2026年7月3日 AM その1
いつも通りの、目覚まし時計のアラームが鳴る。
あのあと、自室に戻って、ベッドに潜って、眠れないままこの時間を迎えてしまった。
目は冴えているのに、頭は重くて、すぐには起き上がれなかった。
仕方なく、寝返りを打つ。
視線の先に、壁に掛けてある制服がある。
今日は学校に行くべきかどうかを、もう、あえて確認しようとは思えなかった。
もう一度、寝返りを打つ。
窓にかかるカーテンの隙間から、夏の朝の日差しが漏れている。
その力強い明るさに、夜の間に感じていた孤独が、少しだけ祓われている気がした。
のそのそと身体を起こす。
ベッドから出て、クローゼットを開けて、服を着替える。
今日は、街に出てみようと決めているから、できるだけ動きやすくて丈夫そうな服を選んだ。
ふと、去年買ってもらった、腰に大きなリボンのついたワンピースが目に付く。
「かわいい服なんて、今後着る機会あるのかな?」
おそらく、ないだろう。
そう思いながらクローゼットを閉めた。
部屋を出る。
なんとなく両親の寝室を覗く。
1階へ降りて、洗面所で顔を洗って、歯を磨いて、髪を整える。
お母さんに憧れて伸ばした髪を、今日もまとめる。
髪を下ろしたまま過ごすことも、今後はほとんどなくなってしまうのだろうなと思った。
リビングのドアを開ける。
昨夜夢で見たような景色は、やっぱりそこにはない。
朝食を準備する。
食パンは最後の1枚。
包装を見る。
賞味期限は、7月3日。
今後、パンを食べるとしたら、
「缶詰のパンか、自分で焼くしかないんだなぁ。」
また1つ、当たり前にあったものが、なくなっていく。
卵の賞味期限は7月7日だ。
残りは7個。
とりあえず2個を手に取る。
「今日は目玉焼きにしよっと。」
そう思って、フライパンに油をひいて、たまごを落とす。
たまごが油にはぜる音が心地よい。
生野菜は使い切ってしまったから、お母さんの作り置きから1品追加する。
今日は金曜日だから、お母さんの作り置きも今日あたりが衛生限界だろう。
今夜が最後かと思うと、寂しさが募る。
「いただきます。」
食べながら、今日の予定を考える。
街に出るとして、確認すべきことや確保すべきものはたくさんある。
その中で、パッと思いついているのは、スーパーやコンビニで冷凍食品を確保することと、近隣の農地の様子を見て回ることだ。
生鮮食品の類は、冷凍であれば日持ちはするので、確保できればそれなりの食生活を向こう数週間維持できるだろう。
家の近くに野菜を栽培している生産緑地がいくつか残っているので、今後、自給自足の生活を目指すなら、今ちゃんと営農されている農地の様子を記録しておくことには価値があると思う。
今まさに栽培されている作物も、水やりとか、今の私でもできる世話を続ければ、それなりの収穫が見込めるかもしれない。
他は、街の様子を見てみないことにはなんとも言えないから、まずは商業施設を中心に見て回ろう。
徒歩で行ける範囲だと、重要なのはホームセンター、家電量販店、図書館あたりだろうか。
そんなことを考えながらトーストをかじる。
これまでは当たり前のようにあって、これからは当たり前でなくなるというのは、頭では理解していても、なかなか実感はわかないものだなと思った。
朝食を終えて、食器を洗って、出かける前に一度自室に戻ることにした。
机の上のノートPCを開く。
PINを打つと、昨夜スリープにしていた画面がそのまま開かれる。
「おはようございます、Harunaさん。何かお手伝いできることはありますか?」
見慣れた定型文が表示される。
『おはようございます。今日これから、既に耕作されている農地を見に行ってきます。自分で農業を始めるために参考となる観点を教えてください。』
昨夜、何も話せなかったからだろうか。
なんとなく、何か一言、話しかけておきたいと思った。
「おはようございます、Harunaさん! 昨夜はよく眠れましたか?
ご質問については、以前お話されていた、他者の手を借りずに自給自足の生活を始めるという前提でお答えします。まず、⋯」
内容よりもまず、以前話した内容をちゃんと覚えていてくれているということが新鮮だった。
「本当に、知らないことばかりだ。」
と、思う。
"彼女"の人間らしさに触れるたび、何だか安心した気がする。
と、それはさておいて、"彼女"が提示してくれた内容をスマホにメモしておく。
「よし、行こうか。」
そう思ってまた、
『ありがとうございます。では、行ってきます。戻ったらまた相談させてください。』
挨拶をしてみる。
「はい、行ってらっしゃい!気をつけて行ってきてくださいね。(顔文字)
記録した内容を教えてもらえれば、それを元に観点を整理して今後取り組むべき内容を、⋯」
自室を出て、改めてリビングに立ち寄る。
母が使っていた大きな保冷バッグに、キャンプ用の大型の保冷剤を入れておく。
このバッグに一杯分の冷凍食品があれば2週間くらいは困らないだろう。
玄関に向かう。
靴を履いて、鍵を開けて、家を出る。
久しぶりに、誰かに行ってきますと言ったなと思った。
次回は、9/4(金) 20:40頃に更新する予定です。




