デスゲームで、すげぇ無。
目を覚ますと、首に冷たいものが嵌まっていた。
桐谷真吾は、反射的にそれへ手を伸ばした。
金属の首輪。
指先が触れると、青白いランプが一度だけ点滅した。
「な、なんだよ、これ……」
声が震えた。
周囲を見回す。
そこは、白い広間だった。
天井は高い。壁は滑らかなコンクリート。窓はない。出口らしき扉は一つだけあるが、分厚い鉄で閉ざされている。
真吾の他にも、人がいた。
高校生くらいの少女。作業着姿の男。スーツ姿の女性。泣きそうな若い女性。老人。派手な髪の青年。ほかにも、怯えた顔の男女が数人。
全部で十人。
全員、首輪を嵌められていた。
「おい、誰か説明しろよ!」
派手な髪の青年が叫んだ。
「ドッキリか? 撮影か? 笑えねえぞ!」
その時、壁一面のモニターが点灯した。
画面に映ったのは、白い仮面を被った男だった。
仮面は、微笑むような形に歪んでいる。
『おはようございます、選ばれし皆様』
機械で変えたような声が、広間に響いた。
『私はVERITAS。真実を愛する者です』
広間がざわめく。
ヴェリタス。
いかにも、何か思想がありそうな名前だった。
『これより皆様には、ゲームに参加していただきます』
真吾は、喉の奥が乾いていくのを感じた。
『名称は、本性証明遊戯。現代社会は、人間から本来の姿を奪いました。法律。道徳。会社。学校。家族。評判。人はそれらに縛られ、自分が何を欲し、何を選ぶ存在なのかを忘れている』
ヴェリタスは、両手を広げた。
『そこで、私は考えました。すべての飾りを剥ぎ取った時、人は何を選ぶのか。命を前にして、善意は残るのか。友情は成立するのか。弱者は守られるのか。それとも、強者がすべてを奪うのか』
「ふざけんな!」
作業着姿の男が叫んだ。
「こんなの犯罪だろ! 警察呼べ!」
『警察は来ません』
ヴェリタスは笑った。
『ここは外部から隔絶された施設です。通信は遮断済み。出入口は制御されています。皆様の首輪には、規定違反時に作動する装置が内蔵されています』
その言葉に、広間の温度が下がった。
高校生の少女が泣き出す。
若い女性が口元を押さえる。
真吾は首輪から手を離した。
『最後まで勝ち残った方には、自由と十億円を差し上げます』
「勝ち残るって、何をさせる気だ」
真吾が言うと、ヴェリタスは嬉しそうに首を傾けた。
『もちろん、選んでいただくのです。誰を残し、誰を切り捨てるのかを』
モニターの端に、別室の映像が小さく映っていた。
そこには、複数のスタッフらしき人影がある。
黒い服の男たち。機材を操作する者。記録を取る者。緊張した顔でモニターを監視する者。
その中に一人だけ、女がいた。
青い縁の眼鏡。
まとめられた黒髪。
青いスーツに、タイトなスカート。
どこか秘書のような、立ち姿の女。
彼女はスタッフ席の端に座り、無表情でクリップボードに何かを書き込んでいた。
真吾は、ほんの一瞬だけ、その女を見た。
だが、すぐにヴェリタスの声へ意識を戻された。
『第一ゲーム。“不要者投票”』
広間の中央に、十台の端末が床からせり上がった。
『制限時間は十分。皆様には、この中で最も不要だと思う人物を一名選んで投票していただきます。最多得票者は、脱落となります』
「脱落って……」
誰かが呟いた。
『実演した方が早いでしょう』
ヴェリタスの声が、楽しそうに跳ねた。
『今回は特別に、投票前のデモンストレーションをご用意しました。ルールの真剣さを理解していただくためです』
広間の端で、老人の首輪が赤く点滅し始めた。
老人は目を見開いた。
「わ、わし?」
『ご安心を。これは皆様の理解を深めるための必要な演出です』
「待てよ!」
真吾は叫んだ。
「やめろ! その人は何もしてないだろ!」
『だからこそ意味があるのです』
ヴェリタスは、ゆっくりと言った。
『最初の犠牲者は、物語に真実を与える。皆様は、この瞬間から知るのです。ここが本物の場所であると』
老人が震えながら首輪を押さえる。
赤いランプが点滅を始める。
誰も動けなかった。
泣き声だけが響く。
真吾は歯を食いしばった。
こんなものを、ゲームと呼ばせていいのか。
目の前で人が殺される。
その瞬間から、きっと全員が変わる。誰もが疑い、誰もが怯え、誰もが生き残るために人を選ぶ。
それが主催者の狙いなのだと、真吾にも分かった。
最初の一人を奪い、後戻りできない場所に全員を立たせる。
だからこそ、ここで止めなければならない。
真吾は、端末の一つを掴んで持ち上げようとした。
重い。
固定されている。
「くそっ!」
「みんな、ぼーっとすんな!」
真吾は叫んだ。
「これを壊すぞ! 扉でも、カメラでも、何でもいい! 誰かを見殺しにして始まるゲームなんか、乗った時点で終わりだろ!」
派手な髪の青年が顔を上げる。
作業着の男も、歯を食いしばる。
高校生の少女が涙を拭いた。
若い女性が老人の腕を掴む。
真吾はモニターを睨んだ。
「聞いてるか、ヴェリタス!」
喉が裂けそうだった。
「人間の本性が見たいなら、見せてやるよ! 俺たちは、誰も死なせない!」
ヴェリタスが笑う。
『素晴らしい。実に美しい抵抗です。ですが、その美しさも、もうすぐで――』
その時、モニターの端で、青いスーツの女が立ち上がった。
スタッフの一人が気づく。
『おい、君。持ち場を離れるな』
女は答えなかった。
代わりに、手元の小型端末を操作し、マイクの前に立った。
そして、淡々と言った。
『確認します』
ヴェリタスの声が止まる。
『何だ』
『違法ですよね』
広間に、その声が流れた。
冷たい、事務的な声だった。
真吾は、思わずモニターを見上げた。
青いスーツの女は、仮面の男の隣ではなく、スタッフ席の片隅に映っていた。
まるで、会議の議事録に誤字を見つけた秘書のような顔で、彼女は続けた。
『参加同意がありません。ルール説明も不十分です。賞金の支払主体も不明。安全管理体制も不備。装着物の危険性説明もなく、外部連絡手段も奪っています』
『黙れ』
『加えて、今から予定されている行為は、演出ではなく殺人または殺人未遂です』
『黙れと言っている! 誰がマイクを許可した!』
『私は運営記録補佐として雇用されました。が。公共の利益に反することは出来ません』
『ふざけるな!』
『ふざけていません』
青いスーツの女は、そこで初めて、正面からカメラを見た。
『警察への情報提供は業務範囲外ですが、公共の利益には適合します』
ヴェリタスがわずかに動揺した。
『何を言っている』
『この施設の位置情報、搬入口、電源系統、首輪の制御端末、主催者側スタッフの顔、音声、会話記録。すべて提出済みです』
『いつだ』
『いつでしたっけ』
『なんだ、お前は……?……そういえば、おかしい。首輪の点滅が、早まっていない……!?』
その瞬間、天井から轟音が響いた。
広間の照明が落ちる。
次いで、壁の一部が外側から吹き飛んだ。
白煙。
赤い警告灯。
重たいブーツの音。
「警察だ! 全員その場を動くな!」
「人質を確認!」
「首輪解除班、前へ!」
「医療班、待機!」
黒い防護服の隊員たちが、盾を構えてなだれ込んできた。
同時に、老人の首輪のランプが消える。
隊員の一人が老人の前に膝をつき、首輪に器具を当てた。
「大丈夫です。解除します。動かないでください」
老人は、その場で泣き崩れた。
真吾は、端末に手をかけたまま固まっていた。
助かった。
その言葉だけが、胸の中に広がっていく。
誰も死んでいない。
老人も生きている。
自分たちは、まだ何も選ばされていない。
広間の扉が開かれる。
救急隊員が入ってくる。
毛布が配られる。
水が渡される。
泣いている少女には女性警官が付き添った。
作業着の男は何度も「助かったのか」と呟いていた。
レスキューものとしては、完璧だった。
突入のタイミング。
首輪の無効化。
医療班の配置。
被害者への声かけ。
主催者側の制圧。
すべてが手際よかった。
そして、デスゲームとしては、最悪だった。
『待て』
モニターの中で、ヴェリタスが叫んだ。
『待て、待て待て待て! まだ始まっていない!』
画面が乱れる。
白い仮面の向こうで、彼が本当に狼狽しているのが分かった。
『最初の犠牲者が出ていない! 恐怖の共有が発生していない! 投票も始まっていない! 参加者同士の疑心暗鬼も、裏切りも、覚醒も、連帯も、まだ何一つ――!』
通信が一瞬遮断される。
それでもヴェリタスは叫び続けた。
『こんなものはデスゲームではない! ただの誘拐事件の早期解決だ!』
その言葉は、広間に妙な沈黙を落とした。
真吾は、思わず言った。
「いや、それでいいだろ」
泣いていた高校生の少女も、こくこくと頷いた。
若い女性は緊張が緩んだからか、泣いていた。
老人は首輪を外され、隊員に支えられていた。
誰も、デスゲームの完成度など求めていなかった。
ただ一人、求めていた男だけが、モニターの中で壊れかけていた。
『違う! 人間の本質とは、極限に置かれて初めて――』
画面が切り替わった。
今度は、硬い表情の男性が映る。
『こちら警視庁および内閣危機管理室合同対策本部。施設は制圧中です。被疑者は直ちに抵抗を中止しなさい。人質の安全確保を最優先します』
しばらくして、青いスーツの女が広間へ入ってきた。
両手を上げて、警察官に身分を示している。
スタッフ証を首から下げたままだった。
そこには、こう書かれていた。
運営記録補佐。
醒ヶ井興子。
「醒ヶ井さん……」
真吾はようやく声を出した。
「内通者だったんですか」
「はい。正確には、スタッフとして採用された警察協力者です」
「警察協力者」
「以前から類似の違法企画について通報がありました。今回は証拠保全と人質救助のため、運営側に入りました」
「じゃあ、俺たちが目覚める前から」
「救助計画は始まっていました」
真吾は、深く息を吐いた。
「よかった……」
それは本心だった。
本当に、本心だった。
あのままなら、誰かが死んでいた。
あの老人が、最初の犠牲者にされていた。
自分たちはきっと壊れていた。
だから、何も始まらなくてよかった。
「でも、俺……」
真吾は床を見た。
「みんなを守ろうとして、端末を壊そうとしました」
「はい。良い判断でした」
醒ヶ井は言った。
「デスゲームは始まりませんでしたが、それも含めて、あなたの『人間の本質』、素晴らしいものだった、私はそう思います」
「あ……ありがとう、ございます」
真吾は少し笑った。
首輪が外される。
金属の輪が床に置かれる。
軽くなった首元に、ようやく空気が触れた。
モニターの向こうでは、まだヴェリタスが何かを叫んでいる。
『違う……違うんだ……私の本性証明遊戯は、こんな行政手続きみたいに終わるはずでは……!』
醒ヶ井興子は、その声を聞いて、不思議そうに首を傾げた。
「そうでしょうか」
そして、静かに言った。
「人類が積み上げた集合知、行政。その本性が、実に見事に証明されましたよ。」




