エピローグ:座席指定のできない映画館
事件が解決し、柳浦警部や羽賀田巡査が慌ただしく証拠物件をまとめていた劇場を後にして、俺たちは深夜の街へと繰り出した。
辿り着いたのは、路地裏にある24時間営業のラーメン店だ。
黄色い看板が闇に浮かび、換気扇からは食欲を暴力的に刺激する、濃い醤油と豚骨の匂いが漂ってくる。
祢城さんは、運ばれてきたチャーシュー麺(大盛り、煮卵トッピング)の3杯目に割り箸を割り入れた。さっきまで、映画館でLサイズのポップコーンを2つ抱えていた男とはとても思えない。
「犯人は、『ポップコーンを買った人がいるかどうか』という条件を重視しすぎたんですね」
俺は、自分の分の餃子を頬張りながら言った。
「隣の客がポップコーンを持っていたから、それをゴミ箱代わりにすれば隠蔽できると思い込んだ。でも、他にもポップコーンを持っている客が自分以外にもいるかどうか、なんて考えもしなかった」
「衝動的な犯行だったようだからね。昼間に男女のもつれがあり、被害者に殺意を抱いてしまった。映写室という密室、上映中という絶好のタイミング。彼女にとって、あの映画館は完璧な舞台に見えたんだろう。だが、現実は映画のようにうまくはいかない」
祢城さんは、3杯目のラーメンを「ズズッ」と快音を立ててすすり上げた。スープの一滴すら残さない勢いだ。
「麦くん、人生とは、座席指定のできない映画館のようなものだ」
不意に、祢城さんが割り箸を置いて、哲学めいたことを口にした。
「隣に座るのが、親切な老婦人か、ポップコーンをぶちまける殺人犯か、それとも僕のような大食漢か、誰にも選ぶことはできない。僕たちはただ、配られたチケットを持って、映し出される事件を最後まで見届けるしかないんだ」
祢城さんは、ふっと伏せられたまつ毛を上げて、俺を見た。その瞳には、いつもの煙に巻くような光ではなく、少しだけ温かい色が混じっているように見えた。
「君という嗅覚の鋭い助手が隣に座っていたから、僕の胃袋は今日も無事に満たされた。これは、最高のキャスティングだと思わないかい?」
「……。俺、もう掃除機選び、始めてますからね」
俺が照れ隠しにそう言うと、祢城さんは満足げに微笑んで、「すみません、替え玉追加で」と店員に声をかけた。
映画が終わっても、俺たちの現実は続いていく。山積みの出前容器、コーヒーの儀式、そして時々やってくる厄介な事件。隣に座るのがこの名探偵である限り、俺の鼻は退屈することだけはなさそうだ。
「さあ、麦くん。帰ったら、明日の朝食のメニューを『賭け』で決めようじゃないか」
「勘弁してください……」
俺たちの夜は、まだ終わらない。
次の「上映」がどんな物語であっても、俺たちはきっと、最後にはどこかで美味しいごはんを食べているんだろう。
全米が泣かなくても、俺たちの胃袋が笑えばそれでいいんだ。




