追跡3
長い地下水路を走る。
「近いな...」
マスターの言葉を肯定するかのように進むにつれて、地下にまで伝わるような大きな振動が地上で起こっているのを感じていた。
それと同時に地下水路の様子も変わってきた。
「また、か」
克人がそういって走りながら横目で見るのは水路の半ばで倒れこむ男。
水につかった体からは水路に流れる汚水とは別の赤い液体が汚水と混ざりあって流れ出ていた。
地下水路に入ったときに見つけた血痕。
それを追っていく過程で、どんどん出血が激しくなったのか、血の跡が大きく増えてきて、最後には血だまりのようになっている場所すらあった。
最初こそ克人は目をそむけたくなった。
彼はあくまでもチンピラであり、命のやり取りが日常となるような武闘派マフィアのような存在とは距離を置いていた。
故に、そんな血だまりと、その近くで倒れていた死体は少し気分が悪くなったのだ。
反面、マスターは見慣れているのか、特に反応をせずに通り過ぎ、目的地まで走っている。
克人もおいて行かれないように、マスターの背を追っている最中に幾度も現れる死体に慣れてきていた。
克人のつぶやきはそういったなれの中でこぼれたものだった。
そしてしばらく進むと、マスターがとある扉の前で立ち止まる。
克人にはなぜ止まったのかわからなかったが、マスターは確信をもって止まっているらしい。
「ここだな」
「どうしてここだと?」
「においだ」
「...におい?」
言われてスンスンと克人は嗅いでみるがわからない。
多少はマシとはいえ下水。それもここまでに何人かの死体すらあった。
血と汚物のにおいによって、鼻は全くと言っていいほど機能していない。
「この扉の向こう、酷く濃い血の匂いだ」
マスターはそう言う。
だが、克人にはやはりわからなかった。
これが経験による違いなのか、それとももっと天性のものなのか、それすらもわからなかった。
「念のため、何があってもいいように構えておけ」
「りょ、了解」
扉のドアノブに手をかけた状態で、マスターが克人に忠告する。
マスターの間隔では、これまで駆け抜けた道のりよりもはるかに濃い血の匂いがする場所にこれから向かうのだから、それも当然なのかもしれない。
「行くぞ...」
マスターは腰のホルスターにさしてある銃を一つ手に取って、ゆっくりと扉を開けた。
何が起こっても、何があってもすぐに引き金が引けるように、銃を先行させてゆっくりと。
部屋は簡素なつくりで、奥に階段が見える。
恐らくここは上から降りてきて、下水道へ出る前の小部屋といったところだろう。
やはり予想通りに血まみれで、しかもただ出血しているだけではなく、焦げ臭いにおいもまた充満していた。
目視できる範囲に脅威がないことを確認して、克人を呼び警戒を一段階下げる。
「ひどいもんだな」
「これ、人間がやったのか?」
いくつかのパーツに分かれてしまっているせいで、正確な人数はわからないが、その濃密な死の気配から十数人はこの部屋で死んでいると感じた克人は、その所業がとても人間にできることだとは思えなかった。
「ああ、もし外にいるのが私の想像どおりなら、これぐらい鼻歌でも歌いながらできるだろうな」
「そんな、やつがいるのか...」
「そうだ。こちらに深く足を踏み込めば誰でも知っているような、そんな存在がな」
マスターはそんな部屋の惨状を特に気にする訳でもなく、しかしこの惨状を作り出した存在への警戒を強めて階段を登り始めた。
克人もまた動揺を残しつつではあるが、マスターの揺るがない後ろ姿に引かれるように階段を登った。
階段を登った先は拍子抜けするほど何もなかった。
人もいなければ、物もない。
ただの伽藍とした空間。
夜と言う時間も合わさってどれほどの広さがあるのか分かりずらいが、よく見ればレールのようなものもあるため、ここは倉庫などの役割をおっている場所なのかもしれない。
「誰もいないな......さっきの部屋の惨状からして、抜けて出てきたこっちも相当ひどい事になっていると思ったんだけど」
「ふむ......もしかしたら逆だったんじゃないか?」
「逆?」
克人は地下水路、下水道にあった血痕を追ってここまでたどり着き、奥に進むにつれて死体が増えたのだから、自分たちと同じようにこの惨状を作った人物は襲撃したのだと思っていた。
だがマスターはそれに待ったをかける。
「あれだけの惨状を作り出せるんだ、むしろなんで最初のほうが被害が少ない?最初に派手に暴れて、人数が少なくなったから結果的に被害が少なくなっていくなら分かるが、なぜ逆なんだ?」
「あ、」
マスターの言葉はある意味では正しい。
しかし、もしマスターの言う通り事の始まりが想像とは逆だった場合、あの血痕がああいう風に残っていた原因は分からない。
克人はそこに何か大きな落とし穴があるのではないかと思案してしまう。
「血痕は不可解ではあるが、しかしあの規模で戦える者が逃走を許すとは思えん。実際あの部屋の人間は皆殺しだった。ならば、何か予想外のことでもあったのか?」
その疑問はマスターもまた持っていて、深く思考の海に潜ろうとしていた。
その時だった。
静かで、暗く、おそらくは広いこの空間に声が響いた。
「だ、誰か!居るか!!」
「「!!!!?」」
唐突な声。
克人はともかく、マスターも気配を感じ取れなかった。
声の響き方からしてかなり遠いようだ。
そして、この空間はよく音が響いた。
マスターと克人は素早く目線で言葉を交わし、頷き合う。
克人は下手に声を出さないようにして、存在を隠す。
相手はこちらが誰かと質問したという事は、向こうもこちらの状況を正しく認識しているわけではないらしい。
だから、この機会に情報を取るため一芝居するという事だ。
「居るぞ!こっちは二人だ!!」
「!生き残りか!こっちは10人だ!!アイツはどうなった!」
「.........すまん!俺たちも必死でよく状況が分かってないんだ!運がよかっただけでな!!」
「くっ!それはそうか......」
会話はお互い近づかずにしている。
声は反響していて正確な位置が分かりずらい。
克人は必死に目を凝らすが、やはり暗がりの向こうは見えない。
というより、少しだけ発光している自身の葬備のせいで暗闇に対する視界が悪すぎる。
そこまで思考してふと気が付く。
自分たちは今発光する葬備を着ている。
淡く紅に光る特別製だ。
「ちっ存外、頭が回るな.........克人っ!!」
その瞬間、克人はマスターに服を引っ張られそのまま投げられる。
「うおっ!?」
それと同時に先ほどまで、自信がいた場所にブオンッと風を切る音と共に何かが振り下ろされた。
間髪入れずにマスターがその音がした方に向かって2回発砲する。
マズルフラッシュが一瞬、視界に光をもたらし、克人に襲い掛かった脅威の姿を映した。
それはスーツを着たスキンヘッドの男。
どう見てもマフィアの一員だろう。
「失敗か!!クソが!今日はなんて日だよ!!ちょっと取引しようと思ったら騎士様に、こんどは機械化葬備を着た侵入者だと!?ふざけんな!」
先ほどから暗闇の向こうで喋っていた男が悪態を付く。
どうやら最初から克人たちの油断を誘うための言葉だったらしい。
「大声で話しかけ、反響を使って他の人間が動く音を誤魔化す。戦い慣れているな......流石にこちら側で生き残っているマフィアということか...」
マスターは相手の手を褒めつつも、即座に次の行動に映る。
撃った分だけ器用に排莢して新しく弾を込めたリボルバーを上に向けて発砲する。
それは一つの大きな光源となり空間を照らした。
「ッ!?」
照らされたことで、ようやく周囲の状況を正しく認識できた克人は息をのむ。
総勢30人近いマフィアの構成員が、それぞれ剣や鈍器を手に持ち克人たちを取り囲んでいた。
「なるほど、暗闇に対してもちゃんと対策した道具を用意してんのか.........葬備からして想像はしていたが、やはりただのチンピラじゃねぇな?他の組の回し者か?それとも騎士様のお仲間か?」
「どれも違うな、ただのカフェのマスターさ」
「ふざけやがって!!」
この空間を照らしていた頭上の弾のエネルギーがあっという間に尽きてまた暗闇が落ちる。
克人は先ほどの灯りに目が慣れてしまい、余計に暗く感じる。しかし、それでも一瞬見えた敵の配置と、戦闘モードに切り替わった頭と、初めての実践に対する興奮が、克人の間隔を鋭敏なものにしていく。
(感じる、見えなくても、一瞬見えた場所から息遣いが.........)
「ぶち殺せ!!」
「克人、無理はしなくていい。援護もしよう。だが、出来るだけ自分で凌いでみろ」
「了解!」




