2026年7月4日 AM その4
複合文化施設の北端にたどり着く。
このあたりではかなり大規模な図書館に、貸会議室や小規模なホール、飲食施設、託児施設までを備えたなかなか立派な建物で、南北に長い形状をしている。
まずは北側の入口まで進む。
「まあ、そうだよね。」
予想を裏切らず、扉は締め切られていて、シャッターが降りている。
大型のビルや施設によくある金属パイプで組まれた格子状のシャッターで、ガラス張りのエントランスの向こうに非常口の表示が淡く光っているのが見える。
すぐ脇に夜間通用口と思われる金属扉が設置されていたが、こちらも最近よく見かけるナンバー錠が扉に設置されているタイプで、暗証番号が分からなければ開けることは難しそうだった。
建物の外周に沿って歩いていく。
最近の建物らしく、ガラス張りになっているところが多くある。
「最悪、割って入るしかないのかなぁ…」
流石に、それを実行する心理的ハードルは相当に高い。
どこかに、穏当に入れる入り口があってほしい。
建物の正面玄関に当たるところまでやってくる。
こちらも、北側の入り口と同じようにシャッターが下りていた。
開口部が大きな開放的な作りで、日の光が入って中は明るいのが見て取れる。
さらに外周を回る。
建物の南辺に到達する。
おそらく関係者用と思われる駐輪場と小ぢんまりとした駐車スペースがあって、その先に簡素な扉があるのが見えた。
位置を考えると、施設に入っている飲食店の調理場かなと思う。
ダメ元でドアノブを回してみたけれど、
「そんなにうまくはいかないよね。」
そのまま東辺に回り込むと、飲食店のテラス席がある。
テラス席と屋内席の間をつなぐ扉が見える。
ここもダメだろうなと思いつつ、ドアノブに手をかける。
「⋯うそだぁ。」
ドアノブを回すと明らかに軽い感触がして、あっさりドアが開いた。
「不用心にもほどがあるでしょう…」
飲食店部分は外部の業者が管理していて、セキュリティの意識が低かったのかもしれない。
施設全体の管理からすると大きな問題なのだろうけれど、今の私にとってはありがたいことだった。
電力が生きているおかげで、建物の中は空調が保たれていて過ごしやすい。
本があるから、夜間でも空調が切られるということもなかったのだろう。
飲食店のエリアと文化施設エリアの間の扉も、飲食店側に内鍵があって、素直に開けることができた。
正面玄関前のエントランスは、外側から見たように、自然光だけでもそれなりに明るかった。
玄関の横に、総合案内カウンターの文字が見える。
総合案内とは対角の位置に図書館エリアの入り口があるけれど、そこにもシャッターが下りていた。
試しに手で上げようとしてみたけれど、ロックされてしまっているようで、ちょっとやそっとでは動かせそうにない。
「制御盤みたいなのがある気がするんだよね。」
そう思って総合案内のカウンターの中に入ってみると、まさにそれらしき、スイッチ類が集まった箱が壁に埋まっているのが見えた。
後からプリントしたであろうシールが貼られているスイッチがいくつもあって、この国の機材らしいなと思う。
ご丁寧に”シャッター操作”と書かれた細長いラベルの下に、スイッチごとに、”正面玄関”、”北口”、”大ホール”、といったラベルが貼られている中に、”図書館入り口”のラベルを見つける。
下を向いているスイッチを上に倒すと、背後から金属が擦れる音が聞こえてくる。
振り返ると、図書館エリアのシャッターが巻き上げられているのが見える。
「やるじゃん、私!」
電力が生きているうちに来られてよかったと思った。
電力がなくなっても開ける方法はあるとは思うけれど、こんなに簡単に開けることはできなかっただろうから。
穏便に図書館に入ることができて、本当によかった。
もしガラスを割ったりしてしまうと外気が入りやすくなってしまったりして、本の保存状態にも影響すると思うので、知識の保全という意味でも大きなメリットがあるように思う。
図書館エリアに足を踏み入れる。
地元の小中学校に通っていた頃には、何度か本を借りに来たことを思い出す。
元々静かな図書館も、無人になった今はさらに静かで、照明がついていないことも相まって、もの悲しい雰囲気を醸し出していた。
図書館の貸し出しカウンターの中に、照明のスイッチらしきものが見えたので、回り込んで押してみる。
フロアの照明が点灯して、見慣れた景色になる。
「私がすごいわけじゃなくて、建物のデザインがちゃんとしているんだよね。」
と、素直に思える。
この世界には、色々な人の知恵や工夫が残されている。
それらもいずれ風化して、なかったことになってしまうのだとしたら、それはとても悲しいことだなと思った。
実用書のエリアに向かう。
手近な椅子にリュックサックを下ろして、農業書の書架を探すと、すぐに見つかった。
およそ一列分の書架に農業関係の書籍が並べられている。
もとから大きな図書館だとは思っていたけれど、この規模の図書館が徒歩圏内にあることが、本当にありがたいと思った。
「こんなにもあると、とても全部は読み切れない。仮に読んだとしても、私はどこまで、この知識を実践できるかな…」
多すぎる知識を前に、そんな弱気が顔をのぞかせるけれど、贅沢な悩みだと思って、前を向く。
幸い、猶予時間は数年はあるのだ。
「できるところから実践して、少しでも、残された物を活かせれば、それでいいじゃないか。」
とりあえず、自宅のノートPCに残したWebの情報と照らして書籍を探せるようにと、スマホで書架の写真を一通り撮っておく。
「”彼女”の手を借りられれば、この膨大な情報も、もっとうまく扱えるのだろうけど…」
今はもう、言葉を交わすこともできなくなってしまったから。
失われてしまったものを惜しんでも仕方がないと、無意識に、首を左右に振る。
まず喫緊の課題は、既に畑に植えられている作物を収穫にもっていくことだと考えて、そのために役に立ちそうな書籍をあまり時間をかけずに探してみる。
先日確認した作物の育て方が載っていそうな本だけで、すぐに10冊以上見つけることができた。
ひとまずはそれらを手に取って、先ほどリュックサックを下ろした椅子まで戻る。
1冊ずつ手に取って、ぱらぱらとページをめくって、目次の内容が自分が期待している情報にあっていそうかと、文章や挿絵を何ページかめくって、自分との相性がよさそうかを見ていく。
その結果、よさそうな本を6冊まで絞り込んだ。
選外になった本は書架には直接返さず、読んだ本を返却する用の棚に並べておく。
元は施設の職員が利用者に代わって書架に返してくれるためのものだけれど、今後私がまた来た時にその役割を担えばよいと思ったから。
残りの本は借りていこう。
とはいえ、貸し出し端末は電源が落とされている。
だから、そのまま借りていくことにして、リュックサックに詰めてしまう。
リュックサックを背負って、出口へと向かう。
出口を出る前、誰もいないカウンターに入って、照明を消しておく。
ついでに、
「お借りしていきまーす。」
とりあえず、声をかけておいた。
入ってきた時と同じ、飲食店のテラスへと通じるドアから外に出る。
ドアを開けた瞬間、夏の熱気を感じる。
時計を見ると、もうすぐ、AM11時になろうとしていた。




