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2/23

2026年7月1日 AM7:20

玄関を出て鍵を閉める。キーケースを鞄にしまって、ふと見上げた先。

初夏の青空が広がるその先に、遠く3筋の黒煙が立ち上っているのが見える。


「え、火事?」

思わず声を出してしまう。

濛々と立ち上る黒煙は遠目にもすごい勢いで、火災の規模の大きさを物語っていた。


それにしては静かだなと思う。

距離はありそうには見えるけれど、あんなに大きな火災が複数起きているのに、サイレンの音が全く聞こえてこない。


そもそも、いつもこんなにも静かだっただろうか?

何が違うのか、すぐにはわからないような微かな違和感が、少しずつ大きくなっていく。

火災という、少し遠くの現実的な脅威よりも、静寂の不気味さの方を怖いと思った。

背筋が寒くなる。

今日は本当にどうなっているのだろうかと、立て続けに起こる出来事に思考が追い付かない。


「いや、学校、いかないと」

現実から目を背けて、私は"いつもの現実"へと足を向ける。

自宅の前の道路を進んで、交差点を右に曲がる。

…その先にも、幾筋かの黒煙が立ち上っているが見えた。


1、2、3…

パッと見て6筋はあるだろうか?

ぞっとして、思わず目をそらす、下を向く。

地震?戦争?

いやいや、仮にそうだとしたら、なぜこの辺りはこんなにも”普通”なのか?


両親の不在、火災という目に見える異常、静けさという得体のしれない違和感。

おかしなことが起こりすぎて、考える余力はもう在庫切れだった。

俯いて、足の先だけをみて、とにかくいつもの道を、"いつもの現実”を進むことに集中する。

歩け、歩け…


いつもの川沿いの道、川のせせらぎも、鳥のさえずりもいつも通りだ。

音がしないわけではない。

じゃあ一体何が違うのだろう?


そこでふと、気づく。

いつもなら何台か追い越される自転車も、生活道路なのにスゴイ勢いで走り抜けていく自動車も、今日は一度も会っていないことに。

まるで、人の気配だけが、無くなっているようだと。


心臓の音が聞こえる。

気づいてはいけない現実に、気づきたくない真実に近づいている感覚。

いつもの道の、"いつもの現実"が崩れていく、そんな感覚が迫ってくる。


冷や汗で湿った手で、肩にかけたカバンの紐を握りしめる。

ただ下を向いて、あるいて、あるいて。


駅に向かういつもの道の、最後の角を曲がる。

その先は線路沿いの長い直線道路だ。

いつもなら駅に向かう人達が何人も視界に入る見通しの良いその道で私を待っていたのは、線路脇の排水路に脱輪したまま、虚しくタイヤを空転させている乗用車だった。


あまりにも異常なその光景を無視できなくて、乗用車の窓から運転席を覗く。

そこには、誰も乗っていなかった。


背中がゾワゾワして、思わず後ろを振り向く。

誰も居ない。

ここまで歩いてきた道にも、この先歩いていく道にも、誰もいない。


少し先で、橋の欄干に衝突して止まっている車が見える。

心拍数が上がって、歩く速度が上がって、橋の欄干に衝突しているその車のわきを走り抜けた。


見ているのは足の先だけ。

走って、走って、息が上がってきたのがわかる。


駅につく、階段を駆け上がる。

無人の窓口の横で、いつも通りに稼働している改札機が見える。

その先にある電光掲示板には、AM00:01発と書かれている文字が見える。

AM00:01!!!


もうやけくそになって、ICカードを叩きつけるようにして改札を通った。

ICカードを認識したときの改札機の音。

視覚障碍者用の案内音。

そんな何気ない音がいつもよりクリアに聞こえた気がする。


階段を降りた先のホームには停まっている電車が見える。

モーターが稼働している音が聞こえる。

照明が点いていて、扉が開いていて、冷房の冷たい風が扉の向こうから流れてくる。

今にも発車しそうなその電車にも、やはり誰一人乗ってはいなかった。

電車の先頭、運転台にも。


足を止めて、膝に手をついて、前かがみになる。

息があがる、息が苦しい。

心臓が狂ったように脈を打っている。

汗が噴き出して、耳鳴りがする。


今日から7月で、夏の気配が色濃くなっていて、そんな中で走ったからこんなにも心拍数が上がっているのだと自分に言い聞かせる。

膝が笑い始めたのも、絶対に走ったせいなのだ。

怖くない、こわくない、私は、だいじょうぶだ。


呼吸が落ち着いてきた。

電車は動きそうにない、運転士も車掌も見当たらないのだから当然だ。

「ははっ!」

思わず笑ってしまう。


電車が動いていない、遅刻するって連絡をしないと。

そう思ってスマホを取り出す。


そういえばクラスメートのグループチャットがあったなと思った。

「みんないる?」

この時間は通学中の子も多いから、普段ならすぐに何人かは既読がつくはずだった。

はずなのに…なんで?


担任の吉川先生に通話する。

呼び出し音がなる。

1コール、2コール、3コール…

なんで!!


学校の代表電話にかける。

呼び出し音がなる。

1コール、2コール、3コール…

なんで…


もう立っていられなくてその場でしゃがみ込む。

涙が溢れてくる。


膝を抱えて、両腕で視界を覆うと少しだけ安心した。

閉ざされた視界の中で、果たして泣いたのはいつ以来のことだろうかと、そんなことを考えていた。

次回は7/29(水)20:10に更新する予定です。

丁度良い投稿時間を検討中なので前後する可能性があります。

よろしくお願いします。


--

260801

初期投稿版から大幅に表現を改訂しました。


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