努力戦隊タンレンジャー
滋岡駅前のカフェ。
「すみません、席がいっぱいでして……お名前を書いて、少々お待ちいただけますか?」
店員に促されるまま、パンドラは、「箱守」の名字を書き込んだ。
パンドラは、街に馴染むパーカーと長ズボン姿に、銀色の髪。人生の夏休みを謳歌する大学生、「箱守伴人」として、街を楽しんでいた。
ふと、思い出す。
(あぁ……そういえば、ここは、おキョウさんと出会った、あの――)
*
―努力戦隊 タンレンジャー!―
日曜午後の商店街は、いつも通り平和だった。
焼きそばの匂い。
古い玩具屋の店先に並ぶガチャガチャ。
八百屋の威勢のいい声。
自転車に乗った小学生たち。
スーパーの前で、タイムセールを待つ主婦たち。
その平和を、突然、爆発音が破った。
駅前の広場に、黒い煙が上がる。
次の瞬間、空間を割って、影が現れた。
怪人だった。
全身は鉄のように黒く、肩には錆びたドリル、顔には歯車のような仮面。背中からは、蒸気のようなものが噴き出している。
その周囲には、黒いタイツ姿の雑兵たちが、わらわらと湧き出していた。
「フハハハハ!」
怪人は両腕を広げた。
「我こそは、タイダ帝国の刺客、サボリスパイラル!この街を我らが支配してやる!」
買い物袋を落とす主婦。
泣き出す子ども。
シャッターを閉め始める店主。
駅前の賑わいは一瞬で悲鳴に包まれた。
一方――駅前のカフェの窓からそれを見ていた箱守伴人は、突如始まった事件を退屈そうに眺めていた。
(なるほど、そういう舞台か……ま、退屈しのぎにはなるかな)
「怪人だ!」
「逃げろ!」
「タンレンジャーを呼べ!」
誰かが叫んだ。
その名を聞いた子どもたちの目に、わずかな希望が戻る。
努力戦隊タンレンジャー。
訓練、分析、投資。
三つの力でタイダ帝国と戦う、街のヒーローたちである。
怪人が現れれば、必ずどこからともなく駆けつける。
カラフルなスーツに身を包み、爆煙を背に名乗り、必殺技で怪人を吹き飛ばす。
そういうものだった。
人々は、恐怖に震えながらも、どこかで待っていた。
もうすぐ来る。努力戦隊が来る。
タンレンジャーが来る。
だが、その中で一人だけ、まったく別の動きをしている女がいた。
青い縁の眼鏡。まとめられた黒髪。
青みがかったスーツに、タイトなスカート。
手には黒いバッグ。
醒ヶ井興子は、商店街の角で立ち止まると、まずスマートフォンを取り出した。
「警察ですか。商店街に怪人と見られる大型加害個体、および複数の武装雑兵が出現しています。場所は中央商店街東口。負傷者は現時点で確認中。周辺住民の避難誘導が必要です」
周囲の人々が、彼女を見た。
「おい、取り残されているぞ!」
「早く逃げろ!」
醒ヶ井は通話を続けた。
「続いて消防にも連絡しなくては……。爆発、煙、店舗被害の恐れがあります。救急搬送も想定し……」
怪人が首を傾げた。
「何をしている」
雑兵の一人が、醒ヶ井に気づいた。
「貴様!通報しているな!」
「はい」
醒ヶ井は、電話を切らずに答えた。
「緊急事案ですので」
「やめろ!ヒーローを呼べ!警察や消防を呼ぶな!」
「あいにく、ヒーローの連絡先を知らず――私にできることは警察消防への連絡しかなく」
「貴様あ!」
雑兵が、奇声を上げて走ってくる。
醒ヶ井は周囲の子どもたちを後ろへ下げた。
「下がってください。走らず、店内か路地奥へ。ガラスから離れて」
しかし、雑兵の方が早かった。
黒い棍棒が振り上げられる。
その時だった。
「お姉さん、しゃがみな!」
横から、分厚い盾が差し込まれた。
棍棒が、盾にぶつかる。
鈍い音が響いた。
盾を構えていたのは、駅近くにあるサバゲーショップの店主だった。
年齢は五十代半ば。腹は少し出ている。頭は少し薄い。
だが、目だけは妙に鋭かった。
店名入りのエプロンの上から、サバイバルゲーム用のプロテクターを着けている。
「店長!」
周囲の若者たちが叫んだ。
店の常連たちだった。
休日の昼間、店内で新作のエアガンを眺めていた者。ミリタリー談義をしていた者。暇つぶしに来た者。
彼らが、次々と外へ出てきた。手には、シールド。防具。
そして、玩具の範囲を出ない、だが、当たればそれなりに痛く、見た目だけはやたら本格的なエアガン。
「おじさんたち、危ないですよ」
醒ヶ井が言う。店長は盾の向こうで笑った。
「あんたが逃げ遅れてっからだろうが」
「何をする気ですか」
「あんたを含め、避難が終わるまでの壁だ」
店長は振り返らずに叫んだ。
「近藤、子どもを駄菓子屋の裏へ回せ!土方、消火器持ってこい!沖田、雑兵の足を止めろ!怪人には近づくな、でかいのはプロに任せろ!」
「了解!」
常連たちが動いた。驚くほど手際が良かった。
雑兵たちが襲いかかる。
常連たちは盾を並べて、押し返す。
エアガンのプラスチック弾が、雑兵の仮面や手元に当たる。
威力は……痛いが、制圧出来る訳では無い。
倒せはしない。
だが、雑兵たちは鈍い痛みと音に怯み、一瞬だけ足を止めた。
その一瞬で、大人に連れられ、子どもたちが逃げる。
商店街は、悲鳴だけの場所ではなくなっていた。
「何だこれは!」
怪人サボリスパイラルが叫ぶ。
「お前たちは一般市民だろう!逃げ惑い、ヒーローの到着を待つ役ではないのか!」
「待ちますよ」
醒ヶ井が言った。
「ただし、待っている間にできることはします」
「できること?」
「通報、避難、初期消火、負傷者確認。平たく言えば、時間稼ぎです」
怪人が腕のドリルを回転させた。
「小賢しい。ならば、俺様直々に、まずは貴様から――」
その瞬間、商店街の奥からサイレンが聞こえた。
赤い回転灯。消防車。救急車。
少し遅れて、パトカー。
「消防です! 煙の発生源は!」
「東口、怪人の背面から蒸気。店舗火災は現時点ではありません」
醒ヶ井が即座に答えた。
「負傷者は?」
「転倒者が三名。雑兵からの打撲疑いが二名。花屋前に避難しています」
「警察です!一般の方は下がって!」
「市民協力者が盾で時間稼ぎ中です。過度な接近はさせていません」
警察官たちが雑兵を押し戻す。消防隊員たちが放水の準備を始める。
救急隊員が、花屋の前で負傷者を確認する。
商店街のスピーカーから、防災放送が流れ始めた。
『中央商店街東口付近で危険事案が発生しています。周辺の方は、落ち着いて係員の指示に従い、建物内または西側通路へ避難してください』
怪人は、明らかに困惑していた。
「待て。待て待て待て。これは何だ」
店長が盾を構えたまま言う。
「滋岡市民の初動対応だ」
「違う!こういう時は、まず我々が暴れる!市民が逃げ惑う!そこへヒーローが到着する!名乗る! 戦う!そういう流れだろう!」
「そうなのですか」
醒ヶ井は首を傾げた。
「なんなんだ、お前たちは……!」
サボリスパイラルが地面を殴った。
アスファルトにひびが走る。
その時、消防隊の放水が怪人の足元を撃った。
同時に、警察の特殊防護班がネット状の拘束具を展開する。
ショップの常連たちは、その隙に一斉に下がった。
「下がれ下がれ! ここから先はプロの仕事だ!」
店長が叫ぶ。
「店長、俺たち、やりましたね!」
「まだだ、馬鹿野郎ども。邪魔にならない場所まで退くのが最後の仕事だ!」
常連たちと店長は、醒ヶ井を連れ、商店街の西側へ退避した。
怪人は拘束具を引きちぎろうと暴れる。
だが、雑兵たちはすでに警察官に囲まれ、消火器の白い粉と放水で視界を奪われていた。
そこへ、ようやく、「あの」影が屋根の上に現れた。
「待たせたな!」
赤いスーツの戦士が叫んだ。
「血の汗流せ!タンレンレッド!」
「データも大事!タンレンブルー!」
「外せないぜ、金満設備!タンレンゴールド!」
三人が、商店街の中央へ飛び降りる。
背後で、爆発が起きた。
三人は、少し間を置いてから、声を揃えた。
「人生すなわち努力!努力すなわち幸福!努力戦隊――」
言い終える前に、怪人が叫んだ。
「遅いわ!」
サボリスパイラルは、すでに放水と拘束具と警察の包囲で、半分地面に押さえ込まれていた。
雑兵たちも、ほとんど制圧されている。
タンレンジャーの三人は、周囲を見回した。
子どもたちは避難済み。
店は閉まっている。
怪我人は救急隊が見ている。
消防は火災リスクを確認中。
警察は現場を封鎖中。
サバゲーショップの店長は、警察官に事情を説明しながら、なぜか少し怒られている。
「え」
レッドが言った。
「終わってる?」
「初動対応は、おおむね」
醒ヶ井が言った。
レッドは、困ったように拳を握った。
「でも、怪人はまだ……!」
「はい。専門対応はお願いします」
醒ヶ井は頷いた。
「ただし、市民の退避は完了しています。二次被害に注意してください」
「そ、そうか」
タンレンジャーたちは互いに顔を見合わせた。
それから、少し遅れて構えを取った。
「努力戦隊タンレンジャー!現場対応、引き継ぐ!」
それは、いつもの名乗りより少し地味だった。
市民の大歓声もない。
怪人もすでに弱っている。
だが、三人は確かに怪人へ向かった。
警察と消防が距離を取り、タンレンジャーが前に出る。
サボリスパイラルは最後の力で立ち上がった。
「おのれ……!こんな形で……!ヒーローが来る前にたかが市民が抵抗され、足止めを食らうとは……!」
怪人は震えていた。
「これでは、我らが怪人として映えないではないか!」
レッドが少し申し訳なさそうに言った。
「滋岡市民は、みんながヒーローだな!これなら街は安泰だぜ!」
「それで良いのかお前達は!プライドは無いのか!?」
サボリスパイラルが叫ぶ。
次の瞬間、タンレンジャーの三人が一斉に飛び出した。
レッドの拳。ブルーの蹴り。
トドメと言わんばかりに、ゴールドは大仰な大砲を構えた。
大砲を前に、三人が並ぶ。
「必殺――|"努"《ド》級砲!!」
サボリスパイラルは、白い煙を上げて倒れた。
「ば、バカな……。努力とは、ヒーローだけのものでは……」
それが最後の言葉だった。
商店街に、静けさが戻った。
誰かが拍手をした。
疲れた大人たちの、ほっとした拍手だった。
店長は盾を地面に置き、大きく息を吐いた。
「腰、やったかもしれん」
醒ヶ井は彼に近づいた。
「医療機関の受診をおすすめします」
「そこまで?」
「はい。市民の盾として、大活躍でしたので、労らなくては。」
「そりゃどうも」
店長は苦笑した。
レッドは、店長に頭を下げた。
「ありがとうございました。到着が遅れて、すみません」
「いや、あんたらはあんたらで大変だろ」
店長は照れくさそうに言った。
「俺たちは、避難が終わるまでの初期対応をしたまでだ。怪人を倒すのは、本職に任せる」
「本職……」
レッドは、その言葉を噛みしめるように呟いた。
醒ヶ井は、周囲を見た。
通報した者。
避難誘導した者。
盾になった者。
子どもを抱えた者。
水をかけた者。
封鎖した者。
遅れて来たが、最後に怪人を止めた者。
その全員が、少しずつ街を守っていた。
「私たち、必要なかったんでしょうか」
ゴールドが、小さく言った。
醒ヶ井は首を横に振った。
「いいえ、必要です」
「本当ですか」
店長が、口を挟んだ。
「そうだ、大体、素人がしゃしゃり出ちゃいけねぇんだ。俺も、常連の馬鹿どもも、本来やっちゃいけねぇことをしてるんだ。反省しねぇと。それは、あんた、姉ちゃんも同じだぞ」
「はい」
「あんな目立つところで、ヤバい奴を刺激するようなことをしちゃいかん。」
「返す言葉もありません。危険な目に巻き込んでしまい、申し訳ない。」
醒ヶ井は、素直に謝った。
ブルーは、そこに割って入ると、二人を励ます。
「まぁまぁ、結果良ければ全てよし、ですよ。街を守っているのは、到着したヒーローだけでは無いってこと、ボク達も改めて学ばせて頂きました。」
レッドが、少しだけ笑って、言った。
「では、我々はここで。まだ、《《やらないといけないこと》》がありますので。」
タンレンジャーたちは去っていった。
店長も、自分の店へと戻っていった。
ぽつんと一人残った醒ヶ井に、この光景をずっと眺めていた、箱守伴人が歩み寄り、声を掛けた。
「やぁやぁ、お姉さん。ずっと見てたよ、凄かったね。」
「それは……どうも、ありがとうございます。」
「箱守伴人。パンドラって呼んでね。ねぇ、お姉さん。お姉さんについて行ったらさ、退屈しない、面白い光景が見られそう。良かったら、部下にしてくれない?」
「良いですよ。――渡りに船ですね。さっそく、頼みたいことがあるんですが。」
「なぁに?」
「怪人を倒した後、《《この展開》》があることを失念していました。逃げるのを手伝ってもらっても?」
言い終わるやいなや、地面が大きく揺れた。長引く、大きな揺れ。空が暗くなる。
ズゴゴゴゴゴゴという音ともに、巨大化した怪人が街を覆った。
「でええええええ!!??」
箱守は、叫び声を上げた。
醒ヶ井が静かに答える。
「終盤戦、巨大怪人と戦隊ロボットの殴り合いです。巻き込まれないように、どこかへ逃げなくては。道案内を頼めますか。」
「お姉さん、イかれてるよ!……良い意味で!」
*
「お待たせいたしました、一名様でお越しの、箱守様ー」
カフェの店員の声で、パンドラは我に返った。
ふと、呟く。
「混沌を呼ぶ、おキョウさんは、さしづめ――、御約束に対する、『チャ・レンジャー』ってとこかな?」




