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デザイア・ルーツ  作者: 時ノ宮怜
叶わぬ夢、欲望が這いよる
2/14

ハロー、最悪な街

 日が暮れて、明るいのに不自然に静かな夜が来る。

 商業区は、昼とはガラリとその雰囲気を変えてネオン看板の輝く怪しい街へとその仮面を付け替えた。

 それは人という獲物を帯び寄せて喰らう、悪意の罠のような輝きを放っていた。


 青年はそんな街の路地裏を歩く。

 陽の下で堂々と歩けるほど、綺麗な生き方をしてこなかった青年は陽の高い時間は薄暗い路地裏を歩く。

 夜は灯りのある場所を堂々と歩く、本物から逃げて隠れるために真っ暗な路地裏を歩く。


 悪になりきれるほどの力を持たず、強さをもたず。

 善になりきれるほどの経験もなく、環境もない青年にとって、いつも自身がいくのは路地裏のような狭く閉ざされた場所だった。


 中途半端な青年にとって、世界とは理不尽だった。

 願いを叶えられるのはいつも何者かになれるほど、極端に自身を浸すことができた人間だけ。


 青年は仕事の対価として、怪しげな男たちから受け取った封筒の中身を誰にも見られない様に、路地裏の先、明るい街を背にして手に出して確認する。


 封筒から転がり落ちたのはいくつかの四角いカプセルのようなもの。

 それは透明な色の液体が中に入ったカプセルで、一つ一つに入っている量は違っていた。

 しかし、あえてそれらの共通点を述べるとしたら、カプセルの大きさに対して中に入っている液体の量が少ないように感じられることだった。


「はぁ...」


 青年はため息を漏らす。

 それは不満の表れでもあったが、同時に諦めの表れでもあった。


 ふと、視線を後ろに向ければ暗いこの道とは違って明るい街並みが少しだけ見えた。

 そこを行きかう人々は派手であったり、逆にとても地味だったりするけれど、そのどいつもこいつもが迷いがないように見えた。

 自身の生き方に何一つとして疑問を持っていない様に見えた。


 青年にはそれが酷く眩しい物に見えた。


 そんな中、一人の少女が青年を見つめていた。

 少女は肩あたりで切りそろえられた髪を、揺らしながらじっと青年を見ていた。

 まるで、珍しい物を見るかのように。


 青年にとってそれはとても耐えられるものではなかった。


「.........っくそ!」


 まるで自分が見世物かのように感じてしまい居ても立っても居られなくなってしまった。

 しかし、この苛立ちをあの少女にぶつけるようなことはしない。

 この時間の街で、無防備にああやって居ることができる少女だ。

 関りになることすら危ないと、青年は経験から知っていた。


 それに自身よりも明らかに小さい少女に、鬱憤をぶつけるほどに落ちぶれているつもりもなかった。

 青年にとって、自分の中のそういった感覚だけは裏切りたくなかった。


 だから、青年はこの場から逃げたのだった。


 ―――

[中位九層:居住区]


 居住区とは名ばかりの密集した巨大マンション群。

 どこの層にも住居が密集した地域は存在しており、層そのものがこの名前を冠しているのは一重に、住居しか存在しない層がここだけだからだ。

 密集、増築、拡張、改造、そうやって住居ばかりがどんどんと増殖して増えていく。


 この層に初めて来た人間はこう言う。

 迷宮と。


 この層に住まう人間はこう言う。

 最後の砦と。


 ここに住まう青年はこう言う。


「相も変わらず、牢獄のようだな」


 と。


 青年は自宅として使っている場所につくと、慎重に扉を開ける。

 自分で取り付けた扉は壊れやすく、簡単に中に入れる。

 そもそも住んでいる場所がこの地区でも奥まった分かりずらい場所のため、そうそう侵入者などあり得ないが、ゼロとも言えない。

 過去に一度そうして、待ち伏せをくらって面倒なことになったことがあるため、帰宅時は毎回警戒するようになってしまっていた。


「.........大丈夫か」


 どうやら今日は特に侵入者はいないようだった。


 部屋の安全を確認した後、部屋のテーブルにカプセルを無造作に置いて、簡易なベッドに身を預ける。

 大したクッションもない、本当に寝るための機能をギリギリ満たしただけの簡易なベッドはギシッと嫌な音を立てて青年の体を受け止めていた。


「.........いつまで、生きてんだか.........」


 それは自嘲を孕んだ言葉だった。

 様々なものを失い、そして足りない物を他から奪う事で生きている青年にとって、生きることは苦痛であった。

 誰も彼もが、必死に生きている。

 こうしなければ生きていけない、こうすることで生きていける、それは同じようで全く違った。


 少なくとも青年にとっては、大きな違いがあった。

 明確な目標を目指すのと、それしか知らないのであれば、そこを目指すのに大きな違いがあった。

 青年にはそれは選択肢のない苦痛と変わらなかった。


 しばらく、ベッドの上でそうしていると、腹の虫がグゥと鳴く。

 考えれば、今日は一日仕事で外を動き回っていたせいで、一度も食事をしていない。

 体が汚れているため、シャワーを浴びたい。

 このまま寝るにはいささか、やりたい事が多かった。


「はぁ...」


 今度のため息には面倒臭さが多分に含まれていた。

 それでも、食事もシャワーも出来るときにやっておくのがこの街で長く生きるコツだった。


 テーブルに置いたカプセルをいくつか手に取ってそれをポケットに突っ込んで、再び家の外へでる。

 こんな場所に食事もシャワーもあるわけがなく、そういったものが大衆向けに置いてある場所へ向かうのだった。


 自宅として使っている場所から、いくつかの角を曲がり、階段とエレベーターを駆使して、立体的に交差する連絡橋を使って別の建物を経由して、複雑な道のりを超えて、ようやくその場所が見つかる。

 商業区の華やかさに比べたら暗く静かなこの居住区にあって、唯一こんな夜でも灯りのある場所。


「いらっしゃい」

「.........ん」

「今日は稼げたらしいな?」


 そこはただの扉のようで、しっかりと管理の行き届いた扉だ。

 その近くの部屋は小窓が付いており、この扉を監視できるようになっている。


 そこから顔を覗かせる一人の男。

 この扉と、その先の施設を管理している男だ。


「ああ、仕事が上手くいったんでな」

「そうか、そりゃよかったな。それじゃ入場料は貰おうか」

「ッチ!」


 少ない稼ぎを取られるとあって青年は盛大に舌打ちをした。

 しかし、それでもこの先の施設に用があるのだから青年にとっては、文句も言えない。

 それに、


「おいおい、酷い態度だな......俺は誠実だぜ?」

「......分かっている」


 管理人の言う通り、この街でこの男は随分とマシな方だった。

 ふてくされながらも青年はカプセルをいくつか小窓から投げ渡す。

 その中身がどれだけ入っているかを正確には分からない青年にとって、適当に渡すしかない。


 それはつまりぼったくられてもおかしくないという事だ。

 だから、青年は機械を通さない人間同士のやり取りを嫌う。


「.........ふん、ふん、なるほど。今回は結構な稼ぎだったみたいだな?ほら、これらは返しとくよ、この三つだけで足りてるわ」

「そうか、ありがとう」

「なに、お前らのおかげで俺も稼げてるからな」


 しかし、管理人は必ず釣りを返してくれる。

 もちろん、カプセル単位での支払のため多少は多くとられているのだろうけど、それでも渡したカプセルを返してくれるなんて良心的な商売をしているのはこの管理人ぐらいだ。


「ほら、開けたぞ」


 管理人のその言葉を待ってから、ゆっくりと扉を押して中に入る。

 管理人がいるその部屋にある装置を動かすことで、この扉は開く。


 中は、多くの機械が立ち並ぶ不思議な部屋。

 その多くは人一人が入れるぐらいの箱型の機械。

 それらが立ち並び、その機械が駆動しているのを示す淡い光が室内を照らしていた。

 そして、さらに奥まったところにあるのは、簡易な扉に仕切られた空間。


 青年はまずその空間の方へ行く。

 簡易な扉を開けて入れば、無理をすれば手を伸ばせるといった程度の狭い個室。

 足元にある防水加工された箱に、服を脱いで入れていく。

 ここはシャワー室だった。


 青年はカプセルを壁に付いた穴にセットするとそこから淡い光が個室の中で走る。

 カプセルの中に格納された液体状のエネルギーが、シャワー室のシステムにエネルギーを供給していく。

 壁のパネルを操作するとシャワーノズルからお湯がでる。

 少しだけぬるいが、冷たい水よりは何倍もマシなものが出てくる。


 それで体の汚れを落としていく。


 ある程度体を流したら、再びパネルを操作する。

 次はお湯が止まって壁や天井から温風が出る。

 そこそこ強いその風は青年の体についた水滴を吹き飛ばしていく。


 やがて、青年は操作していないのに独りでに機械がとまる。

 それと同時に、個室を照らしていたエネルギーの光も消えていく。

 見ればセットしたカプセルの中の液体が無くなっていた。

 もともとかなり減っていた中古のカプセルだ。


 青年は止まってしまったものは仕様がないと諦めて服を着る。


 そのまま箱型の機械に近づいて、その機械にカプセルを差し込む。

 先ほどのシャワー室と同じで、カプセルから幾本ものラインが伸びるようにエネルギーの光が機械に走る。

 そうして起動した機械のパネルにはいくつかの商品の画像が表示されていた。

 それは料理の画像だったが、これはあくまでもイメージだ。


 青年は特にその画像を見ることもせずに適当にパネルをタッチすると、ピッという機械音のあと、箱型機械の下の方についた取り出し口に何かが落ちてきた。

 それを取り出すと箱にパッケージされた食料だった。

 青年はこの自動販売機にセット先ほどセットしたカプセルを引き抜いて、立ち去る。

 エネルギーの元を引き抜かれた自動販売機は電源を落として、その光を徐々に落としていく。

 それを尻目に、パッケージを向いて中の食料に食らいつく青年。


 味は意外にも濃く、しっかりとしたものだが、触感が最悪の一品だった。

 ボソボソで、水分を感じさせず口の中を蹂躙していく。

 だと言うのに、この食料には固形水が含まれているため水分も接種できるという理不尽な食べ物だった。


「相変わらず、不味いな」


 それを齧りながら、青年はこの部屋でやるべきことをすべて終えたので外に出ていく。

 扉を出ると、管理人がこちらをちらりと見るが、軽く会釈をしてそのままこの場を後にする。


 もそもそと食料を食べながら自宅に帰る途中、粉上に砕けた食料が気管に入りむせてしまう。


「ゲホゲホッ!!」

「おいおい、大丈夫か?」


 結構本格的にむせてしまい、激しく咳き込んでいると後ろから話しかけられる。

 余りに唐突な声に驚いた青年は逆に咳が引っ込んでしまい、止まる。


 ゆっくりと振り返るとそこには一人の男。見覚えはなかった。


「なあ、少し話をさせてくれないか?」


 紅いエネルギーのラインが入ったジャケットを着たその男は、何もかもを見通すかのような澄んだ紅い目で青年を見ていた。

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