↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
醒ヶ井興子は狂ってる  作者: 不連続がと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/13

滋岡県のある場所の妙な家に住む「××× ××」について

 以下に記す内容は、私が滋岡(しげおか)県内で採集した複数の証言、住宅地図、録音記録、ならびに現地取材の記録をもとに構成したものである。




 ただし、対象者の氏名については伏せる。


 理由は、単純だ。




 書けないのである。




 仮に便宜上、ここではその人物を「××× ××」と表記する。




「滋岡県のある場所に、妙な家がある。」




 そう聞いたのは、今年の六月のことだった。




 最初に連絡をくれたのは、大学時代の後輩である。彼は地方紙の整理部に勤めており、地域欄の小さな投書やお悔やみ欄、催し物情報などを扱っている。




 その彼が、深夜に短いメッセージを送ってきた。




> 滋岡県の山寄りの町に、変な家があるそうです。


> 住んでいる人の名前が、どの資料でも伏せられているんです。


> ただ、地元ではその正体を知っている者もいる。


> 「××× ××」の家だ、と。




 私は最初、よくある都市伝説だと思った。




 地方。妙な家。伏せ字の住人。近所の噂。




 あまりにも揃いすぎている。




 怪談記事を書く人間としては、むしろ警戒すべき類型だった。出来過ぎている話には、たいてい後から作られた輪郭がある。




 しかし、後輩は続けた。




> その家の間取りもおかしいそうなんです。


> それだけじゃない。


> その家に関わると、話(・)の(・)筋(・)が(・)変(・)わ(・)る(・)らしいんです。




 ありがちな――作られた都市伝説や怪異の噂を少しずつ集めた、出来の悪いまがい物。そんな印象だった話のなかに、不思議な表現が混じっていた。




 話(・)の(・)筋(・)が(・)変(・)わ(・)る(・)?




 その表現が、妙に引っかかった。




 私は後輩から、近辺の地図の画像を送ってもらった。




 問題の家は、滋岡県草松市の外れにあった。




 画像の家屋には、後輩が書き加えてくれたのだろう。手書きでこう記されていた。




 > ××× ××邸




 私は、滋岡県立図書館の郷土資料室に連絡し、同じ年代の住宅地図を確認してもらった。




 返ってきた答えは、奇妙なものだった。




「該当する住所の記載はあります。ただし、所有者名は確認できません」




なぜ確認できないのかと尋ねると、司書は少し黙った後で、こう言った。




「その欄が、空白です」




 空白。


 黒塗りではなく、空白。


 私はさらに古い地籍図を取り寄せた。


 そこには、所有者名らしき文字があった。


 しかし、コピーを取ると、その箇所だけが薄く潰れた。


 スキャンしても同じだった。




 スマートフォンで撮影しても、その名前だけピントが合わない。




 私はその時点で、取材を決めた。




 現地に入り、証言を集めようとした。




 意外にも……市内では、その家の主と接触したことがあるという人物と、出会うことが出来た。




 男性は、神宮寺と名乗った。医者をしているらしい。




> ああ……あの家の住人……見たことがありますよ


> きちんと話したのは、一度だけですがね


> それ以降も、たまに……見かけます


> え?なんでそれきり声を掛けないかって?


> ま、なんというか――


> 私の立場だったら、みんなそうするんじゃないですかね




 誠実で真面目そうな人柄や外見と裏腹に、全く要領を得ない発言。


 そして、怪異や恐怖について話しているとすると、その男の表情や語り口は、不自然なほど穏やかだった。


 


 なにも、わからない。


 私は、現地に向かった。




 問題の家は、雑木林に半分隠れるように建っていた。




 第一印象は、普通だった。




 白い外壁。洋館風の、だが庶民にも十分手が届きそうな、一軒家。


 青みがかった屋根。


 小さな庭。


 玄関脇には整えられた植栽があり、郵便受けも清潔に保たれている。




 妙な家。




 そう呼ぶには、あまりにも整っていた。




 私は家の写真を撮った。




 そして、満を持して、玄関の呼び鈴を押した。




 中から、足音は聞こえなかった。




 背後から声がした。




「取材の方ですか」




 振り返ると、女性が立っていた。




 青い縁の眼鏡。きっちりまとめた黒髪。青いスーツ。膝丈のタイトスカート。




 どこか企業の秘書か、役所の担当者のような印象を受けた。




「私は――」




名乗ろうか、いやしかし……と逡巡した瞬間、彼女は先に言った。




「うふふ、怪談記事を書かれているのに、怪異相手に名乗りたくはないのでは?」




「どうして、それを」




「ほら、そこ」




 彼女は、私の足元を指差した。


 私は……鞄から、書類を落としてしまっていたらしい。


 


 "滋岡県のある場所の妙な家に住む「××× ××」について"とはっきり書かれた書類が、地面の上に広がっていた。




 そのとき、玄関の内側から、銀髪の青年が顔を出した。




 黒いパーカー。左目の下のほくろ。手には、古びた黒い箱。




「おキョウさん、その人、すごく怖がってるよ」




 女性は青年を見た。




「パンドラ。これも……あなたの仕業では?」




「あはは。どうかなー。」




 パンドラ、と呼ばれた青年は、笑いながら箱を背中に隠した。




 私は、取材の趣旨を説明した。




 滋岡県のある場所の妙な家に住む「××× ××」について調べていること。


 住人の名前が記録できないこと。


 家にまつわる噂が複数あること。




 女性は最後まで黙って聞いていた。




 そして、静かに、笑いながら言った。




「まず⋯⋯、滋岡県のある場所、ですか。」




「え?」




「舐められてますね。滋岡県。」




「はぁ。」




「『都会と違って滋岡県なら、なんか、そーいう意味わかんない場所とか、呪いとか。ありそーじゃーん。題材にしちゃれ』みたいな。驕りを感じます。」




 私は返答に詰まった。


 彼女は続けた。




「次に、妙な家、という表現についてですが」




「はい」




「現在は、私がこうして住んでいます……。それに、この家を建てるためには、きっと、図面を書いたり、材料を調達したり、建設作業に勤しんでくださったりと、関係した多くの方々がいる。そんな、様々な美しい仕事の結晶なのに、『妙な家』だなんて。」




 私は、なぜか謝りそうになった。




「それから」




 彼女は、私のメモ帳を指差した。




 そこには、例の伏せ字が書かれていた。




> ××× ××




「なぜ、私の名前が禁則事項のように扱われているのでしょうか」




「それは、書けないからで……」




「漢字が難しいんですかね」




「いえ、たぶんそういうことでは」




「では、まず確認してください」




「お名前を、伺っても?」




女性は、まっすぐ私を見た。




「××× ××です」




 私はメモ帳に書いた。


 書けた。




 否、そのときは確かに《《書けたと認識していた》》。




 何の異常もなかった。


 と、思ってしまった。




 私は、……書けたと思ったから、その字を見て、しばらく固まっていた。




 彼女は少し首を傾げた。




「書けますね」




「……書けます」




「では、伏せ字にする必要はありません」




「ですが、これまでの資料では」




「個人情報保護、あるいは資料の劣化、あるいは管理上の都合ではないでしょうか。あるいは個人のいたずらかも」




「そんなことで」




「ねぇ、そんなことで私自身を怪異にされてしまったらね、たまらないですよね。うふふ。」




 言っていることは、正しい。


 そして、極めて平凡、当たり前のことでもある。




 正しいのだが……妙な気分になった。


 「話(・)の(・)筋(・)が(・)変(・)わ(・)る(・)」とは、まさにこのことではないのか?




 インチキに踊らされるにせよ、煮え切らずに終わるにせよ、恐怖の渦に叩き込まれるにせよ。私が事前にイメージしていた怪異とは、こういうものでは無かったはずだ。




パンドラが横でくすくす笑っていた。




「おキョウさん、今度は怪談を壊してる」




「世間話をしているんです」




「ほら~。それを怪談界隈では、壊してるって言うんだよ」




「ホラー?パンドラ、なかなか気の利いたダジャレを言えますね。座布団一枚。」




 「勝手に人を滑らせないでくれる?」




 軽口を叩く二人に丁重に挨拶をし、私はその場を去った。




◇◇◇




 ……話がこれだけなら、私はわざわざこの件を文書に起こすこともなかったのだが。




 帰ってから、荷物を整理していて、気付いたことがあった。




 医者の神宮寺は、後に役に立つかもと、持っていたメモ用紙に連絡先を書いて私に渡してくれていた。改めて良く見ると、そこにはこんなことが書かれていた。




『貴方が探している"それ"は、おそらく"本物"だ。だが、私が保証する。それは悪いものではない。貴方の気が済んだなら、あとは放っておくといい。』




 あぁ、私の気は済んだ。




 ――妙な怪異もあるものだ。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。