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醒ヶ井興子は狂ってる  作者: 不連続がと


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10/13

ダンジョンダンダンジョンダンジョン\配信/

 ダンジョンに住む魔物にも、悩みはある。




 彼の名はジョン、種族は魔導亡霊(マドウゴースト)。ジョンは、薄暗い石造りの部屋で、青白く半透明の頭を抱えていた。




 いま、もっとも深刻な悩み――それは、冒険者たちの流行、"ダンジョン配信"であった。




「まただ。また、騒がしい声が⋯⋯」




 遠くの階から、ダンジョン攻略には不必要なほどの音量の会話が、響き、ジョンの耳へと届いた。




『さあ本日もやってまいりました! 古代地下迷宮、通称“泣き石の迷宮”攻略配信です!』


『初見さんいらっしゃい! 罠の位置わかる人、コメントで教えて!』


『あ、そこ右の壁、隠し扉あります。前回別パーティが開けてました――、と!なるほど!』


『毒沼はジャンプで抜けられます!?えー、俺に行けるんかなー?』


『ボスは炎弱点、へー!』


『投げ銭が来ました!回復薬十本追加購入!ありがとうございます!』


ジョンは呻いた。




「キツイな⋯⋯、集合知は、物量は⋯⋯」




 かつて、ダンジョン攻略とは冒険だった。暗闇に怯え、地図を書き間違え、宝箱に喜び、ミミックに噛まれ、限られた仲間と揉めながら、それでも少しずつ奥へ進むものだった。




 そして、それを魔物達が押し返す。


 一進一退の、手に汗握る攻防。




 だが。


 今は違う。




 冒険者は配信する。


 視聴者はコメントする。


 富裕層のファンは投げ銭をする。


 攻略済みの冒険者は助言をする。


 地図職人はリアルタイムで地形を解析する。


 暇な学者は古代文字を読み解く。


 そして、たまたま昼休み中の罠職人が、仕掛けの解除法を書き込む。




 ダンジョンは、もはや一つのパーティに攻略されているのではない。




 数千、数万の目に攻略されているのだった。




「このままでは、泣き石の迷宮は、泣く間もなく踏破される」




 ジョンは決断した。




 禁忌に手を出すしかない。


 彼はダンジョンの最奥、封印された黒い箱の前に立った。その箱には、古い文字でこう刻まれていた。




 開けるが良い――。


 後戻りできない、災厄の力を求めるのならば――。




 ジョンは震える手で蓋を開けた。




 中から、銀髪の青年が顔を出した。




 黒いパーカー。細い体。左目の下のほくろ。


 どこか人懐こい笑み。




「やあ。呼んだ?」




「あなた様が、パンドラ⋯⋯災厄の箱の悪魔――……。私めは、ジョン⋯⋯魔導亡霊(マドウゴースト)でございます。召喚に応じて頂き、まことに⋯⋯」




 パンドラは楽しそうに笑った。




「ははは、カタいカタい――。肩の力抜いて?ほら、深呼吸ー。ん、OK。はじめまして、ジョンくん。うん、もう、そんな長い名前で呼ばなくても、気軽に短く"パ"とかでいいから。」




「恐れ多くも、かしこまりました。――では、パ様……」




 ジョンは事情を説明した。




 人間冒険者の配信。


 視聴者の集合知。


 投げ銭による補給。


 ダンジョン側の圧倒的不利。




「なるほどね。人間たちは、自分たちの視点を世界中に開いているわけだ」




「はい。もう、罠も奇襲も通用しません」




「じゃあ、観ちゃえばいい。」




「え?」




「その配信を、君たちも見るんだよ」




ジョンは固まった。




「それは……つまり?」




「ゴースティング」




 パンドラは、悪魔らしく軽やかに言った。




「相手が自分の視点を公開してくれているんだ。こちらも見ればいい。今どこにいるか、誰が傷ついているか、何を警戒しているか、どの罠に気づいていないか。全部わかる」




「で、でも、それは卑怯では」




「ダンジョンに住むモンスターが、冒険者にフェアプレイを申し出る時代なんだ?ジョンくんは美徳の持ち主だけど⋯⋯生きるために、そんなことを言ってる場合じゃないんじゃないかい?」




 ジョンは黙った。


 反論できなかった。


 それを見て、パンドラは笑って付け加えた。




「ま、そんな落ち込んだ顔しないで。なんたって"ゴースティング"は、君みたいな亡霊(ゴースト)が名前の由来なんだから――。恥ずべきことなんてない。君にピッタリの、由緒正しき正攻法さ――」




 翌日から、泣き石の迷宮は変わった。




 冒険者配信が始まる。


 視聴者が罠の位置をコメントする。


 冒険者が得意げに進む。




 その様子を、詰所で、骸骨たちが映像箱を観ていた。


 開き直り、本気になったジョンが手配した、冒険者《《逆攻略》》の鍵。




「剣士、右腕を負傷」


「盗賊、残り解錠針二本」


「魔法使い、炎魔法を温存中」


「視聴者コメントにより、第三落とし穴は発見済み」




 ジョンが指示を出す。




「では、第三落とし穴は封鎖。第四落とし穴を開放。炎耐性のあるスライムを前へ。ミミックは宝箱ではなく回復薬袋に擬態」




 効果は覿面だった。




『え、なんでこっちの動き読まれてるの!?』


『なんだよこのバグってる敵の動きは⋯⋯?』


『運営に通報しようず』


『ダンジョンの運営ってどこだよ』


『魔物は帰ってクレメンス』




 人間冒険者たちは混乱した。




 そして魔物たちは、久しぶりに勝った。




 ジョンは涙を流した。


 亡霊なので、涙は床に落ちる前に消えた。




「勝てる。私たちは、まだ戦える」




 泣き石の迷宮は、滅びの運命から脱した、ように見えた。




 しかし、話はそこで終わらなかった。




 人間の配信を見ているうちに、魔物たちは気づいてしまったのである。




「配信、面白くないか?」




 最初に言い出したのは、若く血気盛んな小悪魔(インプ)のレッションだった。




「俺たちもやりましょうよ。ダンジョン防衛配信」




「冒険者ざまぁ、って感じのやつを」




「人間が来たら、どう迎撃するか。罠の設置、宝箱の配置、冒険者対策会議。裏側って需要ありますよ」




 それは、ジョンの預かり知らぬところで進んでいた。




 レッションをリーダーに、若者達が試しに一度だけ配信してみると、これが当たった。魔物達の注目と話題を独占したのである。




『ゴブリンの罠設置、意外と職人技』


『スライムかわいい』


『オークさん、声が渋い』


『防衛費支援します』


『このダンジョン守りたい』


『レッション様、カリスマ過ぎる』




 ダンジョン防衛配信は、瞬く間に人気コンテンツになった。




 投げ銭で罠が増えた。


 支援で魔物たちの装備が良くなった。


 スポンサー提供で回復泉が整備された。


 グッズ販売まで始まった。




 泣き石の迷宮は、かつてないほど栄えた。


 時代は変わった。


 ダンジョンも、変わらなければならない。




 だが、歴史は繰り返す。




 人間冒険者、魔導盗掘家(マドウスティーラー)のダン。




 彼は、魔物側の配信を"観て"いた。




 画面の中では、小悪魔(インプ)レッションが丁寧にダンジョン防衛計画を説明している。




『次の大規模侵入に備えまして、こちらの通路に幻惑霧を充填します。また、第三宝物庫は囮です。本命は、第四階層の隠し納骨堂に移動しました』




 ダンはにやりと笑った。




「なるほど。本命は第四階層の隠し納骨堂か」




 仲間の盗賊が呆れた声を出す。




「それ、見ていいのか?」




「公開されている情報だ」




「魔物側の配信だぞ」




「だから見る」




 ダンは、傍受用の魔導水晶を閉じ、装備を整えた。




 彼は力任せの冒険者ではなかった。


 配信を分析し、コメント欄を読み、魔物たちの癖を見抜き、資金繰りを推測し、グッズ展開から人気魔物の配置を割り出す。




 魔導盗掘家(マドウスティーラー)。




 宝だけを盗むのではない。情報を盗む者である。




 数日後、泣き石の迷宮は再び攻略された。




 レッションとその仲間たちが、慌ててジョンに泣きつくまでに、そう時間は掛からなかった。




「ジョンさん!?これは一体⋯⋯?」




 ジョンは静かに呟いた。




「歴史は繰り返す。そういうことだ⋯⋯!」




 魔物たちは震えた。


 それはかつて、自分たちが人間に対して行ったことだった。




 ジョンは屈辱に唇を噛んだ。


 亡霊なので、血は出なかったが。




「ここからが、本当の戦いの始まりだ――。レッション!ここからは、私、魔導亡霊(マドウゴースト)ジョンが陣頭指揮に立つ!うかつな情報漏洩は慎むように!」




 こうして、ダンとジョンの長きに渡る争いが始まった。




 人間側が攻略配信をする。


 魔物側がそれを見る。




 魔物側が防衛配信をする。


 人間側がそれを見る。




 互いに視聴し、互いに対策し、互いに切り抜き、互いに炎上し、互いに謝罪するふりをし、互いに情報を操作した。




 泣き石の迷宮は、いつの頃からか、「詫び石の迷宮」と呼ばれるようになった。




 ダン陣営はジョン陣営を読んだ。


 ジョン陣営もまた、ダン陣営を読んだ。




 もはや、これは単なるダンジョン攻略ではなかった。




 視点と視点。


 公開と傍受。


 攻略と防衛。


 娯楽と戦争。


 情報と経済。




 ダンジョンは、配信され続ける。


 もう、あの頃には戻れない。


 高速化し、情報化し続ける。


 終わりの見えない競争。




 ジョンは、自分が呼び込んだ"災厄"とはなんだったのか⋯⋯このとき、初めて気付いた。




◇◇◇




 その様子を、パンドラは楽しげに眺めていた。




 とある、洋館風の白い邸宅。その一室で、モニターを並べて、両陣営の様子を観察していた。




 青白い光の満ちる静かな部屋。


 彼の隣には、青い縁の眼鏡をかけた女性が座っている。




 理性と調和の天使、キョウザメエル。




 パンドラは椅子に逆向きに座り、背もたれに顎を乗せていた。




「というわけでさ。人間と魔物が、お互いの配信を見ながら、ダンジョンを攻略したり防衛したりしてるってわけ。どう?おキョウさん。良い"箱"と"災厄"になってきたと思わない?」




 キョウザメエルは、しばらく黙っていた。




 そして、静かに言った。




「さらにもう一枚、噛みましょう」




「え?」




「両者配信の、追加のスポンサーの手配を」




 パンドラの笑みが止まった。




 彼女は淡々と続ける。




「人間側にはさらなる攻略支援。魔物側にも同様に防衛支援。双方の安全管理、配信規約、広告審査、炎上対応、投げ銭分配、損害補償、休戦日の設定、などなど。中間業者として隙間に入れば、さらに良い“箱”になりそうです」




 パンドラは、数秒だけ黙った。




 それから、肩を震わせて笑い出した。




「敵わないなー」




 災厄の悪魔は、心底楽しそうに笑った。




「箱を開けることまでしか考えが至らなかったけど⋯⋯。おキョウさんは、その先の整理まで見てるんだもんなぁ」




 キョウザメエルは眼鏡の位置を直した。




「この混沌は、このまま放置すると事故になり得ます⋯⋯。ですが、適切に仕切り、かつ報酬を設定すれば、市場になります」




「天使の言うことかな、それ」




「理性と調和の天使ですから。⋯⋯箱を開けてしまった、ジョンさんにも、救いがありませんとね。」




 かくして。




 今日もまた、ダンとジョンの戦いは繰り広げられている。




「ダン隊長!魔物が、若干冒険者より多いです!」


「ジョン様!妖精(ピクシー)が、偵察から戻って来ません!」




 ダンジョンダンダンジョンダンジョン⋯⋯

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