何でも屋
一度データが消えて、自分がどんなことを書いたのか忘れてしまったので、短くなってしまった。
「で、本題になるのだけど.........こんな限界の世界で、こんなダメダメな街で私達が何をしているのか、という話よ」
パティが話しを切り替える。というよりは元に戻した。
「この街は様々な思いが欲望が渦巻いているわ、それは身に染みて分かっているでしょうし、その原因もまた人類が追い込まれて、なおもその中で階層を分けたせいなのだけど...それ故に仕事だけは腐るほどあるのよ」
それは克人にとっても分かる、理解できることだった。
この街は貴賤を選ばなければいくらでも仕事があるのだ。
ここの地上のように喫茶店を普通に営業しているところもあるだろう、商店を開いていることもあるだろう、軍に所属して治安維持に努めるのも仕事の一つだろう。一方で、他人を貶める手伝いをすることもあるだろう、他から奪う、殺すをすることもある、軍からの横流しなどの仲介もあるかもしれない。
そうやって様々な、本当に様々な仕事がこの街にはある。
「なら何でもやる仕事があってもいいと思わない?」
「何でも......」
「そう何でもよ、ただ受ける依頼はちゃんと厳選するわよ?そこに美学がなければただのチンピラと変わらないもの。そんなの楽しくないわ。だから、私達はこれこそはという依頼を受けるの」
パティは少しだけ、ほんの少しだけ誇らしげに、その行いに何一つ、ただ一つの瑕疵もないと言わんばかりにそう言った。
克人にそのプライドの有無による違いは余り理解できなかったが、ただ一つだけ理解できたことがある。
それはこの組織は、何でもやるといいつつもその依頼を厳選出来る力があるという事だ。
依頼を断るという事が難しい相手なんてこの街ではいくらでもいると言うのに、それを跳ね除けて選ぶ側になれるだけの力も実績もあるという事だ。
「ちなみ......どんな依頼を受けてるんだ?」
「そうねぇ、色々あるけれど.........最近受けたのはどんなのだったかしら?」
少しだけ考えるそぶりをした後に、口では思い出せないかのように言いながらも、その表情は全く変化がなくただ面倒だから話題をパスしたかのようにマスターへ視線を流す。
「......直近では迷子の子供の捜索とかじゃないですか?結局ただの家出で、友人の家にいたってオチだった」
「ああ、そんなこともあったわね!無事見つかってよかったわねって思ったのを思い出したわ」
「あ、あとあと!お財布!なんだっけ?なんか落としたお財布を探して欲しいとか!」
「あれはひったくりをしてる馬鹿なチンピラが盗んだ財布を落としたって嘘ついて依頼してきたやつじゃないか?」
「なんだかんだ最後には本当の持ち主に返ったのだからよかったじゃない」
そんな風に受けてきた依頼の話で盛り上がる三人の様子を見て、克人は拍子抜けした。
ほんの少しの間の付き合いだが、この三人に悪意のようなものはないと克人は知った。
あの路地裏で克人が蹴り飛ばしたチンピラのよな、克人が納品先として赴いたあの組織の人間のような、平然と他人を騙し、襲うような悪意はないと。
だとしても、あれだけの力を持っていて、実際に表では言えないような仕事もしていると聞いて、一体どんなことをしているんだと身構えていたというのに、出てきたのは何でもないような平和な依頼。
いや、一部はちょっと平和とは言い難いかもしれないが、だとしても想像していたものよりもだいぶ平和で規模の小さい物だった。
「私たちはそう言う楽しい依頼を受けているのよ。でもね、」
だが、そんな緩んだ空気が途端に引き締まった。
誰も、パティも別に表情を変えたわけではない、態度が変わったわけでもない、ただその目に宿る光とその声音に真剣な色が混ざっただけ。
「そういうのを脅かす者もいるでしょう?迷子の捜索を依頼された時は、まず最初に誘拐や拉致の可能性を考えたわ。結果的にそんなこともなかったけれど、この街じゃありふれた行いの一つに過ぎないのは克人も知っているわよね?落としたお財布なんて、依頼してきた人間がそもそも怪しかったから裏どりに随分時間がかかったわね。それも結果的には本当の持ち主に返すことが出来たから本当に良かったけれど。私たちが行う何でもない楽しい依頼の裏にはそれを脅かすおびただしい悪意がある。身に染みているでしょう?」
パティの言葉は正しい。
克人こそがそういったことに身を沈めて生きてきた人間だ。
だからこそ、彼女たちが行っている用心が、慎重さが、どれほど大事で必要な事か何よりも分かる。
「ねぇ、今日一日だけだけど...店で過ごしてどう思ったかしら」
また変わる声音。
克人に尋ねる、優しくもしかし諭す様に強い言葉。
質問としての形だったが、確実になにか思うところはあったはずだと断定するような、その言葉。
克人は今日一日を思い返す。
慣れない店の従業員としての業務。
大したことは任されていない、ほとんどがマスターと朱利の手伝い。
来店する客の接客も最低限。
克人にまだ接客のマナーがないため、マスターに前に出過ぎることを禁止されていたからだ。
やったことは少ない。
やれたことも少ない。
だが、その少ない中で感じたもの、思った何か、それは確かにある。
ただ言葉に出来ない。
克人にとって初めてのそれに、ただ普通と、平和と、自由と名付けて呼んでいいのか分からない。
だから、言葉に詰まる。
「いいわ、今はまだ言葉にしなくて。それは克人自身の願いに直結するだろうから、よく考えておいてね」
パティは回答を急がせない。
いつでも聞けるし、振り返ることが出来るからだろうか、むしろ回答が出ないこと自体を期待していたかのようだった。
「それよりも、私たちがどういう思いで、なんでこんな事をしているかは分かってもらえたかしら」
どういう思いなのかは、なんとなくわかった。
克人は自身の中のその名前のない想いと、似た何かなのだろうと納得した。
しかしなんでこんな事をしているかについてはいまいち納得できていなかった。
だとしても、もっとやりようはあったのではないかと思わずにはいられない。
だが、それを言葉にする事は無かった。
例え、そこにどんな理由があって、どんな思いがあって、どんなことをしていたとしても、克人にとっては前に比べてしまえば遥かにいい方向へと向かうだろうことだけは確実だったからだ。




