獣性
結局、昨日はアレから動きがなく、訓練後はそれぞれで過ごした。
そして今日もまた、永遠の騎士が動くまでの待機時間となっていた。
なので、克人はまた訓練をしていた。
昨日と同じく実践を意識した形の模擬戦だ。
しかし今日は、昨日とは違う相手と向き合っていた。
克人が握るのは昨日と同じ自身の身長ほどの長い棒。
対する相手が握るのはナイフをイメージしたのであろうマスターが使っていた短い棒きれが二つ。
「じゃ、いくよー」
「来い!!」
「待て待て、合図するから少し待て」
軽い調子でそう言ったのは朱利。
出鼻をくじかれた朱利は、つんのめりながらもおっとっととバランスを取っている。
マスターに昨日の続きを頼んでいたところに、暇を持て余した朱利がやってきて交ぜて欲しいと言ってきたのだ。
克人は何か遊びをしていると勘違いされているような気がしていたが、マスターが許可を出したので口出しはしないでおいた。
「はやくはやく~!」
「分かった分かった、じゃ、いくぞ―」
どうも今日はパティも違う事をするらしく、お茶会がなかったから暇になったとのことだ。
そうして、暇つぶしにやってきた朱利はラフなパーカーにショートパンツといった出で立ちで、動きやすそうではある物の運動、とりわけ戦闘に適した姿をしているわけではない。
最初から戦闘訓練のつもりだった克人やマスターはしっかりと運動用の服を着ている状況からすれば、朱利は一人だけ様子見に来た少女といった風に映りいささか異様だった。
しかし、そんな服装ごときで何かが変わるわけもない。
それを克人は知っている。
始まりの合図を今か今かと待っているあの少女は、克人には計り知れないほどの戦闘能力を持っていることを知っている。
「―始め!!」
マスターの合図と共に、克人は飛び出す。
朱利は素早く、一手一手が油断すれば必殺となりかねない攻撃をヒットアンドアウェイで仕掛けてくる、だがそれは葬備で強化された脚と武器があってこその芸当だった。
つまり、今はあらゆる身体能力が少女である朱利と克人の間では埋めようがないほどに開いているということだった。
人外の速度を出す脚はない、模擬用の棒きれでは一撃必殺の攻撃は出来ない。
だからこそ、攻める。
もっとも自分に分がある力比べに持ち込むために。
しかし、朱利は克人よりも早く、素早く、動き始めていた。
「ッ!!???」
消えた。
克人の視界から朱利の姿が、あの倉庫の時と同じように、忽然と。
そして次に気が付いたのは目の前に迫る棒きれ。
回転しながら迫るそれは、明らかに投擲されたもので、正確に顔に飛んで来るそれをほとんど反射で克人は弾いた。
「ッハァ!!?」
弾いた後、視線を泳がせる。
消えた朱利。そして次に見たのは飛んで来る棒きれ。
完全に目標を失ったことで、次にどうすればいいのかが判断できない。
朱利を探して彷徨う視界の端に、影が映ったような気がした。
「ラァ!!」
迷う暇はない。
既に数舜の時間を無駄にして、隙をされしている。
これ以上遅れを取れば致命的になる。
そうして反射的に繰り出された、威力のこもっていないただ振るわれただけの一撃はそこに在ったのはもう一つの棒きれ。
空中に放られるように投げられたそれは、克人によって勢いよく打ち付けられたが、それを放ったであろう本人はそこにはいなかった。
「ほい!」
そこにいると攻撃したはずなのに、そこに在ったのは武器だけという状況を上手く処理できず克人は体を硬直させた。
その隙を逃さないように、すでに深くしゃがんで懐に入り込んでいた朱利が、鋭い足払いを行う。
警戒もなく、身構えることもできずに綺麗に軸足を刈り取られた克人は、何が何だかわからないままにバランスを崩した。
それは、克人にとっては急に地面が無くなって自分が空中に投げ出されたと錯覚するほどに鮮やかな足払いだった。
「よっ!」
そのまま朱利は崩れ落ちる克人の体を支柱に、上と下の関係にあった体を入れ替える。
結果、バランスを崩して、受け身も取れない克人の上に朱利が乗っかる形となった。
朱利ほどの軽い体重なら簡単に受け止めることができるはずの克人は、その勢いと状況についていくことが出来ずに小柄な朱利に簡単に押し倒されてしまった。
どさりと、倒れこむ克人。
その克人の胸にお尻を乗っけて座る朱利。
「へへ、参ったか!」
朱利が楽しそうに笑う。
そのタイミングで最初に朱利が投げ、克人が弾いた棒きれが克人の額目掛けて落下し、コツーンと小気味いい音を鳴らした。
訓練場は静寂に包まれた。
楽しそうに笑いながら克人の胸の上に座る朱利と、仰向けに倒されて最後に振ってきた棒まで額に貰ってしまった克人。
誰が見ても明らかだった。
「そこまで」
マスターの声が静寂を打ち消した。
その声で、ようやく克人は自分の状況を飲み込むことが出来た。
途中に起こったことを全て理解しているわけではない、ただ自分が何もできずに完敗したということだけを理解した。
「どうだった?」
「楽しかった!!」
「そうか、良かったな。お前には聞いてない」
「え?」
いまだ倒れたままの克人にマスターが近づき声をかける。
その声はマスターにしてはどこか楽しそうで、もしかしたらマスターが朱利の参加を認めたのはこうなることが分かっていたからなのかもしれないと思った。
「で、どうだった?」
「手も足も出なかった.........最初に見失って、そこから体制を整えようとしている間に訳も分からずやられた」
「そうだな、全くその通りだ」
「褒められた?今、褒めてくれた?」
「ああ、お前は凄いなって話だ。いいから退け」
マスターは克人の上に座っている朱利をどかして、まだ倒れたままの克人に手を差し伸べる。
克人はその手をとって上体を起こして、今の一瞬の攻防を思い返す。
その攻防とも言えない、一方的な蹂躙を思い返す。
「ま、いい機会だから対戦相手としてしっかりと体験しておいた方が、今後何かに役に立つかもしれないとやらせてみたが......思ったよりも一方的だったな。克人ならもう少し善戦するかと思っていた」
「いや、無理だろ。というか何だよアレは、アレ本当に葬備使ってないのか?消えたようにしか見えなかったけど」
「残念ながら、あの動きは正真正銘、朱利の肉体だけで行った技術だ」
克人はそうなんだろうと予測はしつつも、改めて第三者から言葉で聞かされると信じ難いその技術に驚く。
あの視界から消える動きが、純粋な肉体能力から繰り出される技術だなんて信じられなかった。
「信じられないって顔をしているが、信じる必要はないぞ。なにせアレはどうあがいたって真似出来るようなものじゃない。真似できない、再現が不可能な技術は技術じゃない。ならそんなもん気にするだけ無駄だ」
「真似できないって.........あ、能力」
他人には決して真似できない事象に克人は心当たりがあった。
確かに能力ならば、あの現象が葬備に頼らずにできても不思議ではない。
だが、そんな克人の考えはあっさりと否定された。
「いや、朱利のアレは能力でもないぞ」
「え、」
「朱利のアレは獣の勘って奴だよ」
「獣?」
ますますわからない。
能力でも、葬備でも、なく本当にただの肉体の能力でアレを行い、それを成し遂げた理由は獣の勘だという。
克人には全く分からない概念だった。
「朱利にとっては闘いってのは狩りに近いんだろうな、獣は狩りの時息を殺して忍び寄り、標的が隙をさらしたときに襲い掛かるだろう?それは誰に教わることもなく、ただ獣としての本能が、習性が、自然とそうさせている。朱利の誰の目をも欺く特殊な歩法はそうやって成り立っているんだ」
「誰に教わることなく、アレが出来ると?」
「そう、こいつは本能でこのタイミングでこう動けば誰にも気づかれず真正面から奇襲できると分かってやっている。だが、それはこいつの感覚と勘でしかわからないタイミングだ。だから誰にも真似は出来ないんだ」
マスターの言葉を聞き、思わず先ほど退かされた朱利を横目に見れば、二本の短い棒きれを克人の持っていた長い棒でなんども小さく打ち上げることでジャグリングをしていた。
どちらもただの棒であり、引っかかりなどはないためアレをするのは相当な集中力と感覚を持たなければならないはずだが、鼻歌交じりにそれを行っていた。
「それは昨日お前に伝えた、格闘術や戦闘技術とは全く違った生存のための戦闘。獣性とも呼ぶべき、本能に委ねた戦闘方法だ。誰しもが持つこうしたらこうなるという予測の鋭さがこいつの戦闘を支えている」
「なる.........ほど、確かに真似は出来そうにないな」
「だが、それもただの一芸。朱利は不意を突くことと、他人の動きを察知することは得意だが、それ以外は全然だ。だから戦闘は基本的にヒットアンドアウェイになる。純粋に戦おうとすれば弱いからだ、朱利の弱点は離脱を許さない技術かスペックによるゴリ押しってことになる。相性のようなもんだ。お前にも強みはある。私にもな。それは永遠の騎士にだってあるだろう.........何か焦っているように見えるが、お前はもう少しゆっくり強くなってもいいんだ」
その言葉は克人にとって図星だった。
あの騎士に対して、手も足も出なかった。
それだけじゃなく、マスターにも朱利にもボロ負け。
それは屈辱というより、不安を克人にもたらしていた。
自分が一番弱いということ、つまりは戦場で一番最初に死ぬという事。
それを自覚したことで、不安を感じていた。
だからこその特訓だった。
それを見抜いて必要な事を教えてくれたマスターの言葉に、克人は頭の中で自分というもの考えた。
強さは必要だ。
いつまでも足手まといではいられない。
だが、急ぐ必要はないという。
それは矛盾しているようで、矛盾していない。
その二つを両立するために、自分がするべきことを考えるべきだ。
幸い、今は店もやっていないから、考える時間は沢山あった。




