小さな光明
「ふざけるなってのっ!! 今度会ったら、ぜってーぶん殴るっ!! 俺ぁ、たとえ相手が女でも必要であれば容赦しねぇからなっ!!」
《ベヒィモス》のキャンピングユニットの中、イチカが淹れた合成茶を飲みながら。
ショウの話──キャロラインの裏切りと《ジョカ》たちとの邂逅──を聞いたアルベルトは、それはもう激昂した。
アルベルトはフィッシャーマン家の中で、義妹であるアイナと義弟であるショウを非常に可愛がってきた。彼の中で、「自分よりも小さな家族は守らなくてはならない」という意識が非常に強いからだ。
それにはアルベルトの実弟が、【パンデミック】の際に命を落としているという事実が大きく響いているからだろう。
そのため、ショウを裏切っただけではなく怪我まで負わせたキャロラインは、アルベルトにとってどうしても許せない存在のようだった。
「それで、キャロルの行方はまだ掴めていないのか?」
「ああ。カワサキにいないことは確かのようだが……それ以外はさっぱりだ」
「そうか……よぉし、今後は俺も注意しておくぞ! もしもカワサキ以外の……オクタマかフナハシでキャロルを見かけたら、ぜってーふん捕まえておまえの前に連れてくるからな!」
「ああ、その気持ちはありがたいが、無理だけはするなよ、兄貴」
「おうよ! しっかし──」
アルベルトはソファに座るショウの背後に控えるように立つ三人の女性──《ジョカ》シリーズへと目を向けた。
「彼女たち、本当に人間じゃないのか? どう見ても人間にしか見えないんだが……」
「イチカたち《ジョカ》シリーズがアンドロイドなのは事実さ。だけど兄貴、彼女たちのことは……」
「分かっているって。オヤジやアニキたちもこのことは内緒にしているんだろ? だったら、俺も誰にも言わないさ。で、今回の発掘者一行の中では、この秘密は誰も知らないってことでいいんだよな?」
「その通りだ。だから、《ベヒィモス》の外では絶対に内緒で頼むぞ、アル兄貴」
「我らがフィッシャーマン・ファミリーの重大な秘密だからな! 絶対に誰にも言わないって!」
自らの胸をどん、と叩きながら、アルベルトは大きく笑みを浮かべた。
◆◆◆
「他の面子から聞いたンだがよ、アルたちはオクタマからカワサキへ向かう途中だったんだよな?」
本来ならオクタマ側のリーダーであるアルベルトが、ゲンタロウに事情を説明するべきだろう。だが、彼は義弟との会話を優先したため、オクタマ側の他のメンバーがゲンタロウに状況説明を行ったのだ。
「リーダーであるアルベルトが報告すべき」という仲間たちからの提案を、「義弟との話の方が優先に決まっているだろ!」と一蹴したアルベルトに、オクタマ側は誰もが何も言わなかったという。
どうやらアルベルトの「家族愛」は、オクタマでも相当有名な様子。
「まさかカワサキへの途中で、こんな大規模な【インビジリアン】の襲撃に遭うとは思ってもいなかった。本当に助かったよ、ゲンタロウさん」
「カワサキ、オクタマ、フナハシは連携している関係だしな。それに、おまえのことも知らぬ仲じゃなし。放っておけるわけがねえさ」
《ベヒィモス》の中で内密な話が終わってから。
アルベルトは改めて今回の件をゲンタロウと話していた。当然ながら、彼とゲンタロウは顔見知りである。
「確かに、最近はこれだけ大規模な群れを見たことねぇな」
「【パンデミック】中やその直後なら、これぐらいの規模の【インビジリアン】の群れも珍しくはなかったけどなぁ」
「シンイチの言う通りだぁな。何か、よくないことの前触れじゃなきゃいいんだが…………」
改めてアルベルトたちの事情説明も終わり、後は今後のことを各代表者たちで相談し合う。
「何はともあれ、まずは破壊されたトレーラーの修理だな。あのトレーラーが動かねえことには話にならねえ」
ゲンタロウの一言に、集まったリーダーたちは皆頷いた。
「イチカとミサキにそのトレーラーの様子をざっと調べてもらったが、手持ちの修理資材で何とかできるそうだ」
ショウがそう言うと、集まった面々の顔に笑みが浮かぶ。
「そうか、そいつぁ朗報だ。しっかし、あのお嬢ちゃんたちはホント有能だなぁ」
「なあ、ショウ。あの娘たちって、もしかして感染克服者か?」
「だよな。もしそうだとしたら、彼女たちの人間離れした能力も納得ってものだよな」
ケンとコウジの言葉に、ショウは曖昧な笑みで応える。
「その辺は彼女たちの個人情報に関わってくるからね。俺の口からは何も言えないかな?」
「まぁ、ショウの言う通りだぁな。それに、あれこれ詮索し過ぎるおっさんは、若い女の子たちから嫌われンぞ? 注意しろよ、ケン、コウジ」
「ははは、それもそうだな」
「うん、俺もあの娘たちから嫌われなくねえし。もう気にしないことにするわ」
「そういうこった。あのお嬢ちゃんたちは、将来有望な発掘者。儂ら先輩はただ見守っていればいいンだよ。もちろん、何か困ったことがあったり、相談されたりした時ぁ手助けは惜しまねぇがな」
ゲンタロウの冗談じみた言葉に、ケンとコウジも笑い声を上げる。
どうやら、彼らも単なる先輩の発掘者として、イチカたち三姉妹のことは後輩発掘者として見守るつもりのようだ。
「さて、儂らも壊れたトレーラーの様子を見にいくか。嬢ちゃんたちにばかり働かせるわけにもいかんしな」
ゲンタロウはぱん、とひとつ手を打ち合わせると、そのままショウたちと一緒に壊れたトレーラーの様子を見に行くのだった。
◆◆◆
「どうだ、ミサキ? トレーラーは直せそうか?」
大型トレーラーの車体下に潜り込んでいたミサキに、ショウが問う。
「はい、足回りのシャフトや電装系などには異常は見受けられません。前輪が一個【インビジリアン】に破壊されただけなので、スペアと交換するだけで済みそうですー」
「タイヤ交換だけで済むのか。じゃあ、早速作業を進めよう」
「了解でーす」
荒野を走ることを想定した車両には、大抵予備のタイヤは常備してある。もちろん、オクタマのトレーラーにもそれぞれ一個から二個の予備が積んであった。
「おっしゃ、そンぐれぇの作業なら儂らで進めておくから、嬢ちゃんたちはちょっくら休んでくれ。ここンところ、嬢ちゃんたちに頼ってばっかで儂らの立場がねぇからよ」
「そうそう、ゲンタロウさんの言う通りだ。いくらミサキたちがアン──」
思わず口が滑りそうになったアルベルトの脇腹に、ショウの肘が食い込む。
「おい、兄貴。もうさっき言ったことを忘れたのか?」
「お、おおぅ、済まん、済まん。以後気をつけるよ」
他に聞こえないよう小声でやり取りするショウとアルベルトに、ゲンタロウが首を傾げる。
「どうした、二人とも? 何かあったンか?」
「いやぁ、何でもないよ、ゲンタロウさん。しっかし、ショウの新しい仲間たちはホントに優秀だなー。我が義弟は前の仲間よりもずっといい仲間に恵まれたよなー。あはははー」
わざとらしく話を逸らせるアルベルト。
「むぅ、キャロルなぁ…………正直言うと儂ぁ、今でもあの娘があんなことをしたなんて信じられンのだがなぁ」
腕を組み、唸るような声を出すゲンタロウ。彼もキャロラインのことは良く知っていた。ショウの発掘者の相棒として、また、恋人として申し分ないとずっと思っていたのだ。
「俺もゲンタロウさんと同じだったさ。でも、現実にショウを傷つけた以上、ぜってー許せねぇ! 何があっても見つけ出して、ショウに償わせてやる!」
再び、キャロラインに対する怒りの炎を燃え上がらせるアルベルト。そんな義兄に、ショウ本人は苦笑するばかり。
彼の中で、既にキャロラインとは決着がついている。確かにいまだに怒りは覚えるが、恨んでいるということはない。
仮に彼女と対面しても、冷静に対処できるとショウは考えていた。
「ん? キャロルって、以前ショウと組んでいたあの娘だろ? あの娘ならこの前見かけたぞ?」
突然口を挟んできたのはケンだった。
「ケンさんっ!! どこでキャロルを見たってっ!?」
ケンの言葉に食いついたのは、もちろんアルベルト。彼のその勢いに、ケンは思わず数歩後ずさるほどだった。
「い、いや、もちろんカワサキで見かけたんだよ。ほら、この前、カワサキに襲撃があっただろ? あの時、俺たちや一部の発掘者はフィッシャーマン代表からKSSTの応援を頼まれたんだよ。で、防衛線へ移動する途中、あの娘をちらっと見かけたんだ。何か、フードっての? 頭からすっぽりと被るような服を着た連中と一緒だったかな? 緊急時の移動中だったんで、そのまま特に気にもせず通り過ぎたんだけど……」
「おい、ケン。どうして今までその話を黙っていた?」
いつになく真剣な表情を浮かべるゲンタロウ。その言葉に込められた圧に、ケンは更に一歩後退した。
「だ、だってよ……そ、その、どんな理由かは知らないが、ショウとキャロルの間に何かあったってのは一部の発掘者たちの間で話題になっていたしさ。そ、それに、こういうことって当事者以外があれこれ口出しするってのもアレだろ? だから、あえて何も言わずにおいたんだが…………」
どうやら、ケンなりにショウに気を配った結果、カワサキ・シェルター内でキャロラインを見かけたことを黙っていたようだ。
「ケンさん、キャロルと一緒にいたっていうフードを被った奴らって、何人いたか覚えているか?」
「ん、んー…………ちょっとうろ覚えだけど、確か三人ぐらいじゃなかったかなぁ……」
ショウの問いに、剣はちょっと考えてから答える。
「ゲンタロウさん、キャロルと一緒だったフードの奴らは…………」
「ああ、リアムが言っていた『あの連中』だろうな。ってこたぁ、『あの連中』とキャロルには繋がりがある……ってことか?」
今回、ゲンタロウが率いる発掘者たちの目的は、旧LHエレクトロニクスのビルで《ジョカ》と同シリーズのアンロイドの手がかりを掴むことだ。
だが、旧LHビルに棲みついていた〈オロチ〉のせいで、その目的を果たすことはできなかった。
しかし。
意外なところから前回の襲撃者たちに関する情報が出てきた。
まだまだ針の先ほどでしかないが、それでも一筋の光明であることは違いない。
ショウとゲンタロウは互いに頷き合うと、カワサキ・シェルターに戻り次第このことをウイリアムに伝えることを決めた。




