2026年7月4日 AM その3
鍵を開けて、玄関を開けて、
「ただいまぁ。」
当然返事はないけれど、この光景にも慣れてきているようだった。
ごく自然に挨拶をして、ごく自然に靴を脱ぐ。
洗濯機は止まっていたので、とりあえず洗濯物を干してしまう。
新しい日常がつつがなく進む。
換気のためにと開けていた掃き出し窓を閉めて、両親の寝室を後にした。
水分を補給して、再び出かける準備をする。
今日については、すぐに何かを手に入れられることはあまり期待していないけれど、一応、何かめぼしいものが見つかった時のために、昨日と同じリュックサックを背負った。
飲み物をもっていこうか迷ったけれど、途中にコンビニがあるので、そこで調達すればよいかと思って、もっていかないことにする。
帽子をかぶって、フェイスタオルを一枚手に取って、再び玄関へと戻る。
靴を履いて、立ち上がる。
「いってきまーす。」
なんとなくそう言ってから、”いってきます”と言うか言わないかの基準は何なのだろうかと思った。
玄関をくぐって、ドアを閉めて、鍵を閉める。
「目的地までの距離かな?陸橋くらいまでは、無意識に自分の庭だと思っているのかも?」
そんなことを考えながら、初夏の日差しの下を歩いていく。
図書館のある市営の複合文化施設とホームセンターは、自宅から南西に2㎞くらいのところにある小高い丘の上に並んで建っている。
歩いていくには少し遠いけれど、歩けない距離ではない。
そんな微妙な距離だった。
昨日とはまた違う、7月に入ってからは初めて歩く道を歩いていく。
昨日最初に行ったスーパーのある幹線道路を越えると、すぐに住宅が切れて、農地や竹藪の中に民家がぽつぽつとある、見通しの良い場所に出る。
途中、T字路の先の竹藪に絡まっている自動車とか、ガードレールのない農業用の水路に落ちている自動車とかを眺めながら、淡々と歩を進めていく。
「自動車の風切り音やエンジンの音って、結構うるさかったんだね。」
人間だけがいなくなった世界は、やっぱり静かだなと思った。
丘のすそ野に差し掛かって、坂道になる。
緩やかでも上り坂は上り坂で、しばらく進むと汗が噴き出してくる。
「真夏は外を出歩くだけでも大変そうだから、必要なものは早いうちに確保しておこう…」
天気予報も確認できなくなってしまっているから正確な気温は把握していないけれど、恐らく30度前後だと思う。
後1-2週間もすれば、朝夕でも35度に迫る日も出てくるだろうから、必要なものは今週中くらいには確保した方がよいだろう。
図書館のある施設が視界に入る。
その手前にコンビニがあるので、ひとまずそこに立ち寄ることにした。
まだ照明がついていて、おなじみの音とともに自動ドアが開いて、中から冷たい空気が流れ出てくる。
何を飲もうか少し迷って、スポーツドリンクのペットボトルを手に取った。
昨日のことがあってもなお、習慣で、セルフレジに向かってしまう。
ペットボトル一本分なら、交通系ICカードの残高で払えるもんね!と思って、セルフレジの前に立ってみたけれど、
「そうかぁ。こうなってるかぁ。ですよねぇ。」
”センターとの通信ができません。ネットワーク設定を確認してください、エラーコード:…”
昨日からさらに一日経っているのだ。
昨日のお昼の時点で、既に多くのWebサイトにアクセスできなかったのだから、むしろこうなっていない方が不思議なのだ。
あまりにも当たり前の結論すぎて、特に驚きもなければ、昨日のような激しい感情が湧いてくることも、もう無かった。
むしろ、このあたりの電力系統の頑強さの方が不思議なくらいだと思う。
「発電所との距離とかたまたま晴れの日が続いているからとか、そんなことがたまたまかみ合っているのかな?」
昨日はあった、お金を払わずにものをお持ち出すことに対する葛藤も、今回は感じなかった。
「気にならないことは、気にならない。今回は、物が少なかったからなのか、コンビニという場所がらなのか、それともほかに気になることがあったからか。晴菜さんの心境やいかに?」
そんな益体もないことを口ずさみながら、初夏の日差しの下に戻っていく。
どれもきっと、正解なのだろうと思いながら。




