2026年7月2日 PM8:18
なんとかご飯を食べ終えて、お皿を洗った。
水が流れる音で、時計の音は聞こえなくなる。
水が肌を伝っていく感覚は、少しだけ心地よかった。
洗面所に向かって、歯を磨く。
歯ブラシがこすれる、規則正しい音がする。
歯茎が柔らかく刺激されるのにあわせて、絡まった思考が、少しだけほぐれた気がする。
自室に戻って、寝間着に着替えた。
机の上には、開いたままのノートPCがある。
「こんばんは、Harunaさん。何かお手伝いできることはありますか?」
いつもの定型文が表示されているのが見える。
椅子に座って、キーボードに手をかける。
日中、今後のためにと考えて情報を求めていたときには、流れるように手が動いていたのに、今は、全く動き出す気配がなかった。
知りたいことや聞きたいことはたくさんあるはずのに、何を聞きたいのか、何を知りたいのかが、今はわからない。
"彼女たち"では答えられないだろうことを、あえて問いかけてみようとは、少なくとも今は、思えなかった。
そっと、蓋を閉じる。
時計の音が聞こえる。
時刻は、PM8:18。
部屋の電気を消して、ベッドに潜り込む。
いつもなら、電車や車が通る音が聞こえていた。
けれど、今日にはもう、それは無くなってしまっている。
窓の外、カーテンの隙間から、パチンコ店の騒がしいネオンがかすかに主張している。
明日にはもう、これも無くなってしまうのだろうか?
そんな風に世界との繋がりが強調されてしまうから、夜は孤独なのだろうかと、そんなことを考えながら、私は、眠りに落ちていった。
⋯チャイムの音が鳴っている。
目を開けようとすると、なぜか身体が重い。
ザワザワという喧騒が聞こえる。
ここは、学校?
そうだった、学校だ。
今は何限目だったっけ?
フワフワとして、考えがまとまらない。
クラスメイトの話し声は聞こえる気がするのに、内容は頭に入ってこない。
窓の外には、夏の青空が広がっていて、ガラス越しに日が差し込んでいる。
なのに、夏の熱気は伝わってこない。
帰らないと。
いつもの昇降口、
校門を抜けて、駅に向かう。
いつものように電車に乗る。
改札を抜けて、家に向かう。
日差しが眩しいのに、夏の暑さを感じない。
鍵を開けて、ドアを開けて、玄関をくぐる。
ただいまをいわないまま、靴を脱いで、リビングのドアを開ける。
「晴菜おはよー。」
キッチンから、お母さんの声が聞こえる。
「おはよう、晴菜。」
ダイニングテーブルのいつもの席に、お父さんが座っている。
テーブルの上には、朝食が並んでいる。
そこはおかえりでしょう? と思って時計を見る。
9:15。
お母さんもお父さんも遅刻じゃないかと思って、視線を戻した先には、両親はいなくて。
テーブルの上には、3人分の朝食だけが並んでいて、時計の音だけが、やけに大きく聞こえた。
あぁ、そうだった。
だから、これは…
目を開けると、自分の部屋の天井が見える。
時計の音が聞こえる。
目尻から頬やこめかみのあたりにかけて、あるいは、目頭から眉間にかけて、皮膚が突っ張った感覚がある。
きっとまた、泣いてしまっていたのだろう。
「顔、洗おう」
むくりと身体を起こす。
頭が重い。
部屋を出ると、両親の寝室の扉がある。
扉を開けると、誰も居ないベッドが見える。
先程の夢の続きが、眼の前に広がっていた。
中には入らずに、そのまま扉を締める。
1階に降りて、洗面所で顔を洗って、リビングに入る。
リビングの明かりをつけると、ガランとした部屋の様子が見える。
私だけが、取り残された部屋。
誰もいないダイニングテーブルを見つめる。
「おはよう、お母さん、お父さん。」
先程の、夢の中では言えなかった言葉が、零れる。
冷蔵庫に向かって、冷やしていたお茶を取り出した。
なんとなく、お母さんがいつも使っていたカップを手に取る。
お気に入りの犬のキャラクターのマグカップ。
お茶を注いで、飲み干す。
ふと見上げた時計はAM3:42を指していて、時計から戻した視線の先には、やっぱり、父も母も居なかった。
次回は、9/2(水)の20:40頃に更新する予定です。




