2026年7月4日 PM その1
その後訪れた総合スーパーは、ホームセンターと同じく、きっちりと施錠されていた。
上層階が駐車場になっている郊外型の商業施設なので、ひょっとすると駐車場からの出入り口は施錠されていないかもしれないけれど、正午を過ぎて気温がかなり高くなっているので、無理はしないことにした。
何より、
「懐中電灯、持ってこないと。」
金属パイプのシャッターの向こう、正面玄関から見えた店内が暗かった。
エントランス部分はかろうじて明かりが差し込んでいたけれど、図書館のある文化施設とは異なり、その先の店舗エリアには窓はない。
電力供給が途絶えた今では、本当に真っ暗になってしまっているだろう。
先のまったく見えない暗闇には、夏の明るさに満たされた屋外との対比もあって、これまでになく不気味さを感じた。
「一旦帰って出直そう。」
そう決めて、総合スーパーを後にする。
夏の日差しと、アスファルトからの照り返しがすごくて、体力的に限界を迎えつつあるという事情もあった。
リュックサックの外ポケットに挿していた、スポーツドリンクを手に取る。
「⋯ぬるい。」
すっかり温まってしまっていたスポーツドリンクは、正直なところ微妙な味だったけれども、冷えすぎた飲み物よりは、お腹は喜んでいる気がした。
総合スーパーから自宅までは、昨日も駅まで歩るいた幹線道路を北上する形になる。
途中までは、都市河川も並行して流れている、川沿いの道だった。
最近の都市河川らしくちゃんと緑化がされていて、川面には、野鳥や、甲羅干しをしているアカミミガメの姿が見える。
水面下には魚もそれなりにいるようで、時々ウロコがきらきらと光ったり、水面に航跡が浮かんだりしている。
「5年後、いや、3年後くらいには挑戦してみようかな…」
今すぐは、とても試してみる気にはなれないけれど、数年もすれば水質が改善されて、食べられるようになるのだろうか。
「⋯お腹痛くなったらやだなぁ。」
今度図書館に言ったら、川魚の食べ方に関する書籍を探すことにしよう。
そんなことを考えていたら、いつもの陸橋まで到達する。
陸橋は、西側の幹線道路から都市河川と線路を越えて東側の幹線道路に接続する構造になっているため、ここから川を越えるために、陸橋の中腹までは登ることになる。
流石に朝から歩き詰めで疲れていたので、最頂部まではいかずに、自宅方向への下り坂に差し掛かったところで周囲の様子を眺めておく。
今日も、自宅の周辺には、少なくとも表面上は、平和でのどかに見える光景が広がっていた。
「今日の夜にはきっと、昨日とは違う景色になっているんだよね。」
電力が途絶えた後の夜の世界は、一体どんな顔をしているのだろうかと思うと、夜を迎えるのが少しだけ楽しみになってくる。
さすがに暑さが限界だったので、確認はそこまでにして、自宅に向かって坂を下る。
「9月に入るくらいまでは、日中の活動はしっかり計画することにしよう…」
そう思う程度には、暑さが厳しかった。
今日は、少し無理をしすぎたなと反省する。
自宅にたどり着いた。
鍵を開けて、ドアを開けて、玄関をくぐる。
「ただいまぁ。」
冷房は消していったのだけれど、家の中の空気は外に比べれば多少温度が低いままで、心地よかった。
靴を脱いで、リビングに入って、エアコンのスイッチを入れる。
すぐに冷たい風が出てきて、とりあえず自宅の電力系統がつかえていることに安堵した。
リュックサックを床に置いて、まずはHEMSのリモコンに向かう。
「停電発生。自動切替設定:有効。自立運転を開始しています。」
というポップアップが表示されている。
どうやら、この一帯も停電状態になったようだということがわかる。
そして、事前の設定に基づいて自立運転モードに自動で切り替わってくれたということもわかる。
この設定も、一昨日の時点で確認済みだったけれど、実際に想定通りに動いていてくれるのかというのは不安だったので、安心した。
念のため冷凍庫の前に行って、まずは冷蔵室を開けてみる。
いつものように庫内照明がついて、冷たい空気が流れだしてくる。
のどが渇いていたので、ついでにお茶のペットボトルを取り出しておく。
続いて、製氷室を確認してみる。
氷が溶けたような形跡はまったくない。
最後に冷凍室を見てみる。
昨日補充した冷凍食品たちは、しっかりと凍り付いていた。
口元が自然と緩んだ感じがした。
冷凍室を閉めて、顔を正面に向けると、光沢のある冷蔵庫の扉面に映った自分の顔が見えた。
ちょっとだらしなく口元が緩んでいて、”にまにました”という表現がこんなにもしっくりくる顔があるのかというような顔が映っていた。
「…いたずらに成功した子供か!」
にまにました顔のまま、にまにました自分の顔に突っ込みを入れる、私の姿が見える。
自分の努力が成果に結びつくのは、嬉しかった。
本当に上手くいくのか不安だったからこそ、余計に。
「ありがとう。」
両親や、社会を構成してくれていた皆さんや、”彼女”に。
そして何より、今目の前に映っている、ここまで頑張ってきた私自身に。
感謝の言葉を、伝えたかった。
…感謝の言葉を伝えられるのは、もう、私しかいなくなってしまったから。




