ダンジョンダンダンジョンダンジョン\配信/
ダンジョンに住む魔物にも、悩みはある。
彼の名はジョン、種族は魔導亡霊。ジョンは、薄暗い石造りの部屋で、青白く半透明の頭を抱えていた。
いま、もっとも深刻な悩み――それは、冒険者たちの流行、"ダンジョン配信"であった。
「まただ。また、騒がしい声が⋯⋯」
遠くの階から、ダンジョン攻略には不必要なほどの音量の会話が、響き、ジョンの耳へと届いた。
『さあ本日もやってまいりました! 古代地下迷宮、通称“泣き石の迷宮”攻略配信です!』
『初見さんいらっしゃい! 罠の位置わかる人、コメントで教えて!』
『あ、そこ右の壁、隠し扉あります。前回別パーティが開けてました――、と!なるほど!』
『毒沼はジャンプで抜けられます!?えー、俺に行けるんかなー?』
『ボスは炎弱点、へー!』
『投げ銭が来ました!回復薬十本追加購入!ありがとうございます!』
ジョンは呻いた。
「キツイな⋯⋯、集合知は、物量は⋯⋯」
かつて、ダンジョン攻略とは冒険だった。暗闇に怯え、地図を書き間違え、宝箱に喜び、ミミックに噛まれ、限られた仲間と揉めながら、それでも少しずつ奥へ進むものだった。
そして、それを魔物達が押し返す。
一進一退の、手に汗握る攻防。
だが。
今は違う。
冒険者は配信する。
視聴者はコメントする。
富裕層のファンは投げ銭をする。
攻略済みの冒険者は助言をする。
地図職人はリアルタイムで地形を解析する。
暇な学者は古代文字を読み解く。
そして、たまたま昼休み中の罠職人が、仕掛けの解除法を書き込む。
ダンジョンは、もはや一つのパーティに攻略されているのではない。
数千、数万の目に攻略されているのだった。
「このままでは、泣き石の迷宮は、泣く間もなく踏破される」
ジョンは決断した。
禁忌に手を出すしかない。
彼はダンジョンの最奥、封印された黒い箱の前に立った。その箱には、古い文字でこう刻まれていた。
開けるが良い――。
後戻りできない、災厄の力を求めるのならば――。
ジョンは震える手で蓋を開けた。
中から、銀髪の青年が顔を出した。
黒いパーカー。細い体。左目の下のほくろ。
どこか人懐こい笑み。
「やあ。呼んだ?」
「あなた様が、パンドラ⋯⋯災厄の箱の悪魔――……。私めは、ジョン⋯⋯魔導亡霊でございます。召喚に応じて頂き、まことに⋯⋯」
パンドラは楽しそうに笑った。
「ははは、カタいカタい――。肩の力抜いて?ほら、深呼吸ー。ん、OK。はじめまして、ジョンくん。うん、もう、そんな長い名前で呼ばなくても、気軽に短く"パ"とかでいいから。」
「恐れ多くも、かしこまりました。――では、パ様……」
ジョンは事情を説明した。
人間冒険者の配信。
視聴者の集合知。
投げ銭による補給。
ダンジョン側の圧倒的不利。
「なるほどね。人間たちは、自分たちの視点を世界中に開いているわけだ」
「はい。もう、罠も奇襲も通用しません」
「じゃあ、観ちゃえばいい。」
「え?」
「その配信を、君たちも見るんだよ」
ジョンは固まった。
「それは……つまり?」
「ゴースティング」
パンドラは、悪魔らしく軽やかに言った。
「相手が自分の視点を公開してくれているんだ。こちらも見ればいい。今どこにいるか、誰が傷ついているか、何を警戒しているか、どの罠に気づいていないか。全部わかる」
「で、でも、それは卑怯では」
「ダンジョンに住むモンスターが、冒険者にフェアプレイを申し出る時代なんだ?ジョンくんは美徳の持ち主だけど⋯⋯生きるために、そんなことを言ってる場合じゃないんじゃないかい?」
ジョンは黙った。
反論できなかった。
それを見て、パンドラは笑って付け加えた。
「ま、そんな落ち込んだ顔しないで。なんたって"ゴースティング"は、君みたいな亡霊が名前の由来なんだから――。恥ずべきことなんてない。君にピッタリの、由緒正しき正攻法さ――」
翌日から、泣き石の迷宮は変わった。
冒険者配信が始まる。
視聴者が罠の位置をコメントする。
冒険者が得意げに進む。
その様子を、詰所で、骸骨たちが映像箱を観ていた。
開き直り、本気になったジョンが手配した、冒険者《《逆攻略》》の鍵。
「剣士、右腕を負傷」
「盗賊、残り解錠針二本」
「魔法使い、炎魔法を温存中」
「視聴者コメントにより、第三落とし穴は発見済み」
ジョンが指示を出す。
「では、第三落とし穴は封鎖。第四落とし穴を開放。炎耐性のあるスライムを前へ。ミミックは宝箱ではなく回復薬袋に擬態」
効果は覿面だった。
『え、なんでこっちの動き読まれてるの!?』
『なんだよこのバグってる敵の動きは⋯⋯?』
『運営に通報しようず』
『ダンジョンの運営ってどこだよ』
『魔物は帰ってクレメンス』
人間冒険者たちは混乱した。
そして魔物たちは、久しぶりに勝った。
ジョンは涙を流した。
亡霊なので、涙は床に落ちる前に消えた。
「勝てる。私たちは、まだ戦える」
泣き石の迷宮は、滅びの運命から脱した、ように見えた。
しかし、話はそこで終わらなかった。
人間の配信を見ているうちに、魔物たちは気づいてしまったのである。
「配信、面白くないか?」
最初に言い出したのは、若く血気盛んな小悪魔のレッションだった。
「俺たちもやりましょうよ。ダンジョン防衛配信」
「冒険者ざまぁ、って感じのやつを」
「人間が来たら、どう迎撃するか。罠の設置、宝箱の配置、冒険者対策会議。裏側って需要ありますよ」
それは、ジョンの預かり知らぬところで進んでいた。
レッションをリーダーに、若者達が試しに一度だけ配信してみると、これが当たった。魔物達の注目と話題を独占したのである。
『ゴブリンの罠設置、意外と職人技』
『スライムかわいい』
『オークさん、声が渋い』
『防衛費支援します』
『このダンジョン守りたい』
『レッション様、カリスマ過ぎる』
ダンジョン防衛配信は、瞬く間に人気コンテンツになった。
投げ銭で罠が増えた。
支援で魔物たちの装備が良くなった。
スポンサー提供で回復泉が整備された。
グッズ販売まで始まった。
泣き石の迷宮は、かつてないほど栄えた。
時代は変わった。
ダンジョンも、変わらなければならない。
だが、歴史は繰り返す。
人間冒険者、魔導盗掘家のダン。
彼は、魔物側の配信を"観て"いた。
画面の中では、小悪魔レッションが丁寧にダンジョン防衛計画を説明している。
『次の大規模侵入に備えまして、こちらの通路に幻惑霧を充填します。また、第三宝物庫は囮です。本命は、第四階層の隠し納骨堂に移動しました』
ダンはにやりと笑った。
「なるほど。本命は第四階層の隠し納骨堂か」
仲間の盗賊が呆れた声を出す。
「それ、見ていいのか?」
「公開されている情報だ」
「魔物側の配信だぞ」
「だから見る」
ダンは、傍受用の魔導水晶を閉じ、装備を整えた。
彼は力任せの冒険者ではなかった。
配信を分析し、コメント欄を読み、魔物たちの癖を見抜き、資金繰りを推測し、グッズ展開から人気魔物の配置を割り出す。
魔導盗掘家。
宝だけを盗むのではない。情報を盗む者である。
数日後、泣き石の迷宮は再び攻略された。
レッションとその仲間たちが、慌ててジョンに泣きつくまでに、そう時間は掛からなかった。
「ジョンさん!?これは一体⋯⋯?」
ジョンは静かに呟いた。
「歴史は繰り返す。そういうことだ⋯⋯!」
魔物たちは震えた。
それはかつて、自分たちが人間に対して行ったことだった。
ジョンは屈辱に唇を噛んだ。
亡霊なので、血は出なかったが。
「ここからが、本当の戦いの始まりだ――。レッション!ここからは、私、魔導亡霊ジョンが陣頭指揮に立つ!うかつな情報漏洩は慎むように!」
こうして、ダンとジョンの長きに渡る争いが始まった。
人間側が攻略配信をする。
魔物側がそれを見る。
魔物側が防衛配信をする。
人間側がそれを見る。
互いに視聴し、互いに対策し、互いに切り抜き、互いに炎上し、互いに謝罪するふりをし、互いに情報を操作した。
泣き石の迷宮は、いつの頃からか、「詫び石の迷宮」と呼ばれるようになった。
ダン陣営はジョン陣営を読んだ。
ジョン陣営もまた、ダン陣営を読んだ。
もはや、これは単なるダンジョン攻略ではなかった。
視点と視点。
公開と傍受。
攻略と防衛。
娯楽と戦争。
情報と経済。
ダンジョンは、配信され続ける。
もう、あの頃には戻れない。
高速化し、情報化し続ける。
終わりの見えない競争。
ジョンは、自分が呼び込んだ"災厄"とはなんだったのか⋯⋯このとき、初めて気付いた。
◇◇◇
その様子を、パンドラは楽しげに眺めていた。
とある、洋館風の白い邸宅。その一室で、モニターを並べて、両陣営の様子を観察していた。
青白い光の満ちる静かな部屋。
彼の隣には、青い縁の眼鏡をかけた女性が座っている。
理性と調和の天使、キョウザメエル。
パンドラは椅子に逆向きに座り、背もたれに顎を乗せていた。
「というわけでさ。人間と魔物が、お互いの配信を見ながら、ダンジョンを攻略したり防衛したりしてるってわけ。どう?おキョウさん。良い"箱"と"災厄"になってきたと思わない?」
キョウザメエルは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「さらにもう一枚、噛みましょう」
「え?」
「両者配信の、追加のスポンサーの手配を」
パンドラの笑みが止まった。
彼女は淡々と続ける。
「人間側にはさらなる攻略支援。魔物側にも同様に防衛支援。双方の安全管理、配信規約、広告審査、炎上対応、投げ銭分配、損害補償、休戦日の設定、などなど。中間業者として隙間に入れば、さらに良い“箱”になりそうです」
パンドラは、数秒だけ黙った。
それから、肩を震わせて笑い出した。
「敵わないなー」
災厄の悪魔は、心底楽しそうに笑った。
「箱を開けることまでしか考えが至らなかったけど⋯⋯。おキョウさんは、その先の整理まで見てるんだもんなぁ」
キョウザメエルは眼鏡の位置を直した。
「この混沌は、このまま放置すると事故になり得ます⋯⋯。ですが、適切に仕切り、かつ報酬を設定すれば、市場になります」
「天使の言うことかな、それ」
「理性と調和の天使ですから。⋯⋯箱を開けてしまった、ジョンさんにも、救いがありませんとね。」
かくして。
今日もまた、ダンとジョンの戦いは繰り広げられている。
「ダン隊長!魔物が、若干冒険者より多いです!」
「ジョン様!妖精が、偵察から戻って来ません!」
ダンジョンダンダンジョンダンジョン⋯⋯




