入れたカップをダイニングテーブルに置く。
時計を見ると、時刻はPM4時を過ぎていた。
「そろそろ始めないと、今度は暗くなってしまいそうだ。」
まだまだ暑い時間だけれど、暗くなってしまうのもそれはそれで困るので、探し物に出ることにする。
倉庫に入るとなると、髪を下ろしたままでは邪魔になるかもしれないと思って、髪を纏めていくことにする。
リビングのエアコンを消す。
纏めた髪をさらに隠すように帽子をかぶる。
靴を履いて、鍵を開けて、ドアを開ける。
「いってきまーす。」
外に出る。
お昼に帰ってきた時よりは幾分かは過ごしやすくなっていたけれども、それでも、日差しは強くて、気温も高い。
まずは正面の畑の奥に建っている倉庫に向かうことにする。
入り口に鍵が掛かっているかもしれないと思ったけれど、昔ながらの閂で開かないようにしているだけだった。
閂を外して、扉を開ける。
「おじゃましまーす。」
農業用の支柱やビニールのシート、積まれている肥料や土の袋が見える。
少し埃っぽいけれど、よく整理された空間だった。
「農機具の類はここじゃないのかも。」
何度か手押しタイプのトラクターで畑を耕していたのをみたことがあるけれど、別の場所、おそらく自宅のガレージあたりに保管されているのだろう。
「流石にこの倉庫だと、不用心だもんね…」
念のため奥まで覗いてから、外に出た。
気を取り直して、今度は裏の井上さん宅の倉庫に向かう。
井上さんは、以前は温室だったと思われる建物を倉庫兼事務所として使っているようだった。
井上さんのおばあちゃんが、中で過ごしているのを見かけたことがある。
「おじゃましまーす。」
こちらは閂すらされていなかった。
防犯に問題があるような気がしたけれど、牧歌的な地域だったんだなと思っておく。
おかげで、勝手にお邪魔する心理的な障壁が少し下がった気もする。
天井まで透明だから、中は明るくて見通しがよかった。
元が温室なのだから仕方ないけれど、この季節は暑くなるのが難点だろうか。
この暑さでは長居はできないなと思ながら見渡すと、壁際に、長物の農具が並んで立てかけてある一角を見つける、
「あった!」
農具といえばまず思い浮かぶ備中鍬と並んで、バール、ショベル、ハンマーなどが置かれていた。
その横には、これまたよく見る手押しの一輪車が置かれていて、その中に鎌や熊手などの小柄な道具が無造作に入れられていた。
「重い…」
一番の目的にしていたバールを手に取ってみての、第一声がそれだった。
金属の塊なのだから、考えてみれば当たり前のことなのだけれど。
思い返せば、生まれてからこれまで、こういう類のちゃんとした道具を手に取ったことはなかったなと思う。
以前、技術家庭科の授業で使ったバールは、もっと小柄なものだったし。
興味が湧いたので、鍬、ショベル、ハンマーと一通り持ち上げてみる。
「畑仕事の前に、筋トレが必要かもしれない…」
農業を続けているおじいさん・おばあさんがみな元気な理由がよくわかると同時に、現代の女子高校生の非力さを痛感した。
とりあえず、道具の目処が立ったことには安心する。
当面の外での作業で必要になりそうな道具はおよそ一通り揃っている。
想像していたよりも一つ一つの道具が重かったこともあって、決して近くはないホームセンターから運ぶ手間が省けるのは、正直助かった。
背に腹は代えられない。
倫理観よりも実利を優先して、ありがたく使わせていただこうと思った。




