欲望の街が欲望の街と呼ばれる所以
「これが支給される服だ。お嬢様が容易した特別なものだから、大切に扱う様に」
克人はマスターに一着の服を渡される。
それはこの店で働いていく上で必ず必要となる服なのだという。
克人はこれまで、大した蓄えもなく少ない稼ぎをやりくりして過ごしていたため、服装というものをあまり購入したりしたことはなく、仕事で汚れたり破れた場合は、自身に背丈が似たチンピラから奪ったりもしていた。
これは街の摂理だ。
克人自身も似たようなどうでもいいような理由で、稼ぎを奪われたことや服を奪われることもあった、しかしそのたびに、自分よりも弱い奴から奪い直していたためあまり問題に思っていなかった。
だが、これからは克人はこの「喫茶店Luna」という名前の組織に所属することになる。
組織の仲間になるということは、その組織の印象に大なり小なり影響を与える存在になるという事だ。
そういう意味では克人に最初に与えられるのが服装というのは理に適っているのだろう。
「さて、ここでの生活ルールなんかは後でまとめて教えるが、実践的なことは実践しながらになる。お前さえよければこのまますぐに出るがどうする?」
「行くぜ」
「...............」
マスターのその挑戦的な、煽るようなものいいについ反射的に克人は答える。
それに「大丈夫かこいつ」という呆れのような、心配のような、なんとも言えない絶妙な表情でマスターは一つため息をついた。
しかし、本人がこう言うなら大丈夫かと、すぐに切り替えて克人を連れて更衣室を出る。
そう長くはない廊下を足早に移動して、一つの扉の前で止まる。
マスターがその扉のドアノブに手をかけて、後ろの克人に最後の確認をする。
「とにかく最初のインパクトが大事だ。そこで舐めたような感じだったら、しばらくはサポートに回ってもらう事になる。いいな?」
「ああ、分かった」
「よし、なら行くぞ」
克人が覚悟を決めて、前を見据える。
マスターはその表情をみて何かを感じ取ったかのように一つ頷いてから、勢いよくその扉を開け放つ。
「「いらっしゃいませ!ようこそ!喫茶店Lunaへ!!」」
克人とマスターの言葉が店内に響く。
喫茶店Lunaの開店の時間だった。
―――
喫茶店には様々な人がやって来る。
暇を持て余した若者、友人とまったりとした時間を共有しにきたマダム、仕事に追われたしなびた男性。
それ以外にも、意外なことに裕福そうな恰幅のある男や、本物の空気を纏う謎の男女など、こんなところに寄り付かなそうな人たちまで様々な人がやってくる。
克人にはこんなところに来る余裕のある生活をしたことがないため詳しくは知らなかったが、余裕がある人たちというのはその来歴、職種を問わずこういう何でもない喫茶店に来るらしい。
克人自身もまた、余裕があればこうしてこのような喫茶店で無駄に時間を過ごすなんてこともあったのだろうか。とそんなくだらないことを考えながらも、真面目に接客をして働く。
それは克人にとって、初めての経験だった。
後ろ暗くない、仄かに明るい、人の目を真っ直ぐに見つめて、胸を張ることのできる仕事。
目の付いた相手を睨み、狙い、殴り、奪う。そんな仕事ではなく。
「ああ、これが普通か.........」
「どうした?しみじみとそんな事を言って」
「いや、なんて言うか......こういうの慣れてなくて」
「そうか?よくやっているように見えるが」
あっけらかんとマスターがそう言う。
恐らくマスターの言う「よくやっているように見える」とはすなわち、この喫茶店業務の事を指しているのだろう。実際そちらの方では特に克人にとって困ったことは起きていない。
そもそも、困るようなことが起きるような業務をさせてもらえていないからだ。基本的に、今日から業務に入った克人はマスターの手伝いや、朱利の後にくっついての接客などがメインだ。
まだまだ覚える事が多い段階で放り出さたりはしていなかった。
さらに言えば、そう店が混雑しないということもある。客層は様々で見ていて飽きない物だったが、実際に入る客の数は少なかった。今も客は一人もいなくて、割と暇を持て余している。
だから初めての克人でも余裕をもって対応できたのだ。
しかし、克人の言う「こういうの」は意味が違った。
それは克人が望み、渇望していた「自由」に連なるものだ。
「いや、なんて言うのかな...こうしていていいのかって思うんだよ」
そう慣れていないのだ、明日の食い扶持を考えて、今日をどうやって過ごすのかを考える必要がないということ自体に。
これが昨日までの自分だったら、この時間はすでに仕事を見つけているか、まだ見つからなくて焦っている頃だ。
「こうやって、こうしている事が違和感だ。ずっとこうして明るい場所で過ごしたいって思っていたけど、そうしている自分を想像できていなかったから、実際にこうしていることが、なんか、今までの自分に対する裏切り...のように感じて」
「............」
克人が感じているその感情は、失望に近かったのかもしれない。
あんなに望んでいたのに、あの生活から抜け出すことを夢に見ていたはずなのに、あの何の希望も夢も抱かない、抱く余裕のない生活の中で、それだけは忘れずにいつも感じていたのに、
こうして今、その状況になっているのが、今までの自分への否定のように感じられたのだ。
克人の言葉はそのすべてが正しいわけではなかったが、その一部は確かに克人自身の本心からくる言葉だった。
故にそれを聞いたマスターは一瞬押し黙り、しかし優しい声音で諭す様に言う。
「”明るい”か、もしかしたらお前は喫茶店Lunaを普通の場所だと、あって当たり前の明るい場所だと思っているのかもしれないが、それは違うぞ」
「...え?」
「お前が今日、享受した”普通”はな、沢山の搾取と分配によるものだ。知っているだろう、少し通りを変えるだけで、あっというまにこの街は表情を変える。”普通”は決して普通なんかじゃない。沢山の裏に支えられた普通だ。商業地区に立ち並ぶビルの商店だって、裏にチンピラの集団を雇っている、中には本物がバックについている店もあるだろう。”普通”を飾り立てるために、裏に繋がっている。それが普通だ」
確かに知っている。
克人はこれまで様々な仕事をしてきた。もちろん表に出ないような、大見得きって声に出す事が出来ない仕事だ。それらの中には普通の商店からの依頼も確かにあった。
あの頃は、どこも碌でもないな程度にしか考えていなかったが、マスターに言われて確かにと思った。
これだけ欲望が渦巻いて裏の仕事が常態化しているのなら、裏を持たない商売などとっくに淘汰されているのだろう。
それは余りものを知らない克人でも分かる理屈だった。
「だから、この店もそうだ。この一見普通に見える光景を生み出しているのは、一重に俺たちが裏の仕事もしているからだ。それをオーナーが持ってきてくれるからだ。だから、噛みしめろよ。これは普通じゃない”普通”なんだって」
「............分かった」
克人はそう答えるしかなかった。
なにが普通だ。この街で普通なんてむしろこれまでの自分自身じゃないか。
ここは特別な”普通”なんだ。
「あら、今はお客様はいらっしゃらないのね?」
マスターとそう話していると、店の奥の階段からパティが姿を表した。
何やら楽しそうに微笑みながら。
「お嬢様、どうしたんですか?まだ店の営業時間ですよ」
「ええ、悪いのだけどお客様がいない今のうちに店を閉めてもらえる?全員でお話しがしたいの」
「それは...承知いたしました。朱利!店閉めるぞ、看板クローズにして来い!」
「閉めちゃうの?まぁいいか!はぁ~い、行ってきます!!」
「克人は私を手伝ってくれ」
「え、いいのか?」
パティがいくらオーナーとはいえ、急に店を閉めることになって克人は動揺し行動できずにいた。
特に動揺することもなくマスターが指示を飛ばして閉め作業に入る。
克人はそのスピード感に目を回す。
「ここはパティお嬢様の店だ。お嬢様が閉めると言ったら閉める。そういう場所だここは。それに、お嬢様がそういう事を言う時は決まって、もっと大切な優先事項が産まれたからだ。いいから閉め作業を手伝え」
「りょ、了解!」
マスターの再度の指示に、いまだ動揺しつつもようやく克人は動き出した。
キャラクター紹介
<名> 克人
<称号>なし
<年齢>20
<願い>生き残りたい、苦痛を耐えたい
<ステータス>
STR 65 CON 90 SIZ 70
DEX 70 AGI 60 POW 70
<取得技能>
・なし
<装備>
頭・なし
胴・なし
腕・なし
腰・なし
脚・なし
<武器>
・建築用鉄パイプ
<アクセサリ>
なし
<能力>
頑健
<詳細>
"デザイアで生まれ育った、平均的な青年。
幼少期からこの最悪の街でたった一人で過ごしてきた。
両親の記憶はない、覚えている最初の記憶は
冷たくて凍えそうなコンクリートの上で必死に願ったこと。
喫茶店業務のトレーニング中。




