強化装甲
「何か分かりましたか?」
廃ビルの四階部分──これより上は崩れていて存在していない──から、じっと〈オロチ〉を見下ろすショウに、傍らに控えていたイチカが問いかけた。
「先程から、〈オロチ〉の【核】は『視』えたり『視』えなくなったりするんだが……とはいえ、『視』えている時間は『視』えない時よりも圧倒的に短い。どういうことだ?」
〈オロチ〉の長大な胴体のほぼ中央、そこに〈オロチ〉の【核】があるのは間違いないようだ。問題は、なぜその【核】が「視」えたり「視」えなくなったりするのか、である。
◆◆◆
体の数か所にRPGの直撃を受け、苦痛にその巨体をでたらめにのたうち回らせる〈オロチ〉。しかし、しばらくすると苦痛が治まってきたのか、動きが緩慢になってきた。
「……もしかして、こちらが考えている以上にダメージを与えていたのか?」
〈オロチ〉の様子が変わったことに、前線指揮官であるゲンタロウは一瞬判断に迷う。
もしもゲンタロウたちが考えている以上に、〈オロチ〉にダメージを与えていた場合、今が好機となるだろう。
このまま銃弾を叩き込み続ければ、この巨大な【インビジリアン】の命の炎を吹き消せるかもしれない。
だが、他の理由から動きがゆっくりになっているのであれば。
その理由によっては、ゲンタロウたちは今以上の窮地に追い込まれるかもしれない。
──イチカからの連絡によれば、ショウの奴も【核】とやらを見極めるのに難義しているそうだし、ここは儂らで一気に押し込むか?
手持ちのRPGは使い切ってしまった。グレネードや手榴弾を持っている発掘者もちらほらいるが、所持数はそれほど多くはないだろう。
ライフル用の強装弾や通常弾で、どこまで〈オロチ〉にダメージを与えられるか。
ゲンタロウが考え込んでいた時間はそれほど長くはなかった。だが、その長くはない時間で状況は動き出す。
それまででたらめにのたうち回っていた〈オロチ〉が、その巨大な顎を最大まで開きながら手近にあった廃ビルに噛み咬みつき、そのままビルの残骸をがちりと噛み千切った。
咥えたビルの残骸を、〈オロチ〉はごくりと飲み込む。
「な、なんだぁ?
「あの蛇野郎、何してやがンだ?」
「腹でも減っていたってか?」
ライフルの引き金を引き絞りながら、発掘者たちは防弾防疫ヘルメットの中で眉を寄せる。
そして、そんな彼らが見つめる中、〈オロチ〉の体にとある変化が表れた。
先ほどRPGによって負傷した箇所が、見る見るうちに回復していったのだ。
「…………ま、まさか……ビルを食って回復したってのか……?」
「ビルに使われていたコンクリや鉄筋などを食い、それを使って自分の体を補強した……?」
おそらく、彼らの考えは的中しているだろう。
〈オロチ〉には、何らかの無機物を食らって自らの外傷を回復させる能力があるようだ。
これまで、他の蛇型【インビジリアン】でこのような能力の報告例はないため、目の前の〈オロチ〉だけが有する特殊な能力なのは間違いあるまい。
「も、もしかして……この蛇野郎の皮膚が異様に硬いのは、これまでずっと何かを食っては自分の皮膚を強化してきたからってか?」
目の前で起きた現象を見て、ゲンタロウが呆然と呟く。
だが、次の瞬間には仲間たちに指示を飛ばす。
「総員後退っ!! 儂らが持っている得物じゃ、あの蛇野郎にゃダメージを与えらンねぇっ!! 一旦後退して態勢を立て直すぞっ!!」
◆◆◆
「ショウ様。ゲンタロウ様より後退の指示です」
「ゲンタロウさん、現状の装備じゃあの〈オロチ〉を倒せないと判断したか……」
その判断は間違っていない、とショウも思う。
人間の目よりも優秀な視覚カメラを搭載するイチカはもちろん、他者よりも遠くまで見通せる「目」を持つショウにも、先ほど〈オロチ〉が回復する様子ははっきりと見えていた。
「これはわたくしの推測でしかありませんが、先ほどのように〈オロチ〉が無機物を捕食して自身の外皮を強化することを繰り返してきたため、〈オロチ〉の体表付近には様々な無機物が不規則に堆積しているのではないでしょうか」
「その体表付近に集まった無機物が、俺の『目』を遮っている、と?」
「はい。おそらくですが、堆積した無機物の厚みは一定ではないのでしょう。そのため、〈オロチ〉が体を蠕動させる際に無機物も体内で移動し、層の厚い部分と薄い部分が生じていると考えます」
なるほど、とショウもイチカの推測を納得する。
〈オロチ〉の体表──皮膚のすぐ下には、外部から取り込んだ無機物が層のように堆積していて、その層の薄い部分が【核】の傍に移動した際に、ショウの「目」に【核】が「視」えるようになるのだろう。
要は、以前に遭遇した〈泥スライム〉と同じ理屈だ。
泥によって【核】が隠されているか、〈オロチ〉が取り込んだ様々な無機物が【核】を隠しているか、という違いはあるにせよ。
「となれば、【核】がある付近の外皮を破壊できれば、【核】を視認しやすくなりますね」
「そうだな。問題はどうやって【核】付近の外皮を破壊するかだが……」
「そこはフタバとミサキに任せましょう。その件につきまして、ショウ様にご許可いただきたいことがございます」
◆◆◆
「ん? ショウのトコのお姉ちゃんたち二人はどうした?」
〈オロチ〉から距離を取ることに成功したゲンタロウたち。態勢を立て直している段階で、ゲンタロウはフタバとミサキの姿がないことに気づいた。
現在〈オロチ〉は負傷の回復に専念しているようだ。目の前から逃げ出した「餌」を追うよりも自身の回復を優先しているらしく、身動きせずにいる。
もしかすると、〈オロチ〉の知能はそれほど高くはなく、「餌を追う」「負傷を回復させる」など、どれか一つのことに専念してしまう習性なのかもしれない。
「そういや、さっきから姿を見かけねえな?」
「まさか、〈オロチ〉に食われたとか……?」
「そりゃねえだろ? そんなシーンを見た奴がいたら、絶対に騒ぎになるからな」
現在、一緒に行動している4チームの中で、女性の発掘者はイチカたち三人だけ。そのため、彼女たちは何かにつけて常に目立つ。
攻撃を受けて負傷するなど、もしも彼女たちに何かあれば騒ぎにならないはずがない。
『あ、あー、こちらミサキ。ゲンタロウ様、聞こえていますかー?』
タイミングよく、ミサキからの通信がゲンタロウに届く。
「おう、聞こえてンぜ? 嬢ちゃんたち、今ドコにいンだ?」
『連絡が遅くなって申し訳ありません。実は、このすぐ近くにボクたちが《ベヒィモス》を見つけた場所がありましてー』
「《ベヒィモス》ってなぁ、おまえさんたちが使っているあの装甲車だろ? アレ、この近くで見つけたンか」
『実はそうなんです。内緒にしていてごめんなさい』
「まあ、そこは仕方なかろ。あンだけのお宝が眠っていた場所だ。内緒にしておきたい気持ちは発掘者なら誰だって理解できらぁな。それに、あの装甲車と今回の依頼は直接関係ねえしな」
実はそれなりに関係はあるのだが、その点にミサキは触れない。
「それでですね、《ベヒィモス》を見つけた場所に、何か〈オロチ〉に効果的な兵装がないかと思いまして」
「なるほどな! あンだけ高性能な装甲車が眠っていた場所なら、そのオプション兵装もあるかもしれねぇってわけか!」
『そうなんですー。現在ボクとフタバ姉様で、それを探していまして。もちろん、確実に何か見つかるとはお約束できませんが……』
「わーった! おまえさんらはそのまま探索を続行してくれ! あの蛇野郎に有効な兵装が見つかることを祈っているぜ!」
『わっかりましたー。何か見つかったら、すぐにゲンタロウ様に報告しますねー』
「おう! 期待してっぜ!」
通信をオフにしたゲンタロウは、今のやり取りを自身の仲間たちや他のチームとも共有する。
「はぁ、あのでっかい装甲車がこの近くにねぇ」
「そりゃ、そんな場所なら秘密にするよな。俺だってあいつらの立場なら秘密にするし」
「だよなぁ。でも、後でその場所こっそりと教えてくれねえかな? 俺もあんな高性能な装甲車が欲しい」
「そりゃ無理な相談だろ? それに、あんな装甲車が二台も三台も残っているとは思えねえよ」
仲間たちはそれぞれ言葉を交わすが、誰もミサキたちの行動を非難したりはしない。
埋まっていたお宝は、見つけた発掘者の物。それが彼らのルールである。
もちろん、中には他人の成功を妬む者もいる。何とかして他人の収穫物を横取りしようとする発掘者もいる。
だが、ここに集まっている者たちの中には、そんな不心得者はいないようだ。
そもそも、今回の依頼はカワサキ・シェルターの運営部からのものだ。誰に依頼するかという選択条件の中には、実力や経歴だけではなく人間性も含まれている。
「さて、お姉ちゃんたちには期待するとして、儂らは儂らであの蛇野郎をぶっちめる方法を考えようじゃねえか。遠からず……怪我が癒えれば、蛇野郎がまた動き出すのは間違いねえンだからな!」
◆◆◆
ショウは当初、《ベヒィモス》が残されていた格納庫に関しては、ゲンタロウたちには秘密にするつもりだった。
だが、そうも言っていられない。
旧LHエレクトロニクスの廃ビルで〈オロチ〉と遭遇するなど、想定外もいいところだ。
その〈オロチ〉を倒すため、ショウは《ベヒィモス》が隠されていた格納庫の場所を明かす決断を下す。
ショウが《ベヒィモス》をヨコハマ遺跡で発掘したことは、カワサキ・シェルターを拠点する発掘者の間では有名である。その《ベヒィモス》の格納庫が、たまたまLHエレクトロニクスの廃ビル近くにあったとしても、それほど不思議ではあるまい。
その格納庫の場所を秘密にしていたことは、発掘者なら理解できることでもある。
「それで、《ベヒィモス》が隠してあった格納庫に、何か兵器は残されているのか?」
〈オロチ〉から視線を外すことなく、ショウはイチカに尋ねた。
「はい。それは間違いありません。《ベヒィモス》の存在をサーチした際、オプション兵装の存在も確かめております」
「じゃあ、《ベヒィモス》を見つけた時、どうしてそのオプションは持ち出さなかったんだ?」
「あの時、ショウ様は重傷を負っておりました。そのため、オプション兵装も一緒に持ち出すことよりショウ様の治療を第一に考え、カワサキへ帰投することを優先しました」
そういやそうだった、とショウは改めて思い出した。
イチカたち《ジョカ》シリーズとショウが初めて出会った時、彼はキャロライン──いまだにショウは彼女の本名を知らない──に撃たれて重傷を負っていたのだ。
《ジョカ》たちがショウの治療を優先し、オプションの持ち出しを諦めたとしても当然な流れだろう。
「そのオプションとやらは、本体である《ベヒィモス》がなくても運用可能なのか?」
「問題はそこです。実際に運用可能かどうかは、格納庫でミサキに判断してもらうしかありません。格納庫にどれだけの資材や部品が残されているかまでは、以前に調べた時には分かりませんでしたので」
《ベヒィモス》のオプション兵装は、当然ながら《ベヒィモス》と接続して運用することを前提に設計されている。
果たして、格納庫に残されている資材や部品で、《ベヒィモス》がなくても運用可能なのか。
メカニックとして超一流の腕を持つミサキが、現地にある物資などから判断するしかないのだ。
「あの格納庫に運用できる武器が残されているといいが……」
相変わらず〈オロチ〉へと視線を向けたまま、ショウは誰に言うでもなく呟いた。




