乱戦2
暗い倉庫の中で、金属音と打撃音と発砲音が鳴り続ける。
そんな混沌とした坩堝の中で、克人は自身の限界を強く感じ始めていた。
「オラアアア!!」
気迫と共に放たられる一撃は、マフィアの下っ端の頭に命中して少し吹き飛ばす。
既に肩で息をしていて今にも膝を突きそうな疲労の中で、それでも手に握る棍棒を構える。
葬備の差により何とかもっていた戦力差も、圧倒的な物量によって拮抗を始めていた。
「............これ、増えてる...?」
克人は可能性を言葉にする。
最初奴らが現れた時、30人と言っていた。
暗闇の中正確な人数なんて分かりはしないが、明らかに15人以上を殴り倒している。
マスターのほうも似たようなもの、いや克人の未熟とマスターの習熟を考えれば、その倍を一人で捌いていて不思議ではない。
ならば考えられるのは、最初から嘘をついていたか、途中から増援があったかだ。
そのどちらだとしても、このまま物量によって押されるとマズイ。
マスター一人なら逃げるなり何とでもなりそうだが、この場合克人が足を引っ張る。
それを理解しているのは克人だけではない。
当然マスター本人もそれを正しく認識していた。
「克人!!こっちに来い!!」
その言葉と共にマスターは上空に銃弾を放つ。
それはこの乱戦が始まるときに放った戦光弾。
空中で花開き、暗闇に閉ざされていた倉庫を一時的に照らし出す。
克人はその声と灯りによってマスターの位置と、そこにたどり着くまでの敵の量を確認して走り出す。
「了解!!」
灯りはそんなに持たない。
せいぜい数秒だ。
だから駆ける。
躊躇う時間で灯りは切れてしまう。
ほんの一瞬だが、敵の視線が灯りに集中した。
その一瞬で動き出している克人に気が付いても、動き出すのにはワンテンポ遅れる。
最短で行けば、かち合う敵も棍棒で一撃入れて無理やり道を開く。
今回は倒すのではなく、退けることを第一として殴りながら駆ける。
そしてマスターの元にたどり着くと、マスターが克人の背後に迫っていた男に発砲して倒す。
「いいぞ、やれ」
「え?」
ようやく近くにたどり着いた克人の耳に入ったのはマスターの短い命令。
要領を得ないその指示に、思わず聞き返すがそれは克人に出したものではない。
その命令は最初からカモフラージュとして使っていた戦光弾に紛れさせて放っていた信号を見て、この場に急行していた一人の少女に向けた物。
そして、その返事は克人の耳にも聞こえた。
その耳に付けたデバイスから。
『りょーかい!』
直後、天井の一部が崩れて落ちた。
切れ味の凄まじいなにかで切られたかのような断面の滑らかなブロックとなって落下する天井。
それと一緒に紅い残光を空中に残しながら何かが落ちてきた。
それは一直線に落下地点にいた男へ飛び掛かると、両手に握る二本の紅く輝くナイフを振り下ろす。
それは一瞬空振ってしまったのかと疑うほどに何の抵抗もなく、振り下ろされる。
落ちてきた人物は重さを感じさせないふわりとした着地をして、周囲に瓦礫が降り注いだ。
その瓦礫によって視界が悪くなった時に聞こえたのは、液体の入った袋が破かれるような音と、大量の液体がぶちまけられるような音。
「あ、は!」
紅く光る衣装をまとい、楽しそうに笑う彼女。
あの時、克人を追い詰めた紅く歪んだ月のような笑みを思い出す。
いや、それよりもさらに妖しく、光るその瞳に思わず背筋に冷たいものを感じてしまう。
「あ!遅くなってごめんね、ごめん!でもでも、これから私も戦っていいんでしょう?今回は自由にやっていいんでしょう?楽しみ、楽しみだね!!」
「ああ、好きにやってくれ」
「やった!やったね!!」
朱利は無邪気に笑う。
心の底から楽しそうに、マスターにやっていいか聞くところなんかは、声音やセリフからはただの遊びのように聞こえるのに、状況やその姿が絶望的にマッチしない。
克人はそんな朱利の姿に普段の少しだけ抜けている朗らかで明るい少女の面影を全く感じられなかった。
「休憩ついでによく見ておけ、朱利は才能だけで戦っている。私やお前では出来ない、天性の戦い方だ」
マスターはぼそりとそんなことを言って、銃を懐にしまう。
つまりそれは、それだけ朱利の勝利を確信しているという事。
克人たちを囲っていた面子は朱利の登場と共に殺された。
周りにはもう誰も残っていない。
後は朱利が見つめる暗闇の向こうに居るのだろう。
状況としてはこちらは一人増えただけで、物量的には不利なままだ。
だが、それでもマスターは銃をしまった。
克人はその事実から推察できる現実を信じられないと言いたげな表情で見つめていた。
「な、なんだお前は!!」
「私?私は朱利!!よろしくね!!それじゃ行くよ?」
「くっ!!たかが一人増えただけだ!押しつぶs...............」
恐らく最初に話しかけてきた男と同じ男の声だったと思う。
この集団の指揮官だったのだろう。
新たな敵の出現に動揺していたようだが、自分たちの強みがなにも失われていない事を正確に認識しており、そのまま数に任せた戦い方をしろと指示を飛ばそうとしたところで、言葉が途切れた。
「あ、ごめんね?何か言ってたのに、本当にごめんね?でもでも、ぼーっとしていたあなたが悪いよね!私は悪くない悪くない!!」
朱利はただ近づいて首を切った。
その葬備により強化された身体能力とそれを操縦する才能をいかんなく発揮し、誰もが油断し、目を逸らす瞬間に跳んで指揮官の真上に移動したのだ。
そして、気が付いた時には指揮官の喉はナイフにより裂かれていた。
指揮官の喉からは血が溢れ、びちゃびちゃと床を濡らす。
指揮官の隣に居た、護衛のために攻めに参加していなかった男が、ここでようやく異変に気が付く。
「おお?おおおおおお??!!!」
混乱と冷静の狭間で辛うじて口から出たのは意味のない咆哮。
しかし、体は染みついた習慣から合理的に動く。
懐から最短で銃を取り出し、朱利へ向ける。
「は?」
そこには今まさに斬られた指揮官の死体以外に何もなかった。
朱利はいない。
遅いのだ、朱利と相対するには反応の何もかもがワンテンポ遅い。
だから、男は自分の腕の手首から先がすでに切り落とされて握った手ごと銃が床に落ちていることに気が付けない。
バツゥ!!
そんな音が男の耳に聞こえた気がした。
同時に左半分が見えなくなった。
この倉庫は暗い。
ほとんど見えていない。
自身の本当に近くしか見えていない。
だが、左半分がその近くすら見れなくなった。
遅れてやって来る熱に、斬られたとようやく認識する。
その痛みが、男が最後に感じた感触だった。
痛みに悶えて咆哮しそうになったのに、喉から出たのは水を多く含んだごぼごぼとした音だけだった。
倒れる男の後ろに立つ朱利はつまらなそうに、その男を見て次の遊び相手を選ぶように暗闇を見渡す。
まるでどこに誰がいるのかを理解しているかのように。
「んふふ、いっぱいいるって最高ね。最高よ」




