戦闘技術
喫茶店『Luna』
普段は客に憩いの時間を提供するいたって普通の喫茶店。
しかし、その裏の顔は街に渦巻く欲望の中で、ひっそりと誰かの欲望を叶える何でも屋。
そんな店の地下には、裏の仕事を行うための施設が広がっているという。
その施設には、ブリーフィングルームや更衣室などの部屋の他にも簡単に扱えるトレーニングルームなどもあった。
普段はマスターが自身のトレーニングに使うほかには、朱利が気まぐれに遊びに来る以外に使い道がなかったこの部屋に今は、激しい打撃音が響いていた。
ガツンッと響くのは木製のトレーニング用武器がぶつかり合う音。
それは何度も何度も音を響かせる。
二つの武器は互いに互いを破壊しようとするかのような激しさでぶつかり合っていた。
「グッ!!ツァア!!!」
「............」
だが、それを握る両者には決定的なほどに差があった。
先ほどから息を挙げながらも何度も殴りかかっている克人が握るのは、自身に与えられた葬備と同じ長柄の棒。
対して、その克人の猛攻を受け、捌き、流しているマスターが握っているのはナイフほどしか長さのない棒だった。
絶望的なほどのリーチの差。
だが、息が上がっているのは克人で、余裕を残しているのはマスターだった。
「らぁあ!!」
「.........甘い!」
渾身の力で振り下ろされた克人の一撃。
棒の端を握り、乗せれるだけの遠心力を乗せた、本当に渾身の一撃。
だが、それをマスターはあっさりと防ぐ。
距離を詰め、威力が乗り切らない根本、克人が棒を握っているあたりに自分から攻撃することでリーチの差と威力をなかったことにする。
渾身の力を弾かれた形となった克人は手に伝わる尋常ではない衝撃に思わず武器を取りこぼす。
「まずっ!!?」
「ふっ!」
そんな大きすぎる隙を見逃すようなマスターではない。
たたらを踏んだ克人の足を掬うように足払いをして、宙に浮いた一瞬に回し蹴りを放った。
マスターの脚は克人の腹部に突き刺さり、一度バウンドして倒れた。
かなりのクリーンヒットに起き上がれない克人を見て、マスターはため息を一つ吐いた。
「武器から手を離すな、今日やった中で一番酷い有様だな?疲れたか?」
「はぁっ!!はぁっ!!クソッ!!!」
既に、何度目かわからない仕切り直しの時間。
克人は鈍く体に響く痛みに悔しさを滲ませていた。
「はぁっ......はっあぁ!!」
「そのまま回復するまで待て.........お前の能力ならそれで十分動けるだけ回復する」
「クソッ!!」
パティの話が終わり、永遠の騎士の動向を様子見しつつ待機という事になった克人たちはその自由な時間をそれぞれの思う様に過ごす事となった。
パティは、朱利を連れてさっさとお茶会を開きに行き、マスターもその給仕へ向かおうとしたところを、克人が待ったをかけた。
「まぁ、筋は悪くない。だが、お前自身も言っていたようにまだまだ粗削りが過ぎる。頼まれたからにはしっかりと叩き込むつもりだが、あんまりのんびりだとこちらの対応も変わって来るぞ」
「......ウっス」
あの夜、ただ一人大けがを負った克人は、自身の力の無さを実感した。
もちろん相手が悪かったのだろう。
マスターもそうだが、あの本能で行動しそうな朱利もまた永遠の騎士相手には話もせずに突っ込むなんてことをしていなかった。
それだけ危険な相手だった。
だが、それ以上に克人は自身が弱かったと認識していた。
あの場で永遠の騎士に警戒心を抱いていれば、もっと違った結果を得ることが出来たかもしれない。
そもそも、永遠の騎士があの場を滅茶苦茶にするまえから克人は二人の足を引っ張っていた。
マスターには何度も援護をしてもらった、朱利に至っては見ている事しかできなかった。
それは今まで、社会の底辺としてプライドもなく生きてきた克人にとって初めて感じる無力感。
初めてできた仲間と言える相手に置いて行かれるという焦燥感だった。
そうした感情から、克人はマスターへ自信を鍛えてもらう様に頼み込んだのだ。
現状頼れる唯一の人として。
「お前はアレだな、格闘術という意味ではずぶの素人だが、戦闘技術という意味ではなかなかのものを持っているタイプだな」
「.........なんか違うのか?」
マスターはそんな克人と何本かの模擬戦闘をこなして、克人の欠点や弱点を教えつつ実戦形式で克人をひたすらに嬲った。
それはもう、しごきと言うには凄惨に見えるほどに。
その中で得た気付きを克人に教えていく。
「大きく違う。格闘術、格闘技術と呼ばれるものは要するに体の動かし方、効率のよいパンチの仕方、隙のない構え、行動と行動の隙間を無くす、そういった技術の集大成だ。これは一朝一夕で身に付くようなもではないし、ある意味では実践的ではない。効率なんてものは前提となる条件があって初めて語れるものだからだ。常に変化し続ける戦場では高い効果は期待できない」
地に倒れたまま、体を休める克人の隣に腰を下ろしてマスターは自身の培ったもの、克人の現状を言葉にして伝える。
恐らくは回復を待つ間の講義といった感じなのだろう。
「それに比べて戦闘技術と私が言ったのは、戦場での闘いで使う技術という事だ。そこに効率もクソもない、戦場にて闘い続けるための技術なのだから、反射でも、偶然でも、奇跡でも、手繰り寄せて掴んだのなら立派な戦闘技術だ。お前はその素質が高い。予想外の出来事、意識外の攻撃、相手の呼吸、自身のダメージ、そう言った移り行く状況をすぐさま次の行動へ繋げることが出来ていた。それはこれまでの生活によって培われたものだろう。誇っていい」
マスターにとって闘いとは、自分が生き残り、相手を倒す事が目標だった。
そのために必要な事ならばどんなものでも利用することは当然としていた。
先ほどの言葉は、どうやらそう言う事を言いたかったという事らしい。
「よくわかんねぇな.........」
「まぁ、これは私の持論だ。別にお前が理解し、それを心に刻めとは言わん。ただ、私から見ればお前は、お前が思っているほど弱くはないという話だ。弱い奴は戦場を生き残れないからな」
「............」
克人はマスターのその言葉に何を返せばいいのか分からなかった。
克人自身は今回生き残れたのは運よく能力に恵まれたからだと思っていた。
そしてその自己評価は恐らく正しい物だった、だからこそ鍛えようとしていたのだから。
だが、マスターは戦場を生き残るということに何か特別な思い入れがある様な気がした。
(......そう言えば、マスターってなんであんな強いんだ?)
特に疑問に思うこともなく受け入れていたが、マスターは強い。
朱利はその普段の様子から、逆にもう天性の物だっていう空気があったので疑問もないが、マスターの強さは朱利のそれとはまた別のものだ。
長い間の鍛錬と、膨大な経験によって裏付けされた強さのようなものだと、克人は感じていた。
それは克人の思う普通のような生き方をするだけでは身に付かないもの。
パティとの関係も謎だ、今でこそああして従者と主人のようになっているが、あれだけの戦いの技術を収めた人間が一介のお嬢様の従者をやっていることに違和感を覚える。
「さて、そろそろ回復したか?」
「ああ、もう動ける」
「どうする?もう一度やるか、今日はもうやめておくか?正直、何時出動になってもいいように少しは体を休めてもらいたいんだが」
マスターの言葉に、ダメージを回復させた克人は飛び上がり返事する。
克人としてはこのまま鍛錬を続けたいところではあったが、マスターの言葉も分かる。
このまま無理に続けて急に出動となれば、足を引っ張りたくなくて始めた鍛錬が原因で足を引っ張ることになりかねない。
「最後にもう一度だけ頼む、それで今日はやめておく」
「そうか」
克人の言葉に頷いて、マスターは少し距離をとって短い棒を構える。
克人もまた、長い棒を槍でも持っているかのように構えた。
「いつでも来い」
「......すぅ―ㇱッ!!!」
息を深く吸い、短く鋭く吐く。
その吐いた息のように、一足飛び出マスターへと襲い掛かった。




