願いを奪う装置2
「人間の素晴らしいところは、一つの現象を確認したとき、それに再現性があるかどうかを調べる能力が高いことだと思うのよ。それがどうしてそうなるのか、どういった条件なら同じことが可能なのか。そうやって一つ一つ解明し、習得していくことを技術と呼ぶのよ」
パティはそう前置きを置いた。
それは、決して間違った行いではないのだと。
そうやって人間は発展してきたのだから、そう考える奴が出てくるのは、ある意味自然なことなのだと。
そう、言っているのだ。
「だから能力者がいるのなら、どうやって能力を得ることができるのかを考え、実験し、確認するのはとても普通で、人間の素晴らしい行いの一つと言えるのよ」
「でも、やばいことなんだろ?その機械も、方法も」
「ええ、そうよ。行い自体は素晴らしいのよ、分からないことを、ただの現象でしかなかったことを、理解して、技術に変えることは素晴らしいのよ。でもね、いつの時代、どこの世界でも技術というのは悪用されるものなのよ」
それは本当に悲しそうに、どこか憐れむような、そんな声音だった。
パティの語り口には、そういった出来事を実際に見てきたかのような真実味があった。
「人のためになりますようにって生まれた技術で人を殺す、皆が便利になりますようにって生まれた技術で人を騙す。それが人の営みというものよ。だから、これもそれと同じようなものでしょう」
そんな長い前置きを置いて、パティはこの機械について説明を始めた。
「この機械は人の願いを集めて、能力へと変換する機械よ。正確には、毒杯に届かせるには少し足りない願いを吸い上げて、集めて、それを別の誰かに注入することで毒杯を起動して能力者に変える機械よ」
その言葉に克人は衝撃を受ける。
今、こうして改めて聞いて思ったのは、パティの説明していた能力のカラクリ。
毒杯とそれに捧ぐ願いの条件。
それが確かに判明しているということが、どれほどの偉業なのか。
そして、それを悪用しようとして、できてしまっているというのがどれほどのことなのか。
恐らく、人間が能力を手に入れる条件を知るのにはいくつもの犠牲者を生んだのだろうと、勝手に想像する。そして、悪用のためにまた何人もの犠牲者を生んだのだろうとこれまた勝手に想像した。
だが、それでも理解できないことはある。
「その、できるもんなのか?願いを吸い上げるなんて」
克人の疑問はそれだった。
願いという目に見えない形のないものを、吸い上げて他の人間に投与するなんてことができるのだろうか。
「できないわよ。普通はね」
「できねぇのかよ.........普通は?」
「そ、普通は」
あまりにも当然のように話すため、克人はそういったちょっと想像できないような技術があるのかと思ったが、それはパティの口から否定された。
ただし、「普通」を強調するように否定した。
まるで、普通ではない事があり得るかのように。
「できる可能性もあるのよ」
「可能性?」
「人にはできないことが、できるようになる。そんな魔法のような不思議な現象にあなたも心当たりがあるでしょう?」
「............」
心当たりがあるどころではない。
今まさにその現象について話していたのだから。
克人は学がなかったが、今の今聞いたばかりの話を忘れるほど馬鹿ではない。
つまりは、
「能力ってことか」
「ぴんぽーん、正解!」
だが、それでも一つ疑問は残る。
能力の発生条件を考えれば当然と言えば当然の疑問。
「そんな能力が、願いが毒杯に届くほど強く発現することなんてあるのか?」
毒杯は現在封印されている。
願いを無差別に叶えることはない。
この状態で願いを叶えてもらい、能力者となるには、封印を突き破るほどの純粋な願いが必要だと克人は聞いた。
であれば、他人の願いを奪うという願いが死に瀕した人の生きたいという願いと同等以上にならなければこの機械を能力によって作り上げるというのは無理だ。
そんな人間が居るか?
たとえ、生粋の悪人だったとしても他人の願いを奪うなんて事だけを考えて願う事なんて果たして出来るのだろうか?
「もちろん普通の人間には無理ね。というか人間というくくりで逸脱しないような人なら、全員が無理じゃないかしら?」
「なら、やはりこの機械は作れないってことになるんじゃ.........」
「だから、人の道を外れた、もう人とは呼べない、呼びたくないような人なら出来るって事なのよ」
「......人とは呼びたくない人?」
その分かるようで分からない難しい言い回しに克人は首をひねる。
その言葉から連想されるのはただのバケモノのような、クリーチャーのようなものだが、呼びたくないと表現するのはまた少し違う気がしたのだ。
「ええ、あなたのように能力を手にしたものは、能力によって願いが叶っている。例えば目が見えない人が目が見えるようにって願いをして、よく見える目の能力を手にしたら願いが叶ったという事でしょう?克人も死にたくないって祈って、死ににくい身体の能力を手にした。その結果として願いは叶えられている。毒杯は良くも悪くも平等だから、願いを必ず叶えさせてくれるわ」
今度の言葉は分かる。
と言うより、そうでなければ意味がない。
毒杯に託した願いが、能力によって叶えられることがなかったら、その毒杯を起動させるだけの願いは願いのまま残ってしまう事になる。
「だけど、人間は醜いから.........ごくまれに居るのよ。能力を手にしても、毒杯によって叶えてもらってもなお、願いが薄れることなく、際限なく、その杯に願いを注ぎ続けるような底なしの欲望が」
そしてこの言葉はよくわかった。
ああ、確かにいるだろうと思ってしまった。
克人はこれまでの自身の境遇から、痛いほどよくわかっている。
自身の欲望のためなら平気で人を踏みにじることが出来る存在が、決して珍しくはないのだと分かっていた。
「その事実を知っている私達みたいな人間は、その醜悪な化け物のような人を『魔女』と呼んだの」
「『魔女』.........ん?女しかいないのか?」
「ええ、なぜかね。ああ、そんな醜い願いをするのが女しかいないってわけじゃないのよ?男にも、もちろん居るわよ、そんな化け物みたいなのは。でも、男性は力に耐えられないみたいなのよねぇ」
「耐えられない?」
「毒杯の毒に対する耐性が低いからと言われているわ。後は毒杯にも意思があるというのは話したと思うけれど、それらを研究している人間の中には毒杯に性別があるとしたら女性であり、より波長が合うのが女性だからという説があるわね」
克人はなるほど、と相槌を打つ。
しかし、それでもただの一人の願いで、他人の願いを奪うなんてことが実現できる気はしない。
仮にそれが出来るとしたら、その魔女とやらは、本気で、自身の命を大切に思うよりもなお強く、他人の願いを奪い取ることを本気で考えているという事になる。
そんな存在が本当にいるのかと、全く持って現実味のない話に疑問が尽きなかった。
「話が少し脱線したわね、それでまぁこの機械―『ストリガル』は恐らく魔女の能力によって作られた機械で、それでも願いを奪うという機能である以上は、どこからか願いを集めてこなければならない」
「それを、拷問して死にたくないと思わせることによって無理やり引き出しているってことか」
「そのとおり」と自身の口からポロっと漏れた考えを肯定され、複雑な気持ちになる克人。
それは確かに、アンダーグラウンドな組織ならば、手っ取り早くそうするだろう。
ストリガルを生産しているのか、供給を受けているのかは知らないが、それを定期的に入手できるのなら、効率よく使えるようにするのはある意味当然。
その手段は問わないだろう。元々犯罪者の集団。今更拷問の一つや二つ、表情一つ変えずにやっているのが目に浮かぶようだった。
克人にとってそれは胸糞悪い出来事だ。
弱い物から搾取するやり方が、どうにも気に入らない。
自分もまたそうやって生きてきた。そして自分もまたそうやって奪われてきた。
それを体現するかのようなこの機械に吐き気すら覚える。
過去の自分の行いを見せられている気がする。
過去の自分の境遇を見せつけれられている気がする。
だが、同時にこれは非常に強力な武器でもある。
既に頑健という能力を持っている克人には無用かもしれないが、この機械をあのマフィアたちから奪い取ればそれだけでかなり裏の社会で優位に立てる代物だ。
「それで、俺たちはこれをどうするんだ?」
「どうって?」
「いや、依頼でこれの調査、現物の奪取が目的なのは聞いていたが、その後はどうするんだろうなって.........正直、どう扱ってもかなりの物だろう?売るのか、使うのか、」
心底不思議そうにパティが聞き返してくるが、克人はまだ、この依頼がどういった意図でされていたのかを理解していない。
ただ、目標として依頼を説明されただけだからだ。
そのことを忘れていたのかパティは数秒きょとんとしていたが、やがて思い出したかのような表情に変わった。
「そっか、克人にはまだ話していなかったんだったわ。まず、売るのは無し。こんな気色の悪い経緯で作られたもので稼ぐつもりはないわ。お金には困ってないし.........次に、使うのも三つの理由から無しね」
「三つの理由?」
「ええ、理由の一つ目は価値がないからよ」
パティは指を三本立てた後に、人差し指だけを立てる。
とうやら順番に解説してくれるらしい。
「価値がないってことはないだろう?簡単に誰でも能力を手に入れられるなら、それはどんな状況でも価値を失わない」
「そうね、それは間違ってないわ。けど、それは能力者じゃない人間がいたらの話でしょう?」
「.........え?」
一瞬、パティが何を言っているのか克人には分からなかった。
だが、その言葉の意味を理解すると同時に部屋の中を見渡して、マスターと朱利を見てしまう。
「全員が能力者のウチにはいらないものだわ」




