妖しい客
「暇.........だな」
克人は一人きりの店内でそんな言葉をこぼす。
正確には一人ではないが、自身の言葉を聞く者がいないという意味では一人と言ってもいいだろう。
克人が喫茶店Lunaへやってきてから数日の時間が経っていた。
変わらない毎日に、動揺していた克人の心も落ち着きを感じるようになり、普通を普通のままに享受できるようになってきた。
それと同時に、こんなにも何もしなくていいのかと不安になったりもする。
それでも少しずつ仕事を覚えて、一人で任される仕事も増えてきた。
そんな日だった。
特別に客の姿が見えず、本当に暇をしていた。
朱利はそうそうに暇を持て余して、テーブル席を一つ占領して眠りこけている。
マスターもまた、どうせカウンターに立っていてもやる事がないと、店の奥で在庫などの整理をしてくると言って引っ込んでしまった。
だからこそ、今店に居るのは克人一人と言っても過言ではない状況だった。
「はぁ、なんかやる事ないかって探しても......まだ俺じゃ分からんこともあるしな......」
その暇な時間を過ごすことに慣れていない克人は、どうにか仕事がないかと探すが、まだまだやっていいこととやっちゃダメな事の区別がちゃんとできているわけではないため、下手に動けずにいた。
だからこうして、カウンターでただ呆けながらも朱利が気持ちよさそうに寝息を立てているのを眺めている事ぐらいしかできない。
「くぅ.........すぅ..................」
「いっそ憎たらしいほどの眠りっぷりだな」
そうすると、この暇な時間をどうにかして欲しいと言う克人の願いが通じたのか、カランカランっと店のドアに取り付けてあるベルが鳴った。
克人ははっと、意識を仕事モードに切り替えてたった今入店した客に向き直る。
「いらっしゃい.........ま...せ?」
「ああ、お邪魔させてもらうよ」
ここ数日で克人の体に染みついた接客の基本中の基本である、挨拶はしかし、尻すぼみになってしまう。
それは、その客の姿があまりにも見慣れない物だったから。
「ん?ああ、もしかして僕の服装に驚いているのかい?だったら気にしないでくれ、趣味のようなものだ」
その客の言葉を信じるなら、それは趣味という事だった。
客は、白を基調とした礼服のようなものを着ていた。
ただ、それは現代のスーツ等というよりは貴族の着ているかのような、それこそパティの着ているドレスと横並びになっても見劣りしないような服。
言ってしまえばおとぎ話の騎士のような服を着ていた。
「あ、ああ......いや、失礼しました。お一人ですね?カウンターとテーブルどちらにしますか?」
「それならカウンターで頼みたいな」
「わかりました、こちらにどうぞ」
何とか意識を再起動させて、騎士様をカウンターに案内する。
基本的に味のある少しだけ古いインテリアをしているとは言え、この喫茶店は本格的なアンティークってわけじゃない。
そんなところに騎士服の男がいることに酷い違和感を感じなくもない。
しかし、克人に案内されて店内を歩くこの騎士様個人は、その服を着ていることに何一つとして違和感を与えていなかった。
明らかに着慣れており、それが自然体だと一目見て分かる立ち振る舞いだった。
そして、克人は同時に感じるものがあった。
(強い.........)
その騎士から感じる圧が、克人にそう思わせた。
他者を圧倒するその身体の内にある熱量が、そしてそれを感じさせつつも騎士本人に何一つ他を抑えているつもりがなさそうな様子が、自然と強者の立ち振る舞いと認識させたのだ。
だから克人はその騎士が店内を歩き、カウンター席に座るまで一切目を離すことが出来なかった。
「メニューはあるかな?」
「あ、はいこちらです。ただ、」
「ただ?」
「今、ちょっとマスターが席を外してしまっていて、呼んできますので少し待ってもらってもいいですか?」
メニューを要求された事で克人はかなり重要なことを思いだした。
まだ、克人はメニューに載っているドリンクを用意できない。
アレからなんども珈琲を淹れる練習をしてきたが、未だ合格を貰えていない。
そのため、マスターがいなければそもそも注文を取れないことをうっかり失念していた。
「なるほど?キミは淹れ方を知らないのかい?」
「いえ、まだ練習中でして......お客様に出せるもんじゃなく......」
「ふぅん?」
正直に騎士の質問に答える克人。
それに騎士はなにやら考えて、ちょっと理解しがたい事を言い始める。
「ものは容易できるんだろう?なら僕はキミが淹れた物が飲みたいな。頼めるかい?」
「え?いや、まだ出せないんですけど......」
「それは容易出来ないんじゃなくて、クオリティがそこに達していないという事だろう?客がそれでいいと言っているならばいいんじゃないかな?ダメかな?」
騎士のその美しく整えられた白髪の奥で、燃えるような紅い瞳がこちらをじっと見つめてくる。
客の要望だとしても、ここはおとなしくマスターを呼ぶのが正解だろう。
だが、その瞳に見つめられて、まるで肉食動物の目の前に立たされているように感じた克人はやけくそ気味に答えてしまった。
「......文句は言わないでくれよ」
「言わないさ」
そして珈琲を淹れる。
まだまだ合格点はもらえていないが、自分の中では最高の出来になるように丁寧に慎重に。
それを騎士の前に出す。
「ありがとう」
騎士はただその一言だけいって、カップを手に取る。
顔に近づけて香りを味わう様に確かめて、そっと一口飲み込む。
その慣れた優雅な仕草はパティを彷彿とさせ、克人にやはり産まれがいいとこういう仕草になるんだなぁっとそんなことを考えさせた。
余韻までたっぷりと味わった騎士は、そっと口を開く。
「なるほどね、キミはこういう人間なんだね」
「なにが.........なに?」
「なに、これは持論のようなものでね、その人間が用意した飲み物や食べ物をいただけば、なんとなくだけどその人柄が分かるんだ」
「はぁ......?」
唐突に語らり出したその内容について行けず、曖昧な返事になってしまう。
言っていることは何となく分からなくもないが、そもそもなんで克人の用意したものを飲みたがっていたのかは謎のままだ。
「うん、美味しいね」
「それは、よかった......のか?」
それ以降、騎士は余計なことを言わずに珈琲を楽しんで、席を立った。
「ご馳走様、お会計いいかな?」
「かしこまりました」
先ほどきて珈琲を1杯飲んですぐに立ち去るというこの騎士は、本当に何しに来たのだろうと疑問に思う。
いや、珈琲を1杯飲みたかっただけならば、目的を達成して店をでるというのにそこまで疑問に思うことはないのだろうが、なんとなくそれが本当に目的だったのかと疑いたくなるというだけだ。
そして、騎士は特に何をするというわけでおなく普通にお会計をして、店を出ていく。
ただ、そのドアに手をかけた時に少し止まって克人に言葉を残して。
「キミがこれから、このままこの街に深くかかわっていこうとするなら、きっと僕たちはまた会うことになると思う。だから、それまでにもっと珈琲を上手く入れられるようになっていてくれよ」
「はい?」
「じゃあね」
「ちょっと!まっ!行きやがった.........」
意味深な言葉だけを残して、さっさと店を出てしまった騎士を克人は呆然と見送ることになった。




