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デザイア・ルーツ  作者: 時ノ宮怜
叶わぬ夢、欲望が這いよる
10/13

新しい部屋

 それから喫茶店Lunaは今日の営業を完全に終了してしまうことにした。

 それはこれから裏の仕事をするから、というわけでもなく単純に一度閉めてしまえば、再度開くのは結構手間だからという事らしい。


 それでも解決したなら営業再開するのが普通ではないのかとも思ったが、そもそもこの店が普通ではないのだからそれでいいのかと納得しておくことにした。


 ―「今日はこの話がしたかったのと、克人に私達がどうしているかを知ってもらいたかったから集まってもらったけれど、実際の任務はもう少し後になる予定よ。克人の葬備もまだだし...今日の所は解散でいいんじゃない?営業も、今日はそういう感じでもないでしょう?後でマスターに部屋の使い方を教えてもらうのよ」


 とは克人が営業再開しなくていいのかパティに聞いたときに語った理由だ。

 そして克人の他には誰もその決定に疑問を抱かなかったので、自然と解散という事になった。


 克人は想定よりもよほど早く暇になってしまったというわけだ。


(どうするか...こんなに早く帰っても、あの何にもない寝床では時間を持て余すだけになりそうだ)


 克人にとって暇な時間と言うのはかなり貴重であり、持て余す物だった。

 毎日仕事にありつけるか、それとも何も見つからないのかという心配をして、仕事があれば限界まで働き、仕事が無くても少しでも金になりそうなものや、獲物がいないかと薄暗い路地を徘徊するなんてことをしていたから、時間に余裕があるなんて非常に珍しいことだった。


 むろん、そういった事で時間つぶしをすることはできるだろうが、この店に拾われて厄介になると決まった身であまり迷惑が掛かる可能性のある行動はしたくなかった。


「おい、克人。なに呆けてるんだ?早くこっち来い」

「え?」


 この後の時間の使い方について考えていたらマスターに呼び止められる。

 解散と言われたからそのまま店を出ようかと考えていた克人にとっては出鼻をくじかれたような感覚になった。


「え?じゃないぞ。お嬢様に言われただろう?上の部屋の使い方を教えてやるからついて来い」

「上って、生活用のスペースって言ってなかったか?」

「そうだ。私達、従業員用の生活スペースだ」


 マスターについて来いと言われ、ついていけば店の奥にある先ほど地下室に降りたのとは違う、上の階に繋がる階段。


「.........いいのか?」

「何がだ?」

「こんな、こんな簡単に俺を受け入れて、良かったのか?」


 パティもマスターも、たぶん朱利も、簡単に受け入れ過ぎではないかと克人は思っていた。

 確かに、克人は多少の暴力を受けた。誤解で殺されかけた。


 克人が身を置いていた暗い社会ですら、暴行や強奪は日常茶飯事でも、殺し殺されは滅多に起きない。

 それをしてしまえば、報復もまたそういった命のやり取りになると知っているからだ。

 だから克人は、先日も機械を奪うために痛めつけたチンピラたちを殺しまではしていない。


 それを考えれば誤解で殺されかけるというのも、なるほど礼を尽くして謝罪しようという心持になるのは理解できないわけではない。力ある集団が力ない個人に対してそんなことをするのがおかしいという点を除けば自然なことだった。


 だからといって、そうそう簡単に身内に招き入れるというのは余りにも話が突飛で、何よりもおかしな話だと思った。


 迷惑を掛けてしまったとは言え、それで身内に抱き込み面倒を見ると言うのはどう考えても採算が取れないだろう。

 だからこそ、克人はそれを気にした。


「お前がどう思うかは知らん。だが、私や朱利が誰でも受け入れると思っているのなら、それは違うと言っておくぞ。私達は()()()()()()()()()()()()()だから納得し、受け入れたんだ」


 放たれたマスターの言葉は揺ぎ無く。

 迷いも、後悔も、何もかもを差し置いて、この意思だけが絶対だとでも言わんばかりだった。


「なんだそれ、ならあのお嬢様が誰も彼も受け入れ始めたら、それも全て納得するのか?」

「する。それがお嬢様が必要だと求めたのなら、迷う余地はない」

「......脳死かよ」

「いや違う。ただ、知っているだけだ」


 あまりにも早い即答。

 食い気味ですらあったそれに、克人が気圧される形で絞り出した皮肉交じりの言葉。

 だが、それすらも分かっていたかのように、そしてそれをすでに乗り越えたかのように続ける。


「お嬢様は、その目的のために今まで間違えた選択をしたことはなかった。私の、私達の目的を、願いを束ねて率いるお嬢様が、間違えのない答えを示し続けるのなら、それが一番だと知っているだけだ」


 まっすぐに克人の目を見てそう宣言する。

 それは言葉と同じで揺ぎ無く、そして悲壮なほどの炎を宿した目線だった。


「ここだ」


 気が付けばすでに階段は昇り切り、とある部屋の前にとっくについていた。

 話しに集中していてあまり周りを見ていなかった克人は、ここで初めていまいる場所をよく見る。


 一階の店舗スペースからしてそこそこに広かったが、二階はそのスペースを贅沢に切り分けた複数の部屋のある空間だった。

 階段からそのまま続く廊下に今は立っていた。


「この向かいが私の部屋、克人の隣が朱利の部屋だ。個人の部屋は完全なプライベートな空間だが、別に私も朱利も多くの趣味を持っているわけではないから、何かあれば好きに呼んでくれ。逆に私達も何か用事があれば遠慮なくこの部屋を訪ねるから、あまり秘匿性の高い部屋だとは思わないでくれ」


 説明しながらマスターは部屋のドアを開く。

 広がるのは簡素な、最低限の家具がそろったシンプルな部屋。

 しかし、ちゃんとした部屋だった。

 これまで暮らしていた、部屋とも言えないようなコンクリートが剥き出しの空間とは雲泥の差だ。


「ここ、本当に使っていいのか?正直結構いい部屋がお出しされてビビってるぞ」

「ああ、当然だ。さっきも言ったがお前はここの従業員で、ここは従業員のための生活スペースだからな。では、あとは好きにしてくれ。明日はまた店を開けるからな、ちゃんと朝には起きてくれ」


 それだけ言い残してマスターは部屋を出て行った。

 克人一人残されたこの部屋は、これから克人の部屋になる。

 克人はゆっくりと置かれたベッドに近づく。

 恐る恐る、そのベッドのマットレスに手を置く。


「布の感触、硬くない...」


 これまで使っていたベッドのマットレスなんてものもなく、ただのフレームにボロ布をかぶせただけのような惨状を思えば、どれほどのランクアップをしたのか見当もつかないほどの出世だった。


「いや、ベッドのグレードがあがってここまではしゃぐのは違うな」


 そう独り言をこぼしつつも、やはりその違いに感動し思わず腰かけていつまでもその感触を楽しんでしまう。


「............いろいろと考えなきゃいけないことがあるけど、今はいいや。寝よ」


 悩みも、疑問も、不安も、希望も、夢も、様々なものが克人の内側で渦巻く。

 渦巻いて頭のなかをかき混ぜる。

 だけど、たった一つそのベッドの柔らかさに全てを持っていかれて、克人は眠りについた。


 ―――

[喫茶店Luna:最上階]


 華美な装飾に、美しい調度品。部屋に充満する香の香りはこの部屋の主が誰なのかを如実に表していた。

 そんな部屋に尋ねるものが一人。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」

「ありがとう、入って?」

「失礼します」


 扉を開けて、簡易なワゴンにお茶を入れるためのセットを用意したマスターが入室した。

 それを出迎えるのは黒い、フリルの多いドレスを着たパティ。


「...............」

「......」


 マスターは黙ってお茶の準備をする。

 それは洗練された動作であり、音も最低限しかならない熟練の技を感じられた。

 それをパティもまた黙って見つめていた。


 やがて、部屋に香ではない茶葉の柔らかな香りが混ざり始める。

 お茶の準備が完了し、パティのいるベッドの近くにあるテーブルにお茶を置く。


 パティはそれをゆっくりとした余裕のある仕草で手に取って一口飲む。

 ただそれだけの動作なのに、なぜかそれはとても艶めかしくいかがわしい事をのような錯覚をするほどだった。


「それで、何が聞きたいのかしらマスター?」


 沈黙を破ったのはパティだった。

 その言葉を待っていたマスターは落ち着いた声音で自身の疑問を言葉にする。


「彼、克人はお嬢様にとって必要なのでしょうか?」

「あら、酷いわ。部屋を案内してあげて、ちゃんと少しは打ち解けたのかと思っていたのに、信用できない?彼が。それとも私が」

「いえ、そういうわけではありません。確かに、どこの誰とも知れない。戦闘能力も一般人に毛が生えた程度。通常の業務はよくやってくれてはいますが、やはり経験不足で戸惑っているのが見受けられる。そして何より......能力を持っている」


 マスターが並べた克人に対する不安要素。

 克人の前ではああ言っていたが、それでもマスターにとって最も優先するべきはパティの命令ではなく、パティの安全であった。

 だからこそ、必要な警戒は未だ解くことなく。


 そして、能力者であると言う事実が否応なく警戒を抱かせていた。


「やっぱり能力あったのね、連れ帰ってもらうように言っておいてよかったわ」

「ええ、あるでしょうね。確かに朱利の武器は切れ味が良すぎる。だからちゃんと処置をすれば切れた部分なんて普通に治癒するものですが.........昨日の今日ですでに傷が薄くなるほど回復しているのは異常でしょう」

「そうよねそうよね、だからこそ彼は私達と共にあるべきだと思うけれど?」


 意味深にパティがそう言ってマスターを見つめる。

 その目に含まれた思い、考えが長い付き合いのマスターは手に取る様に分かってしまった。


「分かってます。決定に意を唱えたいわけではないんです。ただ、今回も理由は教えてくれないのですね」

「ええ、そうね。いつも通り、全てが終わった後に教えてあげるわ。だからそれまで、克人をよろしくね?あなたの目はよく見えるのだから」

「承知いたしました」


 それで話は終わった。

 まだ少しだけ思うところはあるのだろう、しかしマスターは宣言通り、意を唱えたいわけではなかったため、多少の疑問は飲み込んで部屋を後にした。


 一人残されたパティは楽しそうに笑う。


「フフッ!楽しみね、ようやくこれで動き出しそう」


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