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第3話 真っ赤なグローブ

それから、本格的な特訓が始まった。

朝はまだ暗いうちに学校へ行き、屋上でランニング。

放課後は授業が終わると同時にジャージに着替え、夕暮れまで屋上で汗を流す。

休みの日も二人で公園や河川敷へ行き、自主トレを欠かさなかった。

まさに、文字通りの地獄の日々だった。

「はあっ……はあっ……もう、足が……」

ある日の夕方、茜は屋上の端で膝に手をつき、荒い息を吐いていた。

全身が汗でびしょ濡れになり、Tシャツが体に張り付いている。

拳はミット打ちのせいで赤く腫れ、肩と腰は鈍い痛みを訴えていた。

桃子がすぐに水筒を差し出し、タオルで茜の首を拭いた。

「茜、ゆっくり飲んで。無理しすぎないでね……」

「ありがとう、桃子……。君がいてくれなかったら、とっくに逃げ出してるよ」

桃子は照れくさそうに笑った。

「私も毎日一緒に走ってるんだから。茜が頑張ってる姿を見てるだけで、私も強くなってる気がするよ」

佐藤先生の指導は容赦がなかった。

「腰の回転が甘い! 地面を蹴るイメージを持って!」

「パンチに魂を込めなさい。ただ腕を振ってるだけじゃ、猛田には通用しないわよ!」

特にアッパーカットの練習は過酷を極めた。

腰の回転、足の踏み込み、地面からの力の伝え方——何度も何度もフォームを修正され、完璧になるまで繰り返した。

時には先生に怒鳴られ、涙を堪えながら拳を振り続けることもあった。

それでも、二人は毎日屋上に通った。

「ふう……大変だけど、身体が少しずつ強くなってきた気がする」

ある日の練習後、茜が息を整えながら言った。

桃子が隣で笑顔を浮かべる。

「うん! 茜のパンチ、明らかに重くなったよ。目標は2ヶ月後。絶対に勝とうね」

厳しい練習が続く中で、二人の絆はますます深くなっていった。

桃子は毎回水筒とスポーツドリンクを用意し、怪我の手当てをし、励ましの言葉をかけ続けた。

茜はそんな桃子の存在に、何度も救われた。


ある練習後の夕暮れ、茜と桃子が汗を拭いていると、佐藤先生が二組の真っ赤なグローブを持って現れた。

「はい、これ」

グローブを受け取った瞬間、茜は息を飲んだ。

鮮やかな赤が、沈みゆく夕陽に照らされて、まるで炎のように輝いていた。

重みと、滑らかな革の感触。まだ誰の汗も染みていない、新しいグローブだった。

佐藤先生は静かに、自分の過去を語り始めた。

「私も高校の頃、いじめを受けていたの。

告白を断っただけで、毎日嫌がらせをされて……教室では孤立させられ、帰り道では後をつけられるような日々だった。

本当に、逃げ出したいと思ったこともある」

先生の瞳には、静かだが燃えるような闘志が宿っていた。

「その人をやっつけるために、私はボクシングを始めたんだ。

この真っ赤なグローブは、私にとってただの道具じゃなかった。

闘志を、希望を、怒りを——全部込めた武器だった。

最後はアッパーカットで、あの男を倒したよ」

先生は優しく微笑んだ。

「だから茜、君ならきっとできる。

桃子さんを守るために、絶対に強くなって。

このグローブは、もう君のものよ」

「ありがとうございます、先生……!」

茜はグローブを胸に強く抱きしめた。

熱いものが込み上げ、目頭が熱くなった。

視界が少しぼやける。

隣にいた桃子も、涙を堪えながら何度も頷いていた。

屋上に吹く風が、少しだけ強くなった気がした。

二人の決意は、もう小さな炎ではなかった。

燃え盛る大火となって、これから猛田にぶつける準備ができていた。

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