運送屋 ──トラッカー──
「救助依頼?」
『おう、その通りだ。さすがに放っちゃおけねぇんで、儂らはこれから救援に向かう。悪ぃが、ショウたちも一緒に来てくれ』
「了解だよ、ゲンタロウさん」
ゲンタロウからの伝えられた救助依頼を、ショウは即座に承諾した。
「それで、要救助者の詳細は?」
『オクタマ・シェルターに所属するトレーラーが、【インビジリアン】の群れに襲われているみたいでなぁ。しかも、その要救助者ってのが……』
その要救助者の名前を聞いた時、ショウの表情ははっきりと強張った。
◇◇◇
オクタマ・シェルター所属の大型トレーラーが三台と、その護衛を務める傭兵の車両二台が【インビジリアン】の大群に取り囲まれていた。
襲撃者の大半は、〈ゴブリン〉や〈ウルフ〉といった最下級の【インビジリアン】だったが、中には〈オーク〉などの中級【インビジリアン】もそれなりに交ざっているようだ。
更には、〈アラクネ〉と〈オーガ〉が一体ずつ見受けられる。【インビジリアン】の群れとしては、かなりの強敵と言えるだろう。
そんな襲撃者に対抗する三台のトレーラーと二台の車両。彼らは、シェルターとシェルターの間の物流を担う者たちで、運送屋などと呼ばれている。
旧日本の関東エリアには、カワサキとオクタマ、そしてフナハシの三つのシェルターが存在しており、それぞれが各物資を流通し合っている。
その流通を担う者こそが、運送屋たちであった。
三つのシェルターはいずれも、物資が余っているというほどではない。だが、立地などの条件で産出可能な物資などはどうしても偏りが生じるため、それを各シェルターで融通し合っているのだ。
カワサキ・シェルターはその立地から工業製品やトーキョー遺跡やヨコハマ遺跡で発掘品が余剰する傾向があり、オクタマとフナハシでは食料品が比較的豊富であった。
特にフナハシ・シェルターでは最近、その立地を活かして僅かではあるものの安全な海産物の養殖にも成功しており、今後はカワサキやオクタマでも海産物が流通するようになるかも、と期待が寄せられている。
そのような流通を担う運送屋たちは、十分に武装した大型トレーラーを用い、時には護衛に傭兵などを雇うなどして、三つのシェルターを行き交うのだ。
襲撃を受けているオクタマ・シェルターのトレーラーも強固な装甲と7.62mmの軽機関銃で武装されているが、敵が多すぎて手が回っていないようだった。
更には、三台の中の一台がタイヤをやられ、移動できなくなっている模様。その一台を護るように、残る二台と傭兵の車両が防波堤となって迫る【インビジリアン】を銃撃していた。
「おい、救援はまだかっ!? 本当に救援は来るんだろうなっ!?」
「運良くこの付近にカワサキ・シェルター所属の発掘者チームが何組かいたようで、そいつらが現在こちらに向かっているっ!! もう少しだけ頑張れっ!!」
オクタマのトレーラー隊を指揮している人物は、仲間たちに檄を飛ばして鼓舞する。
「しかも、その発掘者たちの中にはゲンタロウさんもいるそうだ!」
「カワサキのゲンタロウって言やあ、有名なベテラン発掘者じゃねえか!」
ゲンタロウの名を聞き、トレーラー隊の面々の表情が明るくなる。
場数を踏んだベテランの発掘者は、下手な傭兵よりも頼りになる存在だ。それは、今の世の中であればどの地域でも変わらない認識である。
「ゲンタロウさんたちの位置情報も届いている! そんなに遠くないから、すぐに駆け付けてくれるはずだ!」
「おっしゃ! もうちょい踏ん張ろうぜ!」
「おう! あと少しの辛抱だ!」
トレーラー隊の表情が一気に明るくなる。救援がすぐ近くまで来ていると分かったのだから、それも当然だろう。
だが、彼らの見た光明はそれほど太いものではなかった。
現状、何とか戦線を維持できているが、それもいつまで保てるか全く不明だ。
【インビジリアン】の数は確かに減っている。だが、〈オーク〉などの中型は左程減っておらず、敵の大将格である〈アラクネ〉と〈オーガ〉も健在。更にはトレーラーに車載された機関銃の弾丸もそろそろ尽きそうだった。
「そろそろ車載機関銃の弾丸が尽きるぞっ!! 救援はまだかっ!?」
「くそっ!! 手持ちのライフルの弾ももうなくなりそうだっ!!」
「護衛の傭兵が少ない時に限って、こんな大規模な襲撃を受けるとはな……っ!!」
カワサキへと物資を輸送するためにオクタマを出立した運送屋たち。今回はやや間が悪く、護衛に雇える傭兵がいつもより少なかった。
護衛が少ないことで一時は輸送計画を変更しようかという案も出たが、運送屋たちにしてみれば何度も往復した経路である。慣れている道中ということもあり、当初の計画通りにオクタマを発ってカワサキを目指した。
だが、そういう時こそ悪運を招いてしまうもの。滅多に現れることのないほどの大量の【インビジリアン】が、オクタマの運送屋たちに襲いかかったのだった。
◆◆◆
「くそっ!! もうすぐ手持ちの弾薬が尽きるっ!!」
最後のマガジンをライフルに叩き込み、傭兵の一人が誰に告げるでもなく言い放つ。
そして、そう言いたいのは彼だけではなかった。引き金を引き続ける誰もが、残る弾薬が心細くなっていることを自覚していた。
「…………間に合わない……のか……」
車載された7.62mm軽機関銃をトレーラーの車内から操作しつつ、運送屋たちを指揮する人物がぽつりと零した。
その時だ。
【インビジリアン】の咆哮とマシンガンやライフルの銃声が飛び交う戦場に、重々しいエンジン音が響き渡ったのは。
同時に、7.62mm軽機関銃よりも遥かに重厚感のある銃声が轟き、瞬く間に群れていた三体の〈オーク〉が引き裂かれた。
そして、戦場に飛び込んできたのは、金属の身体を持った凶悪な獣。
その獣に搭載された銃器──12.7mm連装機関砲──が、群れる【インビジリアン】たちを次々に粉砕していく。
「な、何だあれは……そ、装甲車……?」
「救援……か? だが、あんな装甲車は見たこともねえぞ……?」
メカナム・ホイールという特殊な四つ足で地を駆ける鋼の獣──《ベヒィモス》は、重厚な装甲車とは思えない機動性を見せながら戦場を駆け回る。
そして、車体上部に搭載された連装機関砲が唸りを上げ、手近な【インビジリアン】をどんどん撃破する。
『こちら、カワサキ・シェルター所属の発掘者です。救援依頼を受け駆けつけました』
無線機を通し、澄んだ女性の声が響く。
「こちら、オクタマ所属の輸送隊だ。救援感謝する。救援はあなたたちだけか?」
輸送屋のリーダーが、無線に応じつつ質問を返す。
『いえ、わたくしたち以外にも救援は来ています。わたくしたちの車両が最も速度を出せるため、こうして先行致しました』
「そうか、そいつは助かった。心から感謝するよ」
無線越しに二人がやり取りを続けていると、そこに男性の声が割り込んできた。
『その声……アル兄貴か? 無事のようだな』
「え? ショウ……? ショウなのか? おまえ、その装甲車に乗ってんの?」
そう。
オクタマ・シェルターの輸送屋のリーダーを務める者こそ、フィッシャーマン家の「三男」であり、ショウとアイナの義兄にしてトウマとコウスケの義弟にあたる人物、アルベルト・エリアス・クラウゼであった。
◆◆◆
「詳しい話は【インビジリアン】を撃退してからだ。もうすぐ後続のゲンタロウさんたちも到着するだろう」
『おう、了解だ。また後でな、ショウ』
アルベルトとの通信を切り、ショウは改めて意識を戦闘へと切り替える。
「【インビジリアン】を蹴散らすぞ!」
「承知致しました」
「イエス、マスター」
「わっかりましたー!」
ショウの声に、《ジョカ》たちが応える。
そして始まるのは、鋼の獣による蹂躙だった。
メカナム・ホイールの機動性を最大限に活かし、戦場を文字通り縦横無尽に駆け抜ける《ベヒィモス》。
フタバが主兵装である12.7mm連装機関砲を操って敵を次々に引き裂いていく。ショウは副兵装である二門の7.62mm軽機関銃を担当。銃身が車体側面に固定されて射角を前方から調整できないにもかかわらず、ミサキによる絶妙な車体操作のおかげで的確に【インビジリアン】を捉えることができた。
もちろん、それにはイチカによる正確無比な情報収集を基にした的確な各種指示によるところが大きいのは言うまでもないだろう。
その後、後続のゲンタロウたちも合流し、無数と言えるほど集まっていた【インビジリアン】も、どんどん駆逐されていった。
《ベヒィモス》が戦場に乱入してから、時間にして三十分ほど。遂に群れていた【インビジリアン】は、〈アラクネ〉と〈オーガ〉も含めて全て倒されたのだった。
◆◆◆
「ショぉぉぉぉぉぉウぅぅぅぅぅぅっっ!!」
大型トレーラーから飛び出してきたその人物は、ショウを見つけると真っすぐに駆けよって来た。
そして、ショウに飛びつくように抱き着くと嬉しそうな声を上げる。
「Bruder! また会えておにーちゃんは嬉しいぞ!」
「はは、アル兄貴は相変わらずだな」
彼の名前はアルベルト・エリアス・クラウゼ。
ウイリアムに引き取られた養い子の一人で、フィッシャーマン家の「三男」。
年齢は29歳で、186センチの大柄な体格に金髪と青い瞳という、見るからに「外国人」といった容貌の人物である。
現在はとある理由からオクタマ・シェルターに移り住んでいるが、運送屋という職業上、カワサキ・シェルターに戻ってくる機会も多い。
生まれは旧ドイツ。実親の仕事の都合で幼い頃に東京に移り住んだのだが、その東京で【パンデミック】を迎えてしまい、彼以外の家族は【インビジリアン】に襲われて命を落とす。
その後、当てもなく地獄と化した東京をさまよっていたところを、ウイリアムによって保護されてそのまま彼に育てられたのだ。
「ショウが元気なのは良かった! ところで──」
アルベルトの視線が、ショウの背後で控えるように立つ三人の女性へと向けられた。
「あのFrauleinたちは誰だい? それに、キャロルはどうした? もしかして、キャロルと喧嘩でもしたのかな?」
にこやかに。それでいてショウを心配していることを滲ませながら。
それが分かっているからこそ、ショウはこの義兄にはウイリアムたち同様に全てを説明しようと決めた。
「詳しいことは中で説明するよ」
《ベヒィモス》を親指で指しながらそう言えば、アルベルトは子供のように破顔する。
「おお! あの装甲車のことも気になっていたんだよ! アレについても詳しく説明してくれるんだろ?」
という義兄の言葉に、ショウはもちろんと答えるのだった。




