2026年7月1日 PM7:23
夜の帷が降りようとしていた。
空が赤から濃紺に変わっていく。
その光景が今置かれた状況を忘れてしまうくらいに美しくて、目が離せなかった。
各地で街灯が付き始める。
周囲が暗くなって、灯りがついている家屋がそれなりにあることにも気づく。
灯りがついているということは、人がいるのかもしれない、なんて、楽観的になれない自分が少し憎らしい。
昨夜から点きっぱなしだっただけだろうと、冷静に分析してしまう。
「⋯あれ?」
何か、とても大きな引っ掛かりを覚えて、背中がゾワッとした。
人がいない。
電車の運転士も、コンビニの店員も、学校の先生もいない。
灯りがついたままの部屋。
暗くなると自動で点く街灯。
無人でも動き続ける自動車たち。
小学校の遠足で行った科学館に展示されていた、電力系統の動きを説明する模型を見た時のことを思い出す。
「電気、いつまで生きてるんだろう?」
もし、本当にもう、世界からほとんどの人がいなくなってしまっているのだとしたら、発送電が停まるだろう理由はすぐに思いついた。
火力発電所の燃料はいつかなくなるはずだ。
見える範囲だけでもこれだけの火災が起こっているのだから、送電線が切断されることもあるだろう。
そもそも、発送電の設備すべてが無人で動き続けること自体が難しいのではないか?
⋯電力だけじゃない、運用する人がいなくなれば、ライフラインはいずれ停止する。
そんな重大な事実に気づいた。
それが、今この瞬間にも起こるかもしれないということにも。
そして、電力供給が途絶えることで、最も重大な損失は何か?
それは…
「情報、集めないとっ!」
水とか食料とか他のものは、後からでもなんとかなる気がする。
情報も、例えば図書館の本がすぐに消失することはないだろう。
⋯実際に人が消えてしまっているから、絶対とは言えないけれど。
でも、電力供給がなくなったら、特に、インターネットが使えなくなったら、電子データへのアクセスは格段に困難になるはずだ。
入手できる情報が、圧倒的に少なくなってしまう!
気づいたら、その場から走り出していた。
陸橋のくだり坂を駆け下りて、家までの道を走る。
鍵を開けて、玄関を開けて、靴を脱ぎ捨てる。
ただいまを言うのも忘れて、階段を駆け上がる。
自分の部屋の扉を開いて、机の上のノートPCを開く。
ノートPCではあるけれども、持ち運びするには大きすぎて、女子高校生が使うには無骨なデザイン。
5年前、小学校6年生の時に、夏休みの自由課題のために買ってもらった、ゲーミング仕様のノートPC。
「晴菜がプログラミングに興味を持ってくれるなんて嬉しいよ! いつか父さんと一緒に大作ゲームを作ろうな!」
って、私よりはしゃいで選んでくれていたことを思い出す。
PINコードは0214。
お父さんとお母さんが結婚した日。
立ち上がったデスクトップには、当時参加したプログラミングコンテストで準優勝した時に撮ってもらった写真が映っている。
お母さんが撮ってくれた、私とお父さんが並んで記念盾を掲げている写真。
デスクトップの時計は、PM7:23。
迷わずAIアシスタントのアイコンを選択する。
アプリが立ち上がる。
「こんばんは、Harunaさん。何かお手伝いできることはありますか?」
まだインターネットに接続できて、AIアシスタントも使えるということに、ひとまずは安堵する。
後は、時間との勝負だ…
次回は8/17(月)20:40頃に更新する予定です。




