追跡1
夜の街を眼下に、移動する。
本来なら届かない距離、本来なら受け止めきれない衝撃。
本来なら決して出せない、出したとして体が追い付かない、そんな速度で。
「.........ッ!!ぅお!!」
一瞬の違和感。
それによりバランスを崩しかけてドキリと心臓が跳ねる。
大丈夫だと聞かされて、実際に何度もやって大丈夫だったが未だに脳が慣れていなくて恐怖を振り切れない。
克人は今、風になっていた。
「どうだ?違和感はあるだろうが、意外と平気だろう?」
そんな克人と並走するのはマスターと朱利の二人。
今、三人は怪しい男をたちを追跡するためにビルとビルを跳んで移動しながら空から追跡していた。
克人がおっかなびっくりビルの縁から飛び出すのに対して、マスターと朱利は当然のように飛び出して、危なげなく着地して、次の行動に繋げている。
慣れと言ってしまえばそれまでだが、克人にとってはその差が覚悟の差のように感じられて少しだけ悔しく思った。
「ああ、何とかな。この後ろから押されているかのような感覚にも大分慣れてきた」
パティから支給された葬備。
それらはそのすべてがこの街の特殊な機能を搭載されており、普通の見た目以上の機能を持っていた。
この街ではあるエネルギーが生活を支えている。
それが金の代わりであり、それを抽出することが効率的であるほど裕福になれる。
そのエネルギーの名は『毒』。
パティの話にもあった、この街の外に行けば腐るほどある無限の人を殺すためのエネルギーだった。
人々がこの街を作り上げた時、生活圏の確保の次に問題だったのはエネルギーだった。
人は、人の文明はエネルギー無くしては維持することは出来ない。
だからこそその課題は急務だった。
しかし、人は思い出したのだ。
そもそも我々がなぜこの毒を生み出すという大罪を犯したのかを。
無限に使えきれないエネルギーを欲していたという事を。
毒は人を殺すが、機械などに使う分にはとても効率のいいエネルギー源となった。
そうして人は徐々にその研究を進めていき、そのエネルギーを何かに変換して利用するのではなく、直接エネルギーとしてそれを活用する術を手に入れた。
例えば、物体にはその強弱はあれどその形に結合しているのならそのままの形を保とうとするような力がある。それをこの毒エネルギーで強化したところ、さらに強力に硬く結びつくことになった。
例えば、物体を押した時、自分に帰ってくる反動がある。その力を強化することでより強く反発するような力が発生した。
例えば、物体を切断するとき、切断に用いた刃は薄ければ薄いほどよく切れ、必要な力が少なくなる。その力をエネルギーで過剰に流した時、大して切れ味のよくない刃物でも硬い物体を熱したバターのように切断してしまう。
そんな不可思議でありながら現実の側面を持った技術は人の暮らしに瞬く間に浸透していき、逆にエネルギーの絶対性を作り上げていくことになった。
今、克人たちが着用している葬備はそう言った技術をふんだんに使った機械化された物だった。
着ているパーカーは衝撃に対して、その服が持つ反発を強化することで衝撃を相殺し、ダメージをやわらげる機能があった。
目に付けているコンタクトは、目の持つ早い物体を捉える力を強化して、いつもだったら目で追うことも出来ないようなものもしっかりと認識できるようにしていた。
そして、現在脚に付けているブーツ上の機械の塊。
グリーヴなどと呼ばれるそれは、その見た目とは裏腹に行動を助けるための機能があった。
それは加速をエネルギーによって強化することで通常よりも速く走れるようにするというものだ。
正確には前に進むという行動に対して加速を強化するという機能だ。
それを使って、生身の人間には不可能なほど離れたビルとビルですら飛んで移動が出来る。
それによって、豆粒程度にしか見えなかった怪しい男たちを未だ見失う事もせず追う事が出来ている。
「押されていても、実際に押されているわけじゃない。落ち着けば自身の力と馴染んでもっと楽に移動も出来るようになる」
「え?私はそんなの感じたことないよ?」
「お前は別だ」
「...............」
慣れてきたとは言え、あまり話に集中しすぎると転びそうになるので正直黙って欲しいと思っている克人だった。
何より今自分がこうして制御に神経を使っているというのに、何でもないかのように出来たと言ってのける朱利に曖昧な感情が湧く。
それが本当なのか、本当なんだろうな、何なんだコイツ。という思いが離れない。
「ん?やつらあの建物に入っていったぞ」
「あ、ほんとだ」
「.........あそこか」
マスターに言われて男たちの様子を見ると、やつらはとある建物の中に入っていくところだった。
克人たちも急いでその後を追い、その建物の近くのビルの屋上で止まる。
「これって......」
「デパート、だな」
暗闇の中、恐らく潰れたのではなく今日の営業が終わり閉まっているデパートだった。
商業地区にはそこそこの数のデパートがあるが、これもそのうちの一つなのだろう。
夜に明るくなるほうの街並みとは違い、夜にはちゃんと暗くなるタイプの普通の店というわけだ。
「こんなとこで取引すんのかよ」
「むしろ、明らかにそっちの道に精通していそうな怪しい店の個室でやるよりかは、安全なんじゃないか?そんな発想をだれもしないという意味で」
暗いデパートは昼に見るそれとはまた違った雰囲気を放っており、克人に中に入ったら帰ってこれない洞窟のような、化け物の口のような威圧感を与えていた。
「しかし、こうなるとこの広いデパートを探さなきゃいけなくなったな」
「ああ、それは面倒だな」
「え~もうさっさと行ってサクッとやっちゃおうよ」
「だめだ。私たちの目的はペイラファミリーが取引しているのを確認すること、そしてその本拠地を探ることだ。ここでやってしまえばどちらも分からないままになってしまう」
既に追跡に飽きてきたのか突撃しようと提案する朱利に、マスターが冷静に待ったをかける。
「しょうがない、ここは二手に別れてしらみつぶしだ。朱利は屋上から、私は一階から入ろう。克人はまだ葬備を着た状態での戦闘は慣れていないだろうから私と一緒に来い。いいな?」
「む~、しょうがないか。わかった~」
「...............了解」
マスターの作戦に二人が返事を返し、方針が定まる。
「ここからはただの追跡じゃない。敵が待ち構えている可能性のある場所だ、最悪の場合は戦闘もあり得る。その場合は倒せそうなら倒して構わないが、無理なら即時撤退。無理はするな」
「は~い」
「了解っ」
克人はマスターのその言葉に、実戦の気配を感じ取り、その手に握った棍棒を握りなおして返事をした。
葬備/防具
名前:加速式脚部装甲
「デザイア」にて戦闘に携わる組織が基本装備として用意する防具。
前に進む。という行動に対してエネルギーを供給して増幅することで、通常ではあり得ない加速を得る事が出来る葬備。
装甲としても利用できるように頑丈に作られてはいるが、防御にエネルギーを使用するように設計されていないため、普通の金属の塊を足に尽きているのと変わらない防御力。
加速に必要な要素を余さず補助するため、その制御を誤るという事は滅多にない。




