情報得られず
旧LHエレクトロニクス跡地の探索において、目的であった《ジョカ》や《フギ》──ショウたちは《フギ》という名称をまだ知らないが──関連の情報を入手することはできなかった。
そのことを探索から戻ったゲンタロウやショウたちから聞いたウイリアムは、溜息と共に肩を落とした。
だが、ケンが先日の襲撃の際、カワサキ・シェルター内でキャロラインを見かけたと聞き、その双眸に剣呑な光を宿す。
「で、キャロルをカワサキのどの辺りで見かけたって?」
「んー……ありゃ確か、カワサキ病院のすぐ近くだったかな? つっても、走行中の車両から見かけただけだし、すぐ近くを通り過ぎたわけでもないしよ? 遠目に見て『ああ、あんな所にキャロルがいるな』って思っただけだし…………まさか、あの娘が行方不明になっているなんて思ってもいなかったんだよなぁ」
「まぁ、ケンがキャロルのことを知らなかったのも仕方ねえか。一応、あの事件は大っぴらにしていねぇしな」
「俺もショウとキャロルは単に別れただけで、キャロルはずっとカワサキにいるとばかり思っていたし、ゲンタロウたちにも言ったが若い男女の色恋沙汰におっさんが口出しするのもアレだしよ? あえてショウの耳に入れないようにしていたんだよ」
旧LHエレクトロニクスの廃ビル探索からカワサキ・シェルターへと帰還し、規定の隔離期間を終えた後。
今回ゲンタロウが率いた探索者チームの各リーダーたちは、ウイリアムに直接報告を行っていた。
ここはカワサキ・シェルター代表であるウイリアムの執務室。居合わせているのは、ウイリアムとゲンタロウ、ショウ、ケン、コウジの五人である。
「で、その時のキャロルはフードを被った連中を引き連れていたってことだが、間違いねえか?」
「ああ、そこは間違いない。人数まではうろ覚えだが、三人ぐらいだったのは確かだ」
そう断言するケンに、ウイリアムは腕を組んで「むぅ」と唸る。
キャロラインが連れていたというフードを被った連中。間違いなく、それが襲撃してきたアンドロイドだろう。
襲撃してきたアンドロイドの数と、ケンが見かけたフードを被った人物の数的一致、そして、カワサキから姿を消したキャロラインが襲撃当日にその人物たちを引き連れていたことから、これで彼女と襲撃者たちが無関係とは考えづらい。
「……カワサキに数年住んでいたキャロルなら、人目につかずにこっそり侵入できそうなポイントも知っているだろうしな」
しばらく考え込んでいたウイリアムがそう零す。
カワサキ・シェルターは、その領域全体を強固な壁で囲い込んでいるわけではない。
シェルターの内と外を区切るのは、シェルター各地に存在する数か所の門以外は、簡易的なフェンスで仕切っている程度だ。
また、その境界フェンス付近はKSSTの隊員が定期的に巡回しているものの、KSSTも人手不足なため基本的にはカメラによる遠隔監視に頼っている。
先日の襲撃の際、襲撃者側に凄腕のクラッカーが存在していたことは明らかだ。そのクラッカーが監視カメラの映像に何らかの手を加え、キャロラインたちの侵入をサポートしたのだろう。
「ケンがキャロルを見かけたのはカワサキ病院の近くだろう? だが、フードの連中が実際に襲撃したのは北部防衛拠点。防衛拠点とカワサキ病院ではかなり距離があるが?」
コウジの問いにウイリアムが端末を操作しながら答える。
「こいつを見てくれ」
そう言いながら彼が投影したのは、カワサキ・シェルターの地図だ。
「襲撃者が北部拠点を襲う前、KSSTの部隊が襲撃者と接触し、全滅している。その地点がここだ」
地図上に、カワサキ病院と北部防衛拠点、そしてKSSTの部隊が全滅した箇所が表示された。
「見ての通り、KSSTが襲われたのはカワサキ病院から北部防衛拠点方面へやや移動したポイントだ。無論、直線距離上ではないが、方角としては間違っちゃいねぇ」
「つまり、襲撃者たちは当初はカワサキ病院、もしくはそちら方面へ向かっていたが、何らかの理由で北部の拠点へと襲撃地点を変更したってことか?」
「まあ、単なる推測でしかねえがな」
ショウの質問にウイリアムは地図を見つめながら答えた。
「ってこたぁ、連中が当初狙っていたのはカワサキ病院かぁ?」
「だろうな。あの辺りであれだけの手間をかけてまで狙いそうな場所は他にねえしよ」
ゲンタロウが言うように、襲撃者の当初の目的はカワサキ病院だったと思われる。カワサキ病院周辺に、他に襲撃の標的とされるような建物や施設はないからだ。
「だが、どんな理由かは知らねえが、奴さんたちは途中で襲撃目標を北部拠点に変えた……」
「カワサキ病院を襲おうとした理由……医薬品やIV抗体が欲しかったのか? だが、それにしちゃ襲撃が大掛かりな気もするが……」
「仮に連中の目的が医薬品かIV抗体だったとしても、どうして北部防衛拠点に目標変更した? 確かに各防衛拠点にも医薬品類は保管してあるが、カワサキ病院ほどの量は置いてないだろ?」
「だよなぁ。拠点に保管してある医薬品類は、あくまでも応急処置用だしな」
「もしも少量の医薬品が目的だったのなら、あそこまで大掛かりな襲撃を行う必要もねえよな」
居合わせた者たちは口々に意見を言い合うが、どれも推測の域を出ない。
その後も各自の意見を出し合うが、説得力のある推論が成り立つことはなかった。
◇◇◇
一方その頃。
フタバとミサキは、スルガ屋を訪れていた。
目的はもちろん、フィッシャーマン家のガレージに《ベヒィモス》の武装換装用クレーンを設置するためである。
クレーン設置の許可は、ウイリアムから得ている。後はクレーン本体を入手するため、まずはジャンク類を取り扱っているスルガ屋に来てみたのだ。
「────なるほど、なるほど。そうすると、必要になるのは頑丈な鎖と滑車、鎖を巻き上げるためのウィンチってところだね」
にこやかにそう言うのは、ここスルガ屋──正式名称はスルガ・ワークスだが──の店主、コウジロウだ。
「ウィンチは車載用の小さなのがいくつかあったはずだよ。滑車と鎖も…………うん、どれも在庫があるね」
手にした小型端末で在庫を確認しながら、コウジロウは答えた。
「ホントですかー? 助かりますー」
ミサキはぱん、と両手を合わせて嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、倉庫から在庫を引っ張り出してくるから、ちょっと待っててね」
そう言い残して立ち去るコウジロウ。もちろん、向かう先は敷地内の端にある倉庫だ。
「《ベヒィモス》の装換設備、何とかなりそうですねー」
「そうだな。後、必要なのはウイリアムの家のガレージの強度確認か? ガレージ自体がクレーンの力に耐えられるか確かねば」
「そこは家に残ったイチカ姉さまが確認しているかと」
「だろうな」
今、フィッシャーマン家に残っているのは、アイナとイチカ、そして、久々の「里帰り」中のアルベルトだ。
アイナもアルベルトも、久しぶりに義兄妹と会い、実に楽しそうだった。
「アルベルト様、いい人そうで安心しましたー」
「マスターの義兄弟たちの仲が良好なのは、ウイリアムの人柄のなせる業だろうな」
「ですねー」
フィッシャーマン家の「長男」ササキ・トウマ、「次男」ドウモト・コウスケ、「三男」アルベルト・エリアス・クラウゼ、「長女」ニシカワ・アイナ、そして「四男」アリサワ・ショウ。
彼らの仲が極めて良好なのは、その「父親」であるウイリアムの影響が大きいのは間違いあるまい。
ウイリアムが引き取った子供たちを時に優しく時に厳しく、そして五人を分け隔てなく平等に愛しながら育てたからこそ、フィッシャーマン家は本当の兄弟以上に仲のいい家族としてまとまっているのだろう。
「で、どうしますー?」
「どうする、とは?」
突然のミサキの問いに、フタバは首を傾げる。
「旧LHビルでは、求めていた情報は手に入りませんでした。さすがに、今の状況では今後に正しく対応できるかどうか不明過ぎません?」
「確かにな……アレが我々《ジョカ》の同系機であることしか、現時点では分かっていない。私たちとしても、このままでは指令を──『マスターの守護』という指令を果たすことが難しくなるな」
腕を組み、目を閉じるフタバ。
彼女たち《ジョカ》シリーズには、最優先で成さねばならない指令がインプットされている。
──私の家族を……私の娘とその家族を護ってくれ。
それが《ジョカ》シリーズの「創造者」から与えられた最優先事項だ。
だが、「創造者」の娘とその配偶者は既にこの世には存在しない。唯一残された「創造者」の肉親こそが、《ジョカ》シリーズの現マスターであるショウである。
「確かにこのままだと、マスターの安全を確保できない可能性も出てくるだろうな」
「ですよね? だからここはひとつ、助言をいただきませんかー?」
「助言? まさか……」
フタバの視線がミサキへと向けられる。ミサキはその視線を真っ向から受け止め、にぱっと笑みを浮かべた。
「そのまさか、ですー。『創造者』様に助言をいただきましょー」
第5章はこれにて終了。
後はいつものように閑話を挟み、6章へと突入していきます。
引き続き、お付き合いいただけると幸いです。




