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醒ヶ井興子は狂ってる  作者: 不連続がと


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9/13

努力戦隊タンレンジャー

 滋岡(しげおか)駅前のカフェ。




「すみません、席がいっぱいでして……お名前を書いて、少々お待ちいただけますか?」




 店員に促されるまま、パンドラは、「箱守(はこもり)」の名字を書き込んだ。




 パンドラは、街に馴染むパーカーと長ズボン姿に、銀色の髪。人生の夏休みを謳歌する大学生、「箱守伴人(はこもりばんと)」として、街を楽しんでいた。




 ふと、思い出す。




(あぁ……そういえば、ここは、おキョウさんと出会った、あの――)




*




―努力戦隊 タンレンジャー!―




 日曜午後の商店街は、いつも通り平和だった。


 焼きそばの匂い。


 古い玩具屋の店先に並ぶガチャガチャ。


 八百屋の威勢のいい声。


 自転車に乗った小学生たち。


 スーパーの前で、タイムセールを待つ主婦たち。




 その平和を、突然、爆発音が破った。




 駅前の広場に、黒い煙が上がる。




 次の瞬間、空間を割って、影が現れた。


 怪人だった。




 全身は鉄のように黒く、肩には錆びたドリル、顔には歯車のような仮面。背中からは、蒸気のようなものが噴き出している。


 その周囲には、黒いタイツ姿の雑兵たちが、わらわらと湧き出していた。




「フハハハハ!」




 怪人は両腕を広げた。




「我こそは、タイダ帝国の刺客、サボリスパイラル!この街を我らが支配してやる!」




 買い物袋を落とす主婦。


 泣き出す子ども。


 シャッターを閉め始める店主。


 駅前の賑わいは一瞬で悲鳴に包まれた。




 一方――駅前のカフェの窓からそれを見ていた箱守伴人は、突如始まった事件を退屈そうに眺めていた。




(なるほど、そういう舞台(世界)か……ま、退屈しのぎにはなるかな)




「怪人だ!」


「逃げろ!」


「タンレンジャーを呼べ!」




 誰かが叫んだ。




 その名を聞いた子どもたちの目に、わずかな希望が戻る。




 努力戦隊タンレンジャー。


 訓練、分析、投資。


 三つの力でタイダ帝国と戦う、街のヒーローたちである。




 怪人が現れれば、必ずどこからともなく駆けつける。




 カラフルなスーツに身を包み、爆煙を背に名乗り、必殺技で怪人を吹き飛ばす。


 そういうものだった。


 人々は、恐怖に震えながらも、どこかで待っていた。




 もうすぐ来る。努力戦隊が来る。


 タンレンジャーが来る。




 だが、その中で一人だけ、まったく別の動きをしている女がいた。




 青い縁の眼鏡。まとめられた黒髪。


 青みがかったスーツに、タイトなスカート。


 手には黒いバッグ。




 醒ヶ井興子は、商店街の角で立ち止まると、まずスマートフォンを取り出した。




「警察ですか。商店街に怪人と見られる大型加害個体、および複数の武装雑兵が出現しています。場所は中央商店街東口。負傷者は現時点で確認中。周辺住民の避難誘導が必要です」




 周囲の人々が、彼女を見た。




「おい、取り残されているぞ!」


「早く逃げろ!」




 醒ヶ井は通話を続けた。




「続いて消防にも連絡しなくては……。爆発、煙、店舗被害の恐れがあります。救急搬送も想定し……」




 怪人が首を傾げた。




「何をしている」




 雑兵の一人が、醒ヶ井に気づいた。




「貴様!通報しているな!」




「はい」




 醒ヶ井は、電話を切らずに答えた。




「緊急事案ですので」




「やめろ!ヒーローを呼べ!警察や消防を呼ぶな!」




「あいにく、ヒーローの連絡先を知らず――私にできることは警察消防への連絡しかなく」




「貴様あ!」




 雑兵が、奇声を上げて走ってくる。


 醒ヶ井は周囲の子どもたちを後ろへ下げた。




「下がってください。走らず、店内か路地奥へ。ガラスから離れて」




 しかし、雑兵の方が早かった。




 黒い棍棒が振り上げられる。




 その時だった。




「お姉さん、しゃがみな!」




 横から、分厚い盾が差し込まれた。


 棍棒が、盾にぶつかる。




 鈍い音が響いた。




 盾を構えていたのは、駅近くにあるサバゲーショップの店主だった。




 年齢は五十代半ば。腹は少し出ている。頭は少し薄い。


 だが、目だけは妙に鋭かった。




 店名入りのエプロンの上から、サバイバルゲーム用のプロテクターを着けている。




「店長!」




 周囲の若者たちが叫んだ。


 店の常連たちだった。




 休日の昼間、店内で新作のエアガンを眺めていた者。ミリタリー談義をしていた者。暇つぶしに来た者。




 彼らが、次々と外へ出てきた。手には、シールド。防具。




 そして、玩具の範囲を出ない、だが、当たればそれなりに痛く、見た目だけはやたら本格的なエアガン。




「おじさんたち、危ないですよ」




 醒ヶ井が言う。店長は盾の向こうで笑った。




「あんたが逃げ遅れてっからだろうが」




「何をする気ですか」




「あんたを含め、避難が終わるまでの壁だ」




 店長は振り返らずに叫んだ。




「近藤、子どもを駄菓子屋の裏へ回せ!土方、消火器持ってこい!沖田、雑兵の足を止めろ!怪人には近づくな、でかいのはプロに任せろ!」




「了解!」




 常連たちが動いた。驚くほど手際が良かった。




 雑兵たちが襲いかかる。




 常連たちは盾を並べて、押し返す。


 エアガンのプラスチック弾が、雑兵の仮面や手元に当たる。




 威力は……痛いが、制圧出来る訳では無い。


 倒せはしない。




 だが、雑兵たちは鈍い痛みと音に怯み、一瞬だけ足を止めた。




 その一瞬で、大人に連れられ、子どもたちが逃げる。




 商店街は、悲鳴だけの場所ではなくなっていた。




「何だこれは!」




 怪人サボリスパイラルが叫ぶ。




「お前たちは一般市民だろう!逃げ惑い、ヒーローの到着を待つ役ではないのか!」




「待ちますよ」




 醒ヶ井が言った。




「ただし、待っている間にできることはします」




「できること?」




「通報、避難、初期消火、負傷者確認。平たく言えば、時間稼ぎです」




 怪人が腕のドリルを回転させた。




「小賢しい。ならば、俺様直々に、まずは貴様から――」




 その瞬間、商店街の奥からサイレンが聞こえた。


 赤い回転灯。消防車。救急車。


 少し遅れて、パトカー。




「消防です! 煙の発生源は!」




「東口、怪人の背面から蒸気。店舗火災は現時点ではありません」




 醒ヶ井が即座に答えた。




「負傷者は?」




「転倒者が三名。雑兵からの打撲疑いが二名。花屋前に避難しています」




「警察です!一般の方は下がって!」




「市民協力者が盾で時間稼ぎ中です。過度な接近はさせていません」




 警察官たちが雑兵を押し戻す。消防隊員たちが放水の準備を始める。




 救急隊員が、花屋の前で負傷者を確認する。




 商店街のスピーカーから、防災放送が流れ始めた。




『中央商店街東口付近で危険事案が発生しています。周辺の方は、落ち着いて係員の指示に従い、建物内または西側通路へ避難してください』




 怪人は、明らかに困惑していた。




「待て。待て待て待て。これは何だ」




 店長が盾を構えたまま言う。




「滋岡市民の初動対応だ」




「違う!こういう時は、まず我々が暴れる!市民が逃げ惑う!そこへヒーローが到着する!名乗る! 戦う!そういう流れだろう!」




「そうなのですか」




 醒ヶ井は首を傾げた。




「なんなんだ、お前たちは……!」




 サボリスパイラルが地面を殴った。




 アスファルトにひびが走る。




 その時、消防隊の放水が怪人の足元を撃った。




 同時に、警察の特殊防護班がネット状の拘束具を展開する。




 ショップの常連たちは、その隙に一斉に下がった。




「下がれ下がれ! ここから先はプロの仕事だ!」




 店長が叫ぶ。




「店長、俺たち、やりましたね!」




「まだだ、馬鹿野郎ども。邪魔にならない場所まで退くのが最後の仕事だ!」




 常連たちと店長は、醒ヶ井を連れ、商店街の西側へ退避した。




 怪人は拘束具を引きちぎろうと暴れる。


 だが、雑兵たちはすでに警察官に囲まれ、消火器の白い粉と放水で視界を奪われていた。




 そこへ、ようやく、「あの」影が屋根の上に現れた。




「待たせたな!」




 赤いスーツの戦士が叫んだ。




「血の汗流せ!タンレンレッド!」




「データも大事!タンレンブルー!」




「外せないぜ、金満設備!タンレンゴールド!」




 三人が、商店街の中央へ飛び降りる。




 背後で、爆発が起きた。




 三人は、少し間を置いてから、声を揃えた。




「人生すなわち努力!努力すなわち幸福!努力戦隊――」




 言い終える前に、怪人が叫んだ。




「遅いわ!」




 サボリスパイラルは、すでに放水と拘束具と警察の包囲で、半分地面に押さえ込まれていた。




 雑兵たちも、ほとんど制圧されている。




 タンレンジャーの三人は、周囲を見回した。




 子どもたちは避難済み。


 店は閉まっている。


 怪我人は救急隊が見ている。


 消防は火災リスクを確認中。


 警察は現場を封鎖中。




 サバゲーショップの店長は、警察官に事情を説明しながら、なぜか少し怒られている。




「え」




 レッドが言った。




「終わってる?」




「初動対応は、おおむね」




 醒ヶ井が言った。




 レッドは、困ったように拳を握った。




「でも、怪人はまだ……!」




「はい。専門対応はお願いします」




 醒ヶ井は頷いた。




「ただし、市民の退避は完了しています。二次被害に注意してください」




「そ、そうか」




 タンレンジャーたちは互いに顔を見合わせた。




 それから、少し遅れて構えを取った。




「努力戦隊タンレンジャー!現場対応、引き継ぐ!」




 それは、いつもの名乗りより少し地味だった。


 市民の大歓声もない。


 怪人もすでに弱っている。




 だが、三人は確かに怪人へ向かった。




 警察と消防が距離を取り、タンレンジャーが前に出る。




 サボリスパイラルは最後の力で立ち上がった。




「おのれ……!こんな形で……!ヒーローが来る前にたかが市民が抵抗され、足止めを食らうとは……!」




 怪人は震えていた。




「これでは、我らが怪人として映えないではないか!」




 レッドが少し申し訳なさそうに言った。




「滋岡市民は、みんながヒーローだな!これなら街は安泰だぜ!」




「それで良いのかお前達は!プライドは無いのか!?」




 サボリスパイラルが叫ぶ。




 次の瞬間、タンレンジャーの三人が一斉に飛び出した。




 レッドの拳。ブルーの蹴り。


 トドメと言わんばかりに、ゴールドは大仰な大砲を構えた。




 大砲を前に、三人が並ぶ。




「必殺――|"努"《ド》級砲(きゅうほう)!!」




 サボリスパイラルは、白い煙を上げて倒れた。




「ば、バカな……。努力とは、ヒーローだけのものでは……」




 それが最後の言葉だった。


 商店街に、静けさが戻った。


 誰かが拍手をした。




 疲れた大人たちの、ほっとした拍手だった。




 店長は盾を地面に置き、大きく息を吐いた。




「腰、やったかもしれん」




 醒ヶ井は彼に近づいた。




「医療機関の受診をおすすめします」




「そこまで?」




「はい。市民の盾として、大活躍でしたので、労らなくては。」




「そりゃどうも」




 店長は苦笑した。




 レッドは、店長に頭を下げた。




「ありがとうございました。到着が遅れて、すみません」




「いや、あんたらはあんたらで大変だろ」




 店長は照れくさそうに言った。




「俺たちは、避難が終わるまでの初期対応をしたまでだ。怪人を倒すのは、本職に任せる」




「本職……」




 レッドは、その言葉を噛みしめるように呟いた。




 醒ヶ井は、周囲を見た。




 通報した者。


 避難誘導した者。


 盾になった者。


 子どもを抱えた者。


 水をかけた者。


 封鎖した者。




 遅れて来たが、最後に怪人を止めた者。




 その全員が、少しずつ街を守っていた。




「私たち、必要なかったんでしょうか」




 ゴールドが、小さく言った。




 醒ヶ井は首を横に振った。




「いいえ、必要です」




「本当ですか」




 店長が、口を挟んだ。




「そうだ、大体、素人がしゃしゃり出ちゃいけねぇんだ。俺も、常連の馬鹿どもも、本来やっちゃいけねぇことをしてるんだ。反省しねぇと。それは、あんた、姉ちゃんも同じだぞ」




「はい」




「あんな目立つところで、ヤバい奴を刺激するようなことをしちゃいかん。」




「返す言葉もありません。危険な目に巻き込んでしまい、申し訳ない。」




 醒ヶ井は、素直に謝った。


 ブルーは、そこに割って入ると、二人を励ます。




「まぁまぁ、結果良ければ全てよし、ですよ。街を守っているのは、到着したヒーローだけでは無いってこと、ボク達も改めて学ばせて頂きました。」




 レッドが、少しだけ笑って、言った。




「では、我々はここで。まだ、《《やらないといけないこと》》がありますので。」




 タンレンジャーたちは去っていった。


 店長も、自分の店へと戻っていった。




 ぽつんと一人残った醒ヶ井に、この光景をずっと眺めていた、箱守伴人が歩み寄り、声を掛けた。




「やぁやぁ、お姉さん。ずっと見てたよ、凄かったね。」




「それは……どうも、ありがとうございます。」




「箱守伴人(はこもりばんと)。パンドラって呼んでね。ねぇ、お姉さん。お姉さんについて行ったらさ、退屈しない、面白い光景が見られそう。良かったら、部下にしてくれない?」




「良いですよ。――渡りに船ですね。さっそく、頼みたいことがあるんですが。」




「なぁに?」




「怪人を倒した後、《《この展開》》があることを失念していました。逃げるのを手伝ってもらっても?」




言い終わるやいなや、地面が大きく揺れた。長引く、大きな揺れ。空が暗くなる。




ズゴゴゴゴゴゴという音ともに、巨大化した怪人が街を覆った。




「でええええええ!!??」




箱守は、叫び声を上げた。


醒ヶ井が静かに答える。




「終盤戦、巨大怪人と戦隊ロボットの殴り合いです。巻き込まれないように、どこかへ逃げなくては。道案内を頼めますか。」




「お姉さん、イかれてるよ!……良い意味で!」




*




「お待たせいたしました、一名様でお越しの、箱守様ー」




 カフェの店員の声で、パンドラは我に返った。


 ふと、呟く。




「混沌を呼ぶ、おキョウさんは、さしづめ――、御約束に対する、『チャ・レンジャー』ってとこかな?」










 

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