燃える騎士
暗く、閉ざされた倉庫は、朱利によって月光差し込む舞台へと変貌し、今またその姿を変えた。
炎に巻かれ、燃え上がるマフィアの男たち。
彼らが醜悪なランプとなって倉庫の中を明るく照らしていた。
良く見えるようになったこの場所で、しかし全員の視線はたった一人に集約されていた。
時代錯誤な騎士服に身を包んだ男。
その体は燃え上がっているのに、それを気にした様子はない。
そも、その白い騎士服は燃える様子も焦げる様子もなく、ただ炎を放っていた。
「ま、よこせと言って聞くなら苦労はしないけどね」
そんな騎士はマフィアたちを見つめて、その身体中から放たれる熱と、威圧感とは裏腹にいたって普通で平坦な声音で諦めを口にしていた。
それに応えるものは誰もいない。
マスターも、朱利ですら何も言わない。
そしてそれはマスター達だけでではなく、むしろマフィアの方が顕著だった。
一方的な蹂躙をしていた朱利に対抗できるようになって、調子を取り戻しつつあった彼らのその出鼻を挫かれる形でこの場を変えてしまった騎士。そんな存在を前にものを言えるような人間はいなかった。
ただ、克人だけは彼らとは違う理由で何もいえなかった。
それはその強大な力に圧倒されていたわけではない。
単純にあの時代錯誤とも言える騎士服に見覚えがあったからだ。
「あの時の...?」
ほんの少し前。
喫茶店の仕事を覚え始めのころに一度だけ来た客。
初めて客に出したコーヒーはあの時だった。
あんな服装のやつを早々に忘れたりしない。
立ち去る時のあの意味深な言葉はなんだったのか。
思う感情は多くあり、それだけ記憶に深く刻まれた相手と言っていい。
そんな騎士がそこにいた。
「でも、いつまでもこうしては、いられないからさ。まずは君ね」
そう軽い調子で騎士が示したのは、先程まで朱利と相対していた男。
例の機械によって異常なほどの頑丈さを手に入れたあの男だった。
男は見てわかるほどの動揺をし、しかし自分の後ろには自分を庇ってくれる人間なんていないことを思い出したのか、半ば自棄のように覚悟を決めた顔をした。
「じょ、上等だ!今の俺なら騎士様にだって勝てるに決まってる!!」
「そうかい」
己を鼓舞するかのような男の言葉に、変わらず平坦に返す騎士。
もはやその言葉だけで、彼我の戦力が推し量れてしまっているように感じる。
「お、おおおおお!!!」
声をあげて、男は騎士に拳を振るう。
朱利をして切り落とすことのできなかった頑丈な拳が騎士を襲う。
そこで初めて克人は気がついた。
騎士は丸腰だった。
武器と呼ばれる類のものを何一つとして持っておらず、その身を包むのは品の良さそうな騎士服だけ。
朱利のナイフで傷がつけられない相手に素手では何もできないだろうと、そう思った。
「ふっ」
騎士は短く息を吐くと、迫る拳に自ら向かえるように手を添えた。
そして威力を殺すうように受けながら、力を流していく。
生まれた流れに逆らわないように拳に触れている手を中心に腕を回して、逆に男の腕を取る。
「がぁ!!」
鮮やかに、澱みなく、あっという間に、騎士は男の腕を関節を捻る形で固めてしまう。
それは傍から見ているととても簡単そうに見えた。
そう見えるほどに一切の無駄のない動きだった。
格が違う。
男と騎士の間には体の頑丈さなどというものでは覆し難い隔絶した技術の差があった。
「なるほどね」
ギリギリと決められた関節から聞こえて来そうなほどに力を込めながらも、騎士は変わらず平坦な声音で言葉を漏らす。
その間、じゅうと音を立てて騎士に触れている男の体がみるみる焼けていく。
やはりその体からゆらめく炎は本物らしい。
「折れるか外れるかなって勢いで技を決めたのに、今もそういうつもりで力を入れているのに、この頑丈さ。君は使っているわけだ?だから最初の放熱でも生きていたわけだね」
男の腕を締め上げるのはそのままに、騎士は「なるほどなるほど」と頷き、状況をゆっくりと確認する。
その様子は師匠が弟子の力量を測っているかのようで、片手間にあしらいながら確認するかのようで。
「うらああああああ!!!」
そんな男を見かねたのか、それとも一人戦う男に感化され覚悟ができたのか、マフィア達はここに来てようやく再起動して、勢いよく騎士に襲いかかる。
だが、悲しいかな。
今たったの一瞬の攻防であっさり制圧されかけた男は、決してマフィア達の中で弱かったわけではない。
むしろ上澄側だっただろう。
つまりは、残りの男達はやはり騎士と比べることなどできない程度の力しかなかった。
それは、数という戦いにおいてそう容易くは覆ることのない圧倒的なアドバンテージを持ってしても、同等にもなれない程の力の差がそこにあることを意味していた。
「そしてそんな状態の敵が複数と。なるほど、これはもう少し真面目にやったほうがいいか」
騎士は最初に関節を決めていた男に執着することなく手放して、遅いくる男達を捌いていく。
今度は関節を決めて制圧するのではなく、勢いを利用した投げを多用した多対一をしっかりと意識したものだ。
最初の男との攻防で、技術的に問題ないが、攻撃力が足りていないと理解したため一人一人に使う時間は短く、連続した一対一をするように捌いていく。
ただ、それも長くは続かなかった。
頑丈で、素手の体術だけでは攻撃力が足りず、男達を倒すのに時間がかかると理解した騎士は、なぜか先ほどから使っていなかった力を使い始めたからだ。
「ヴォルヴァルグ」
騎士がそう短くいうと、体から立ち昇っていた炎の勢いが増した。
ドンッと音が聞こえてきそうな勢いで溢れる炎は、近くにいた男を燃やした。
体が頑丈だからだろうか。
その炎の勢いの割に男はなかなか炭とならず、焼かれ続ける。
だが、悲鳴は聞こえない。
喉か肺か、その両方が焼けてしまったのだろう。
ただ苦しそうにもがきながら、のたうち回る。
その凄惨な光景に男達の動きが止まる。
それを見逃す騎士ではなく、先程まではカウンターのような待ちの構えだったのも一転、攻勢にでた。
自ら飛び出し、一人、また一人と燃やしていく。
それは炎を纏う魔人が、風に乗って死を振り撒くようだった。
騎士が攻勢に出て、わずか数秒。
この場に騎士が現れてから数分も経っていない時間で、あれだけいたマフィアは全滅した。
文字通り、一人残らず。
燃えて死んだ。
それはおよそ人のなしえる行いには見えず。
同時に克人は少しだけこの光景に見覚えがあった。
全て焼き殺したことで、血は出ていなかったが、この肉の焼けるような匂いと多くの人が死んでいるこの光景に見覚えがあった。
この倉庫に繋がっていた地下水路のあの部屋。
あの惨状はきっとこの騎士によって行われたのだと理解した。
克人は今日だけで自分よりも強い人間というのがたくさんいることを知った。
マスターも朱利も、今の自分では到底敵わないと思う相手だった。
同時に味方でいることに酷く安堵する相手だった。
だが、目の前の騎士はその二人をしてさらに格上なんじゃないかと疑うほどの力を目の前で示した。
「さて、と」
マフィアを壊滅させた騎士は、一仕事終え、もう一仕事でもするかのような気軽さで克人たちの前に立つ。
それは克人からしてみれば目の前に死が立っているのと同義だった。
「君らはなんだい?」




