無反動砲
世の中には、「無反動砲」という兵器が存在する。
「無反動砲」とは、発射時の反動を後方に放出するガスや物体で反動を相殺することで、砲自体の軽量化と高火力を実現した兵器である。
発砲時の砲弾が持つエネルギーと同等の物体や爆風を砲の後方に放出することで反動を相殺する。このため、従来の大砲のように頑丈な砲架などを必要とせず、砲身を薄くし軽量化することが可能となった。
発射時に砲口から弾丸と発射ガスが前方に飛び出す一方で、後方に燃焼ガスの一部が噴射され反動を軽減させることによって、歩兵や軽車両でも比較的大口径の砲弾を扱うことができるようになったのである。
カウンターマスを後方に射出して反動を軽減させる、発射ガスを後方にも噴出させて反動を相殺するなど、一口に「無反動砲」と言ってもそれぞれ反動軽減の仕組みが異なる。
とはいえ、反動を完全に無効化するわけではなく、あくまでも軽減させるだけであり、様々な方法で反動を軽減させる結果、弾速や射程は通常の砲に比べてどうしても劣る。そこで、ロケット推進弾などと組み合わせてこれらの欠点を補いながら運用される場合もある。
その他の欠点をあげるとしたら、砲架を軽量化したことで安定性が犠牲となり命中率が低下したことだろうか。
だが、歩兵や軽車両でも高火力の砲が運用できること、砲自体を軽量化することで費用も抑えられるなどのメリットは、正規の軍隊ではなく少数での活動が主体となる傭兵や発掘者にとってはやはり魅力的と言えるだろう。
◇◇◇
「む、無反動砲……それも120ミリ口径だぁ?」
通信機から聞こえてきたフタバの声に、ゲンタロウは思わず声を上げた。
「おい、嬢ちゃんたち! その無反動砲は実際に使えンのか?」
『はい、そこは問題ありませーん』
『現在、簡易キャリアーで運搬しつつそちらに向かっている。それほど待たせることもないだろう』
「おいおい、無反動砲を簡易キャリアーに載せて運用しようってかい」
『現状、それがベストだと判断した』
『キャリアーの操縦はボクが行いまーす。無反動砲の操作はフタバ姉様が担当しますー』
地下格納庫で発見したこの無反動砲は、《ベヒィモス》に搭載して運用することを前提にユニット化されて設計されているため、フタバといえども個人で持ち運んでの運用は厳しい。
そこで、フタバとミサキは簡易キャリアーに載せたまま無反動を運用することにした。
本来なら《ベヒィモス》に搭載し、車内の火器管制席から射撃を管理するのだが、今はミサキが簡易キャリアーを操縦しつつ、フタバが直接無反動を操作する。
「状況が状況だけに、それがベストだっつぅフタバの嬢ちゃんの判断は理解した。だが、嬢ちゃんたちの安全も十分に考えるんだぞ! 万が一嬢ちゃんたちに大怪我でもさせようものなら、ショウの奴に顔向けできねぇからよ!」
『ああ、承知した』
『了解でーす』
それを最後に、二人からの通信が途絶える。
「おいおい、ゲンタロウ……ショウのトコのお姉ちゃんたち、簡易キャリアーに無反動を積んで〈オロチ〉に特攻かますつもりなのか?」
「どうやらそのつもりらしいなぁ」
「いいのかよ、止めなくて?」
「仕方あるめぇ? 現状、他に打てそうな手もねぇしなぁ。一応、ケンかコウジのチームに嬢ちゃんたちのフォローを任せるがな」
「だよなぁ。若い女の子に頼りっぱなしってもの、おじさん的にカッコわりぃけどな……」
「ま、ここは若い力ってヤツに任せるか」
ふう、と大きな息を吐きつつ、ゲンタロウは改めて戦場へと視線を向けた。
〈オロチ〉は縦横無尽に暴れ回っている。先ほどのように攻撃点を集中させて多少のダメージを与えても、周囲の瓦礫などを食らってすぐに再生してしまう。
「RPGでも駄目だったんだ、ライフル程度じゃどうしようもねえよなぁ……」
現状、ゲンタロウの的確な指揮と各員がベテラン揃いということもあり、多少の怪我を負う者はいても死者や致命傷を受けた者はいない。
だが、このまま戦いが長引けば、いずれこのバランスも崩れるだろう。
「確かにちょいとばかり情けねぇが、ここはあの嬢ちゃんたちに頼るしかねえんだよなぁ……」
再び息を吐き出すゲンタロウ。
視線鋭く、彼は戦場を見つめ続けた。
◇◇◇
「イチカから、攻撃ポイントの指示が来たぞ!」
「ボクも共有していまーす!」
簡易キャリアーを走らせながら、ミサキがフタバの声に応える。
簡易キャリアーはあくまでも荷物を運搬するための車両で、戦闘で用いる物ではない。
電力駆動のモーターの出力も低く、足回りも脆弱。車体に装甲などあるわけもなく、荷台も運転席も剥き出し。
こんな車両で〈オロチ〉のような強大な【インビジリアン】に挑むなど、自殺行為以外のなにものでもないだろう。
そんな簡易キャリアー──荷台を前に配置した小型トラックといった形状──の荷台に、120ミリの無反動を無理矢理載せ、強引に配線を繋いで射撃可能にしただけのシロモノはとても兵器とは呼べるものではない。
「無反動砲の弾薬に予備はない! 装填されている三発だけだ!」
「失敗は許されませんねー!」
強引に荷台に載せられた無反動砲は、その砲口の向きを変えることもできない。砲の照準を合わせるためには、車体自体で調整するしかないのだ。
整地された場所を移動することしか考えられていない足回りは、本来なら荒れ果てたヨコハマ遺跡の中を走らせることなど不可能だろう。
それを可能にしているのは、操縦技術に特化されたミサキならでは。
ごとごとと盛大に揺れる車体を巧みな操縦技術で無理矢理抑えつける。それでも、常人なら走らせながらの射撃などできるわけがない。
それを可能にするのもまた、各種戦闘技術に特化されたフタバだからこそ。
操縦と攻撃、双方のスペシャリストだからこそ、不可能を可能にすることができる。
加えて、情報管制のスペシャリストであるイチカからのサポート。このサポートがあるからこそ、フタバとミサキも不可能を覆すことができるのだ。
今、各分野のスペシャリストである三体の《ジョカ》たちが、協力し合うことでその真価を発揮させようとしていた。
「イチカ姉様から送られてきた、風速、湿度、気温などの環境データを共有」
「共有されたデータを基に、射撃管制を修正」
三体の《ジョカ》たちはリンクを通じ、一つの目的のためにその能力を共有し合う。
「周囲の障害物の位置を共有。最適な攻撃ポイントへと移動」
「弾薬装填完了。安全装置解除。いつでも撃てる!」
「ははははははっ!! 滾ってきたぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
激戦を前に、ミサキの人格が戦闘用のそれへと切り替わる。
「ちょとばかり激しくなるからなぁっ!! 振り落とされんじゃねえぞ、姉貴ぃっ!?」
「やれやれ……我が妹ながら面倒くさい限りだ……」
感情の上振れが著しいミサキに、フタバはそっと溜息を吐いた。
◇◇◇
「来たぞ!」
そう叫んだのは、ゲンタロウよりフタバたちのフォローを任されたケンの仲間だった。
「おいおい、あのお姉ちゃんたち、本気であんな簡易キャリアーで〈オロチ〉に立ち向かうつもりかよ?」
驚いているのか、呆れているのか。その呟きからは判断できない。
「〈オロチ〉の注意をこっちに引き付けろ! 嬢ちゃんたちが攻撃できる隙を作れ!」
ゲンタロウの指示に、各員が手にしたライフルを乱射する。
だが、〈オロチ〉は飛んでくる小さな金属片など気にすることもなく、新たに現れた「餌」へとその視線を向けた。
その新たな「餌」は、周囲に群れる小さな「餌」よりはずっと食いでがありそうだった。そのため〈オロチ〉はまずこの「餌」を平らげようと、ぐわっと大きな口を開きいて自分へと近づいてくる「餌」に向かってその巨体を突進させた。
「お姉ちゃんたちの方へ行かせるな! おっさんの意地を見せてやれ!」
ケンが仲間たちへ指示を飛ばす。それに従い、ベテラン揃いの発掘者たちは、正確に〈オロチ〉を銃撃するが、当の〈オロチ〉は全く意に介することもなく、新たな「餌」に向かっていく。
「おい! 無茶せずに逃げろ!」
簡易キャリアーに搭乗するフタバとミサキに向けて、ケンが叫ぶ。
「いや、無理だろ! 簡易キャリアーで避けられるわけが──」
「姉ちゃんたち、飛び降りろっ!!」
二人の危機に際し、何人かの発掘者たちがケンに続けて叫んだ。
作業用の簡易キャリアーでは、〈オロチ〉の突進を回避できるはずがない。
誰もがそう思い、下手をすると命を落としかねない車上の二人の身を案じた時。
「はーっははははははっ!! 遅いってんだよ、このウスノロがっ!!」
ぎりぎりまで引き付けたミサキは、信じられない機動で〈オロチ〉の突進を回避する。
「おら、姉貴っ!! しっかり狙えっ!!」
「言われなくともっ!!」
車体のすぐ脇を高速で通り過ぎていく〈オロチ〉の巨体。
その巨体のほぼ中央部、イチカが指定した射撃ポイントを示すマーカーが、フタバのアイカメラにはっきりと映し出される。
どん、という激しい震動が、軽量な簡易キャリアーを大きく揺さぶる。
常人ではとてもピンポイント射撃など不可能な状況の中、120ミリの徹甲弾は〈オロチ〉の体を見事に撃ち抜いた。
120ミリ口径の徹甲弾という途轍もない破壊の塊が、頑強な〈オロチ〉の装甲を大きく吹き飛ばす。
だが。
「ちぃっ!! 着弾ポイントが僅かにずれたっ!!」
「おい姉貴っ!! しっかり狙いやがれっ!!」
足回りが脆弱な簡易キャリアーの荷台、しかも激しく機動しながらの射撃では、いくらフタバといえども正確な攻撃は難しい。
撃ち出された徹甲弾は確かに〈オロチ〉に命中し体表の装甲を大きく吹き飛ばしたが、指定されたポイントからは少しばかりずれてしまった。
「残弾はあと二発! 次は外すんじゃねえぞ!」
ミサキが切るハンドルに合わせて車体がスライドし、ぎゃりりりりりと音を立ててタイヤが軋む。
不整地で走ることを想定されていない簡易キャリアーを無理な機動で動かせば、車体は横転を免れないだろう。
だが、ミサキは巧みな操縦技術で横転を防ぎ、更には車体の向きを再び〈オロチ〉へと向けた。
丁度〈オロチ〉も頭を簡易キャリアーへと向けた所で、両者は再び相対し合う。
「行くぜぇぇぇぇっ!! 今度は外すなよっ!!」
「任せろっ!!」
『先ほど外した射撃のデータを分析修正、新たな射撃データを共有するわ』
無線を通じてイチカの声が届く。そして、フタバの視界に新たな射撃ポイントのマーカーが現れる。
『風速誤差マイナス0.3メートル。湿度、気温共に変化なし。弾道再計算完了。地表状況を解析し、揺れが最も少ないと推測される進路を指定』
ミサキの視界にも、イチカからのデータが表示される。
「ははははっ!! さすがはイチカの姉貴だっ!! 気分はバクアゲだなっ!!」
視界に表示される進路データに合わせ、ミサキがアクセルを一気に踏み込む。
低出力の電気モーターが限界まで回転し、簡易キャリアーを可能な限り加速させる。
同時に、〈オロチ〉もまた自身へと迫る簡易キャリアーへと突進を開始した。
彼我の距離が、見る見る詰まっていく。
大きく広げられた〈オロチ〉の顎が、簡易キャリアーを丸飲みにせんと眼前まで迫った時。
「おらぁぁっ!!」
ミサキが大きくハンドルを操作し、簡易キャリアーはまるで横滑りするかのような機動を描く。
再び、車体の脇を突風のように過ぎ行く〈オロチ〉。
フタバのアイカメラに、狙うべきマーカーがどんどん迫ってくるのがはっきりと映る。
そして。
イチカが解析した最適なタイミングで、フタバは無反動砲の発射レバーを引き倒した。




