燃える騎士2
「あれ?君は、あの喫茶店の店員さんじゃないか?」
剣呑な雰囲気で炎を滾らせた騎士が、その張り詰めたかのような空気を一瞬で霧散させる。
残ったのは肉の焦げる嫌な臭いと、いまだ倉庫内を明るく照らす炎の熱だけだった。
何かが切り替わったかのように軽い調子で話しかけてくる騎士に克人は困惑して何も言えないでいた。
この騎士の事は知っている。
あの時の客だと正しく認識している。
ただ、状況が混迷を極めていた。
マフィアの男たちのあの突然のパワーアップ。
空から落ちてきた目の前の騎士。
未だ頭の中は整理が出来ていなかった。
「やあやあ、やっぱりあの時言った通りまた会ったね。珈琲は上手く入れられるようになったかな?」
「.........ああ、あの時よりは上手くなったと思う」
「そうかい、それはいいね」
整理はついていないが、このまま黙っていることも出来ないと判断して何とか言葉を絞り出す。
それは、この目の前の騎士が何を考えているのか一ミリたりとも分からないから。
目の前で尋常ではない力を見せつけられて、ただコイツ相手に黙ったままでいることを本能が拒否したからだ。
「それで、改めて聞くけど君らは何だい?どうしてここに?」
それは先ほどよりも多少は柔らかくなったものの、やはり抗い難い重圧を感じさせる問いだった。
この質問に何と答えるかで、数秒先の未来が決定的に変わりそうな、そんな予感がした。
何と答えればいいのか、とっさに答えの出ない克人に代わってマスターが答えた。
「失礼。私たちは何でも屋のようなことをしている集団です。現在はとある依頼を遂行中にここにたどり着きました」
「ふぅん?キミは優秀そうだね」
「恐縮です」
「それで、その任務の内容は教えてもらえるのかな?僕としてはどちらでもいいけど、手間は少ない方が嬉しいからね」
声音は変わっていない、その身に纏う殺気にも似た圧力も、だと言うのに少しだけ背筋が凍るような錯覚を覚えた。
そのどちらでもいいと言うのは、話しても話さなくてもどちらでもいいなのか、敵でもそうでなくてもどちらでもいいなのかは分からない。
ただ、話さなかったり敵であると判断されればあの力を使って克人たちを蹂躙することは分かり切っていた。
「もちろんです。私達はある危険な機械がここで取引されると聞いて、取引の全容、もしくはその危険な機械の回収を目的としてここに来ております」
「ふん、それで?」
丁寧にどこに地雷が埋まっているかを探る様に会話を続ける。
空気は重く堅苦しくなっている。
そしてマスターの口調もまた硬く丁寧なものとなっていた。
それだけ目の前の相手に対して油断が出来ないという事なのだろう。
本能のままに生きているのではないかと錯覚するほどに奔放な朱利ですら、口を固く閉ざして体は少しだけ緩めた緊張状態を保って騎士を、騎士の動きを余すことなく観察していた。
何が起きてもすぐに行動が出来るように。
「あなたがこうして行動に出ているという事は、あの機械はやはり相当な代物のようですね。正直に申しますと、私達としてはその事実だけで十分今回の目的としては達成できていると判断できますので、このまま帰還させていただきたいのですが?」
「へぇ、持ち帰るのが依頼だったんじゃないの?」
「ええ、それがベストではあるでしょうが.........あなたがこうして取引の現場を壊滅させたのならこの場から持ち去るのはあなたにとってもあまりよろしくないのでは?」
マスターの言葉はもはや生き残ることを念頭に置いた交渉だった。
何もせず、これは触れてはいけないものだという情報を持ち帰るから見逃して欲しいと、そう交渉していた。
騎士はその様子をただ見た。
自分という圧倒的な力を前に、露骨にへりくだるわけでも、絶望するわけでも、冗長するわけでもなく、ただ最善手はこれだと信じて行うそのマスターの精神を見た。
「フフッいいよ。見逃してあげる」
騎士がそう言った瞬間、強張っていた空気が霧散したかのようだった。
騎士はそのまま克人たちに背を向けてどこかに歩く。
何かを探すかのように辺りを見渡して、何かを拾いそれを克人にむかって投げ渡す。
「それ、キミ等の目的の機械ね。多分それは未使用品だから持って帰りなよ」
「.........いいのか?」
「もちろん、そっちの人もとても優秀だし、そっちの女の子も凄いね、それにキミも将来が楽しみになる。だからキミ等に免じて僕が折れてあげる」
克人の手の中にはあの時、チンピラから奪い納品したあの機械があった。
これが、あのマフィアたちが使っていたパワーアップアイテム。
一体どんな原理でそんなことが出来ているのかはさっぱり分からないが、これがすさまじいものだという事は分かる。
こんなものがマフィアたちの間で大量に作られ、使用されればこの街のバランスは簡単に崩れるだろう。
曲がりなりにも平穏を享受できる人間が多数を占めているのは表向きはしっかりとした治安維持がなされており、裏が表に出ない様に誰もが暗黙のルールとして守っているからだ。
だが、そんなルールは圧倒的な力の前には無力だ。
だから、これを危険視する勢力がいること自体は不思議ではなかった。
「克人、警戒を解くな。ああは言っているが相手は俺たちとは違う生き物だ」
「え?」
「朱利、撤退の準備は?」
「いつでも」
相手が折れたことで、何より騎士の纏う雰囲気が和らいだことで弛緩していた克人をマスターが叱責する。
それはあの騎士の事を全く知らない克人だけに許された油断であり、よく知るマスターと朱利にとっては絶対にありえない失敗であった。
「ああ、でも」
力が、熱が、溢れる。
「このままただ渡して返すのも何だし」
騎士を中心として、莫大な力が。
しかし、決して克人たちまで及ばない圧力。
ただ騎士の周囲だけが、重く厚く熱くなっているかのような。
「これを生き延びたらってことにしようか」
騎士の右腕が赤く輝く。
それはまるで赤熱した鉄の様で。
「マズイっ、克人!伏せろ!!」
マスターの声が響く。
朱利はすでに防御姿勢に入った。
マスターもまた、その射線から避けるように体を屈ませて克人に向かって飛ぶ。
しかし、遅すぎた。
その忠告も、克人の認識も。
「『紅閃』」
その言葉と共にまるで手刀でもするかのように、騎士は腕を振るった。
斜めに振るわれたその手刀は、空を斬った。
当然だ克人と騎士の間には腕の長さの何倍もの距離が開いていたのだから。
しかし、
「.........ッ!!!!」
声にならない悲鳴。
肺が一瞬で灼かれたことで、内部の空気が膨張し口から洩れる。
その際に灼き切れた血管から溢れて行き場を無くした血が一緒に押し出された。
袈裟切りにされていた。
あんな遠くから、しかも切れ味の良い刃物で切られたのではなく、とんでもない熱量によって灼き斬られて。
「また、生きてたら、会おうね」
克人が最後に見たのはそう言って炎と共に姿を消す騎士ではなく、崩れ落ちたことによって視界を覆う冷たい地面だった。




