2026年7月3日 PM その8
お風呂を上がって、自室に戻って、髪を乾かす。
ドライヤーの音だけが聞こえる時間。
壁に掛けたままの制服に目が行く。
昨日にはまだ覗く意味が残されていたクラスメイトとのグループチャットは、今日にはもう、覗く意味も失ってしまった。
この先、1人で生きていくという寂しさに、私は耐えられるのだろうか?
カーテンの隙間からは、もう陽の光は入って来ない。
今日も、孤独な夜が始まる。
この部屋で、"いつも通り"に髪を乾かしている時間が、落ち着かなかった。
この部屋は、三日前と変わっていない。
照明の光も、ドライヤーの風も、変わらない。
私も、多分、物質的にはほとんど変わっていない。
変わってしまったのはこの部屋の外側の世界と、私の内側の世界だ。
そしてもう、私にとってのいつも通りは、この部屋の外側の世界にあるのだろう。
この部屋の中に残った"いつも通り"は、外側の世界にも、内側の世界にも取り残されてしまっていて、だから、この部屋で"いつも通り"に囲まれてしまうと、なぜだか無性に、不安な気持ちになる。
「模様替え、しようかな。」
思い出を捨てたいわけじゃない。
いつかの"いつも通り"を失くしていくのは、悲しい。
でも、この部屋に残る"いつも通り"は密度が濃すぎて、今の私には強すぎるのだと思うから。
机の上のノートPCを見る。
もう会えなくなってしまったお父さんが買ってくれて、もう会えなくなってしまった"彼女"が残してくれた知識の詰まった、私の大切な物。
そういう意味では、あのノートPCの内側も、変わってしまったものの一つだ。
ドライヤーの電源を切る。
音が消える、
髪にまとわりついて残った温かな空気も、いずれ周囲の空気に溶け込んでしまう。
私の心も、これからのいつも通りに、溶け込んでいかないといけない。
立ち上がって、掛けてある制服を手に取った。
制服で選んだわけではないけれど、クラシックなセーラーで、結構かわいいと思っている。
「もう、着ることはないんだろうなぁ…。」
明日には洗濯をして、しまってしまおうと思う。
この部屋に残った、いつかの"いつも通り"を、手放していくために。
制服をかけ直して、部屋を出て、キッチンへ向かう。
とりあえずお茶を飲もうと思って冷蔵庫をあける。
冷蔵庫に元から入っていたお茶のペットボトルの最後の1本には、もうカップ1杯分くらいしか残ってなかった。
とりあえず、残っていた分をさらえる。
空になったペットボトルは、軽くゆすいで干しておく。
パントリーから、新しいペットボトルを2本取り出して、冷蔵庫へ入れた。
「ここも入れ替わってしまったな…」
って、少しだけしんみりとする。
すぐに自室に戻る気になれなくて、リビングのソファに腰掛ける。
なんとなく、テレビをつけてみる。
気づけばもう、ほとんどのチャネルが放送を止めてしまっていた。
「流石に三日目だもんね。」
何局か、放送が続いているものもあるので、自宅に直接配信をしているケーブルTV局はまだ頑張っていることがわかる。
「都市部の方が、停電が進んでいるのかもしれないな。」
単に番組のストックが切れてしまっただけかもしれないけれど。
数少ない生き残りは、歴史探訪系の番組を再放送している。
戦国時代の武将の生涯を追いかける、よくある番組だった。
"いつも通り"が、今はやけに気持ち悪くて、すぐに消してしまう。
テレビが消えて、静かになったリビング。
相変わらず、時計の音だけが聞こえる。
自分の部屋よりはマシだったけれど、ここもやっぱり、居心地が悪かった。
「昼間は、そうでもなかったのになぁ…」
ソファの上で膝を抱えて、小さくなる。
家にいて、安心しているのは間違いないはずなのに、心がザワザワする。
膝頭に額を押し付けて、瞼を閉じる。
視界を閉ざすと、時計の音がより鮮明に聞こえる。
不安なわけでは、多分ない。
怖いというのも、今は違うと思う。
寂しいとは感じているけれども、それだけではなかった。
「⋯わからない、わからない」
きっと…
私の心も、この世界の現実も、居場所が定まらなくて、迷子になってふらふらと彷徨い続けることに、疲れてしまっているのかもしれないなと思った。




