能力2
「まずは前提ね、念のため言っておくと能力というのは、本来は人に備わることがないはずの特別な能力をさしてそう呼称しているわ」
「ああ、いや............そんなことあるのか?」
「あるのよねぇこれが」
パティは楽しさ半分、呆れ半分といった様子で、曖昧な表情を浮かべて頷く。
「前に話したでしょう?この街の成り立ち、人類が追い立てられた現状について」
「あ、ああ、アレだろ?欲張った人類が自滅して、何とか持ちこたえて、それで同じことが起きないように原因を封印した......みたいな」
克人はたどたどしく、思い出しながら言う。
正直、ほとんど忘れていて、大まかな話の流れだけをかろうじて思い出せたような形だった。
その様子にパティの表情の呆れが占める割合が少しだけ増えたような気がした。
「まぁ、大まかにはそんな感じよ。重要なのは、人は自らの願いで毒杯の力を使わないように封印したということよ」
それが何だというのだろうか。
克人にはそれがどう繋がってくるかわからなかった。
「不思議に思わない?だって毒杯の力で毒杯を封じるなんて、矛盾しているじゃない。本当に封じられているなら毒杯の力は発揮できないのだから封印は消えるし、封印が消えずに残っているなら毒杯の力が発揮されているのだから全然封じられていないでしょう?」
パティの言葉に克人ははっとする。
なるほど、確かにそれは矛盾している。
いや、もしかしたらその昔話に語られるような毒杯ならば、その矛盾すらも解決したのかもしれないが、だとしても違和感の残る話ではあった。
「だから、当時の人間はね.........毒杯の影響が強く出ないように、そのほとんどを封じて、封じるための力は残すように、調整したのよ」
「ん?それって、毒杯を封じることは諦めたってことか?」
「まぁ、結局はそういうことになるわね。でも、毒杯のリソースはほとんどすべてが毒杯を封じるために使われて、それ以外に使う余裕が出ないように封じたのなら、実質完全封印と言っても過言ではないんじゃないかしら」
この話を聞いて克人は「昔の人もいろいろ考えてやってんだなぁ」なんて気の抜けたような感想を抱いたが、それは毒杯が完全な封印状態ではないということがどれほど危険な状態であるかを認識できていないからだろう。
その危険性を、その脅威を正しく認識しているパティは、この話をしている最中口元には笑みを浮かべつつもその目は全く笑っておらず、真剣そのものだった。
「だけど、残念ながら過言だったのよねぇ」
「えっ!?」
だから、少しの意趣返しとばかりに、話を急展開させる。
「毒杯は願いを叶えるけれど、そのためには必要なことが一つあるわ」
「必要なこと?」
それは願いをする。
願い事をするという行為に必ず必要な大前提。
それがなければ、その行いはきっと「願い」ではなく、「嘆き」と呼ばれていただろう。
それほどまでに重要な要素。
「願いは聞き届けられなければ、叶えることもできないのよ」
すなわち言葉。
その願いを、叶えるものに届けるための手段。
それがもっとも大切なこと。
「それが、封印となんか関係あるのか?」
「ええ、もちろん。昔話の毒杯は世界中の人間の願いを叶えたわ。でも、世界中の人間の言葉を毒杯に届けたなんて考えられないでしょう?つまりは逆。毒杯の耳が世界中の願いを拾えるほどに大きかったのよ。だから毒杯に施された封印というのはその耳を閉じさせるためのものだったのよ」
「耳栓みたいなものか」
「.........ぷっふふふ」
毒杯を封じた人類の覚悟を乗せた願い。
戒めのためにはるか昔から語り継がれてきたそれを、耳栓などというチープなものに例える克人にパティは思わず吹き出してしまう。
「ええ、ええ、そうよ。耳栓みたいなものよ。でも、残念ながらさっきも言ったけれどその耳栓は完璧じゃないの。ほとんどの音を遮ってくれるけれど、大きな声は届いてしまうのよ」
「それは、ちょっと毒杯が可哀そうだな......寝つきが悪くなりそうだ」
「あら、優しいのね。でも毒杯は願いを叶えるのが望みで、それ以外のことには関心を示さないから可哀そうに思う必要はないわよ」
克人が冗談でいった言葉にパティが続く。
克人としては何を馬鹿な事と正されると思っていただけに、パティがこの話に乗ってきたことに少しだけ違和感を覚えた。
まるで、毒杯に意思や心があるかのような口ぶり。
それがさも当たり前のことのように話すので、克人自身が口にした冗談が冗談ではなくなってしまったかのように感じたのだ。
「それに悪いことばかりではないのよ、大きな声というのは比喩だもの。大きい声ではなく、大きい願い、つまりは純粋であればあるほど、必死で心の奥底からの願いであれば毒杯に届くのよ」
それは一種の救済の形であるとパティは語った。
「有象無象のくだらない欲望のための願いを叶えるのは、昔話から失敗すると学んだ。けれど、本当に真摯な願いを抱く者は救われなければ可哀そうでしょ?そういう面では、今の状態が良いとする考え方も間違えではないのでしょうね」
そう言うパティの表情は何かを慈しみ、尊重するかのように穏やかな表情だった。
いつもの楽しそうに、それでいて周りを気遣うような笑いではなく、心の底から溢れてしまった意図していない自然な笑みだった。
「実際に、克人。あなたもこうして生きているのだから、それが間違いだなんて思いたくもないでしょう?」
「.........は?」
「言ったでしょう?あなたが特別だから生き残れた、だからこうして回復したのだと」
しかし、そんな芸術作品でも見ているかのような、自然な笑みは一瞬で姿を隠し、代わりに顔を出すのはいつもの楽しそうで、意地悪そうな、そんな笑みだった。
パティは克人に言い聞かせるように、その記憶を掘り起こさせるように語り掛ける。
「きっとあなたは願ったのよ、「死にたくない」って、「生きていたい」って、だからその願いが叶えられた。毒杯がその願いを聞き届けたのよ」
「俺の、願いを.........」
克人はあの時の情景を思い出す。
距離の離れたところで振るわれた手刀。
何の影響もなく、何ら脅威になりえるはずもない動作。
それが自身の体を灼いた。深いところまで。
あの時、自分は何を思っていたのだろうか。
突然のことすぎて、何も考えることなんてできなかったような気がするし、命の瀬戸際で通常よりもたくさんのことを考えていたようにも感じる。
そんな中、克人は願ったのだろうか。
自分でもわからない。
あの時は、ただ気が付けば切られ、気を失った。
だから、その時無意識にでも願ってしまったのだろうか。
「”能力”と私たちが言っているのは、そうした願いが毒杯によって叶えられ、決して人の身ではなしえない特別な力をそう呼称しているの。あなたのその並外れた生命力と頑丈さのようにね」
「俺の.........」
「そうねぇ、名前を付けるなら『頑健』。頑丈で、健康な体を持ち、それを維持するような力。それが克人の能力になるかしら」
パティは克人の願いに、その能力にそう名前を付けた。
なるほど、そういった能力が克人に備わっているのなら、あの騎士の攻撃を食らって生きているのにも納得がいく。
克人はそう思った。
「といっても、能力を持つものの中では大して珍しくもないのだけれど」
「え?あ.........そ、そうなのか?」
毒杯によって願いを叶えられた特別な能力と聞いて、少し浮足立っていた克人の心が急速に鎮火していく。
自分が特別なんだと勘違いをし始めたタイミングだったので、釘を刺されたかのように感じられて、少し顔が熱くなった。
「ええ、だって考えても見て、毒杯が願いを聞き届けるほど純粋で強い願いなんてそうそう生まれないわよ。もっともその可能性が高いのって、やっぱり命が掛かっているいる時じゃない?」
「そう、か?」
「そうよ、そして命の掛かっている状況で願うことなんて、「助けてほしい」「死にたくない」とかでしょう?だからこそ、能力者がそもそも希少でも、克人のような頑丈になる系統の能力は多いのよ」
克人はまだ多少の気恥ずかしさを感じつつも、それをごまかしていた。
パティは当然のようにそれを察していたが、あえて気づかないフリをして話を進める。
そこで克人は気が付く。
今の話と、これまでのことで一つ気になることがあることに。
「あれ?ちょっと待ってくれ、俺みたいな頑丈になる系の能力は珍しくなくても、そもそも能力をもった奴が珍しいんだよな?」
「ええ、そうよ」
念のための確認を行うと、パティは嬉しそうにうなずいた。
まるでその質問が来ることを最初から望んていたかのように。
「なら、この間の、あのマフィアたちは何だったんだ?」
そう、克人が気になったのは、克人が倒れる前に戦っていたあのマフィアの男たち。
朱利のナイフでも傷がつかず、マスターの銃もはじき返す。
はっきり言って異常だった。
だが、あれも能力だったと言われれば、なるほどと一応は納得できるのだ。
しかし、問題はその人数。
パティの口ぶりでは、かなり珍しい風だった。
正確な人数はわからないが、探して見つかるようなものではないと克人は考えていた。
であれば、あのマフィアが偶然、能力者が多い組織だったのかと言われればそれも違うと思った。
そうならもっと大規模な組織になっていそうなイメージがあるからだ。
少なくとも途中までは克人たちでも制圧できそうだったぐらいには、個々人の実力は高くなかった。
だが、急にそれを巻き返されたのだ。
あの機械を使ってから。
「さて」
克人の考えが深まり、もしかしてと答えが出そうになったタイミングでパティが口をはさむ。
そのタイミングは克人の考えがまとまるのを待っていたかのようだった。
「その話は、今後につながるから皆を待ってからにしましょう。まだ店は開いているから夜に地下で集合しましょう。それまではゆっくりしていなさい」
「お、あ、はい」
そうして話を打ち切られてしまえば、克人は何も言えない。
後で聞かせてもらえるならば特に問題もない。
用事は済んだとばかりに、颯爽と部屋から出ていくパティを目だけで見送り、克人はベッドにむぐりこんだ。
もう、痛みは感じていなかった。




