〈オロチ〉撃破
簡易キャリアーと〈オロチ〉が高速で交差する。
低出力なモーターが動力である簡易キャリアーの最高速度は、時速30kmにも満たない。だが、〈オロチ〉が高速で突進することで、両者が交差する時間はほんの僅かな間のみ。
その僅かな間に、フタバは最適なタイミングで無反動砲を発射した。
イチカからのサポートと、アンドロイドならではの精密な身体操作と各種感知能力が神業じみた射撃を可能としたのだ。
簡易キャリアーを再び襲う、無反動砲の衝撃。反動を軽減させることが可能な無反動砲といえども、強引に搭載した状態ではその衝撃は少なくはない。
その少なくはない衝撃を、ミサキはこれも人間では到底成し得ない精密なハンドリングとアクセルワークとブレーキングを駆使し、車体にかかる負担を何とか最低限に抑え込む。
更に。
「姉貴ぃっ!! バランスっ!!」
「承知っ!!」
ミサキはキャリアーの車体から反動とは逆側に大きく体を車外へ傾け、少しでも反動による横転を防ぐべくバランスを調整する。
二人の絶妙な車体操作と身体能力が見事に噛み合い、簡易キャリアーは何とか横転を逃れた。
イチカによる最適なサポートと、フタバの精密な射撃と身体操作、そしてミサキの的確な操縦技術。
《ジョカ》たちが有する人間を遥かに超える高い能力が全て噛み合った時、その奇蹟は成し遂げられた。
◇◇◇
撃ち出された120ミリ徹甲弾が、正確無比に〈オロチ〉の胴体中央部に命中する。
ライフル弾などとは比較にならない破壊のエネルギーが、〈オロチ〉の体表を覆う積層装甲を吹き飛ばし、その下の肉をも穿つ。
だが、それでも致命傷には及ばない。体表の装甲と肉を少し持っていかれただけで、骨や内臓といった体の重要なパーツは無傷だ。実際に負った傷でさえも、その巨体から比べるとほんの一部にしか過ぎないだろう。
だが、〈オロチ〉は怒り狂った。自分を傷つけた「餌」──いや、「敵」を滅せんとゆっくりと遠ざかっていく簡易キャリアーへと再び頭部を向けた。
怒りに身を任せた〈オロチ〉は、それまでのようにダメージの回復を優先するのではなく、「敵」を倒すことを選択した。
顎を限界まで広げ、毒牙を剝き出しにして〈オロチ〉は憎き「敵」に向けて再度の突進を試みる。
遠隔攻撃手段を持たない〈オロチ〉にとって、巨体そのものを武器とする突進こそが、最高威力の攻撃方法なのだから。
巨体に突進のためのエネルギーを溜め込み、それを一気に解放。途轍もない運動エネルギーを秘めた突進が行われようとした時。
ぷつりと電源が落とされたかのように、〈オロチ〉の意識はそこで途絶え、再びその意識が覚醒することはなかった。
◆◆◆
《ジョカ》たちがそれぞれ最高のパフォーマンスを発揮し、〈オロチ〉の【核】を隠蔽するかのように存在していた外皮装甲を正確に吹き飛ばした。
外皮とその下の肉が弾け飛んだことで、【核】が露出する。それを、ショウははっきりと「視」た。
同時に、【核】と銃口を繋ぐ【線】も「視」えてくる。複雑に捩じれ、揺れる【線】がほんの一瞬、真っすぐになった時、ショウは躊躇うことなく引き金を引いた。
スナイパーライフルから撃ち出された銃弾は、【線】を正確にトレースして〈オロチ〉の【核】へと到達してこれを見事に貫いた。
簡易キャリアーに向けて再び突進しようとしていた〈オロチ〉の巨体が、一瞬だけびくりと震えた後、突進しようとした慣性に乗って僅かに前進して──そのまま動かなくなる。
弛緩した巨体と、力なく広げられた口、そしてそこからだらりと垂れ下がる長い舌。
赤い双眸に生命の煌めきはなく、〈オロチ〉という巨大な【インビジリアン】がその生命活動を終えたことを無言で物語る。
ふう、と大きく息を吐き出しつつ、ショウが構えていたスナイパーライフルを下ろした時。
少し離れた場所から、大きな歓声が湧き上がった。
◆◆◆
「よぉ、ショウ! ご苦労さん!」
「お姉ちゃんたちも凄かったな! 特に一番ちっこい娘! 何だよ、あのキャリアーの動きは? どうやったらあんな脆弱な足回りのキャリアーで、急激な機動ができンだ?」
「フタバのお姉ちゃんも、よくあれだけ揺れるキャリアーから正確な射撃ができたもんだよな! おじさん、思わず感動しちまったぜ!」
仲間たちの許へと戻ったショウとイチカ、そしてフタバトミサキを、ゲンタロウたちが笑顔で出迎えた。
「ウイリアムから聞いちゃいたが、ホントにおまえの『目』は凄ぇんだなぁ!」
「俺の『目』のことは、あまり広げないでくれよ、ゲンタロウさん」
「おう、分かってらぁな! 儂ゃあ、これでも口が堅いことで有名だからなぁ!」
「酒が入るとその堅いモノも一気にふにゃふにゃになっちまって、ぺらぺらとあれこれしゃべっちまうけどな!」
「うるせぇ! 誰が酒を飲むとふにゃふにゃになるだとぉ? 儂ゃあ、どんだけ酒を飲んでもびんびんよぉ!」
茶々を入れてきた仲間にやや下品な言葉で応じたゲンタロウに、誰もが大きく笑い声を上げた。
「おまえの『目』に関しちゃ、俺らも先ほど初めて聞いたが……」
「正直、信じられない話だったけど…………実際に目の前で見せられたら、信じざるをえねえよなぁ」
ケンとコウジ、そして彼らの仲間たちが笑顔と共に声をかけてくる。
「俺らもこの件に関しちゃ誰にも言わねえからよ。ってか、言っても誰も信じちゃくれねえだろうけどな!」
「はは! 違いねぇ! 精々、酔っ払いの戯言にしか思われねえよな!」
そうやってひとしきり騒いだ後、ショウは改めて〈オロチ〉へと視線を向けた。
力なく巨体を地面へと横たわらせている、巨大な【インビジリアン】。普通の生物であれば、これだけの巨大な屍をどう処理するか頭を悩ませるところだが、【インビジリアン】の体は短時間で崩壊するため放置しておいても問題ないだろう。
「さて、厄介なゲストも退場したことだし、改めてビルの探索……と、言いたいところだが…………」
ゲンタロウが旧LHエレクトロニクスのビルと目を向けながら言葉を濁す。
「あんな化け物が暴れた後だ。ビルの探索は危険だろう? そもそも、地下は既に崩れてしまったんじゃないか?」
「だよなぁ……」
ショウの言葉に、ゲンタロウは腕を組みながら唸る。
LHエレクトロニクスの廃ビルは、既に原型を留めていない。
〈オロチ〉が地上へと飛び出した際、元々半壊状態だった地上部分は完全に崩れてしまった。
この状況では、地下も似たようなものだろう。仮に何とか地下へと侵入できたとしても、いつ崩落が起きるか分かったものじゃない。
ゲンタロウも一行のリーダーとして、このような現状で地下探索の指示を出すわけにはいかなかった。
「しゃーねぇ。今回の探索はここまでだぁな。成果らしい成果を出せなかったのは悔しいがよ」
「そこは死人が出ていないだけマシだと考えるべきだろ、ゲンタロウ?」
「そうだぜ。ケンの言う通りだ」
「だなぁ。あんな化け物と戦って、怪我人はともかく死者はいなかったんだ。それを成果と考えるとするか」
今回の〈オロチ〉との一戦では、重傷を負った者は数名いたが、死者は一人もいない。それは指揮官たるゲンタロウの成果と言えるだろう。
「それで、これからどうする、ゲンタロウ? 今すぐカワサキへ帰還するか?」
「どうすっかねぇ? 時間的に明るい内にカワサキへ帰ることもできるだろうが……」
コウジの質問に腕を組んだまま首を傾げて考え込むゲンタロウ。彼はそのまま傍にいた仲間の一人へと問いかけた。
「怪我した奴の具合はどうだ?」
「二人ほど足に重傷を負った奴がいる。今すぐ移動するのはちと厳しいかもな」
「となると……今日はこのままここで野営して、明日の朝一番で移動するか。おい、ショウ。おまえさんトコのお姉ちゃんたちが持ってきた簡易キャリアー、あれに怪我人を乗せられそうか?」
「あのキャリアーは本来一人乗りだろ? 無理をすれば荷台に二人押し込めるかもしれないが……」
「今、荷台には強引に無反動を載っけてんだろ? その上で二人も乗せられるか?」
「さすがに、お姉ちゃんたちが手に入れた無反動砲をここで捨てろ、とは言えねえよなぁ」
「だよなぁ。さすがにそれは強要できねえよ」
ゲンタロウもケンもコウジも、フタバたちが見つけてきた無反動砲はショウたちの成果だと判断している。
そんな他人の成果を、無理やり放棄させるような命令は彼らでもできないし、する権利もない。
今回の調査に関し、何らかの発掘物を発見した際にはその発掘物は発見者の物とする、とゲンタロウも明言しているのだ。それを今更取り消すわけにもいかないだろう。
なお、無反動砲をここまで運んだ簡易キャリアー自体もまた、ショウたちのチームの発掘物という扱いになる。
「そこはフタバたちと相談してみるさ。何とか怪我人を運べるようにするよ」
「じゃ、お姉ちゃんたち方はショウに任せて、儂らは野営の準備だ! 全員疲れているだろうが、もうちょい頑張ってくれや!」
ゲンタロウの声に、発掘者たちが返事をしながら立ち上がる。
この辺りは【インビジリアン】がうろつく危険なエリアだ。特に旧LHエレクトロニクスのビルは数多くの【インビジリアン】の【巣穴】になっていたため、周囲をうろつく危険生物の数は多いと予測される。
だが、【巣穴】に巣くっていただろう【インビジリアン】の大半は、〈オロチ〉が地上へと出た際の地下崩落に巻き込まれたのか、地上に姿を見せたモノはいなかった。
もしくは、どこか別の場所へと通じる地下通路──〈オロチ〉のように【インビジリアン】が自前で掘り進めたもの──があり、そこを通って別の場所へと逃げ出したか、だろう。
それでも、【巣穴】のあった場所の近くで野営というわけにはいかない。
ショウはとイチカに命じ、【インビジリアン】の数が少ないと思われる場所を選び出してもらい、それをゲンタロウに伝えて野営場所とするのだった。




