視えない【核】
高所から振り下ろされる巨大な顎。
その顎が、目の前にいる三体の「餌」を丸飲みにしようとしているのは明らかだった。
だが、「餌」たちも大人しく捕食されるつもりはなく。
「餌」たちは手にした黒い鉄塊から小さな破片を飛ばして、〈オロチ〉を攻撃する。
だが、そんな小さな破片が〈オロチ〉に痛打を与えるはずもない。
それでも、体のあちこちに当たる小さな破片は、〈オロチ〉を苛立たせるのに十分だった。
ずりりりりり、と長く巨大な体が滑るように動き、目の前をうろちょろする「餌」に襲いかかった。
◇◇◇
「おい、姉ちゃん! そろそろ俺たちも地上へ移動すんぞ!」
「了解だ!」
フタバたち殿部隊は、〈オロチ〉の注意を十分稼いだと判断して地上へ退避することにした。
これ以上この場に留まれば、遠くない未来に〈オロチ〉の腹の中に収まるのは間違いないだろう。
「地上じゃ、このでっけぇ蛇さんをおもてなしする準備が整ったようだしな!」
地上のゲンタロウから、〈オロチ〉の迎撃態勢が整ったという連絡も入った。これ以上、フタバたちがここに留まる必要はない。
狭いとはいえ、地下の廊下を完全に塞ぐほどに太い胴体をうねらせ、〈オロチ〉が迫る。
くわっと開かれた大きな顎は、人間一人ぐらい余裕で飲み込むだろう。
そんな巨大な口腔が、鋭い牙を見せつけながら前方より高速で迫ってくる。
「おらよ、置き土産だ! 腹いっぱい味わえ!」
〈オロチ〉の口腔に向けて、男の一人が手榴弾を放り込む。
「よっしゃ! とんずらだ、姉ちゃん!」
「ははは、なかなかやるじゃないか!」
「伊達に何度も修羅場を潜り抜けてきたベテランを舐めんなってモンよ!」
くぐもった爆発音が、フタバたちの背後から響く。放り込まれた手榴弾が、〈オロチ〉の食道の途中で爆発したのだろう。
果たして、小さな手榴弾一発でどれほど〈オロチ〉にダメージを与えられたのかは分からない。だが、ライフル弾を外から撃ち込むよりは効果があっただろう。
苦痛を感じたらしい〈オロチ〉が狭い地下の通路で激しく身悶える。
「…………おい、これ、地下が崩落しないか?」
「…………悪ぃな、姉ちゃん。そこまで考えていなかったわ」
「何度も修羅場を潜り抜けてきたベテランはどこへ行った?」
「かかか、姉ちゃん、覚えておきな。ノリとイキオイってのはな、生きていく上で結構大事なんだぜ?」
「捨ててしまえ! そんなノリとイキオイは!」
くだらない言葉を交わしつつも、三人は全力で階段を駆け上がっていく。
フタバたち三人は、LHエレクトロニクスの廃墟が崩落するよりも早く地上へと脱出することができたのだった。
◆◆◆
「殿の三人が出てきた! 主賓もすぐに登場するぞっ!! 準備はいいかっ!?」
地下から駆け上がってきたフタバたち三人。その姿を確認したゲンタロウは、一斉攻撃の準備に入った。
そして。
地上部分に残ったLHエレクトロニクスの廃ビルを突き上げるように、その巨体が姿を現した。
「…………おいおい、〈オロチ〉級にしてもデカすぎンだろ?」
そう呟いたのは誰だっただろう。
廃ビルの瓦礫を撒き散らすように蠢く、〈オロチ〉の巨体。
青白い積層構造の皮膚は、間違いなく【インビジリアン】の証。
胴の太さだけでも2メートル近いだろうか。全長ともなると、優に20メートルを超えるだろう。
「さあ、おもてなしの始まりだぜ! たらふく食わせてやれ!」
ゲンタロウの命令の下、合計六本ものRPGが一斉に〈オロチ〉に向けて発射された。
轟音と共に、宙を駆けるRPGの弾頭。炸薬という「ご馳走」を詰め込んだその弾頭は、全てが〈オロチ〉の巨体に命中する。
「命中率の低いRPGだが、あれだけ的がでかけりゃ外れようがねえってもンだぁな!」
ゲンタロウのその言葉と同時に、発掘者たちから喝采が上がる。
しかし。
確かにRPGは全て命中した。
弾頭に詰め込まれた炸薬の火力は、〈オロチ〉の青白い積層状の皮膚を吹き飛ばすに十分だった。
だが、強力なRPGの火力を以てしても、巨大な〈オロチ〉の体躯に比べれば吹き飛ばせた部分は極一部。人間で例えるならばちょっと酷い火傷か裂傷といった程度のダメージだろう。
それでも、〈オロチ〉に苦痛を与えることはできたようだ。
与えられた苦痛に声なき咆哮を上げながら、〈オロチ〉は身悶える。そして、その巨体をでたらめにのたうち回らせた。
巨木の丸太よりも太い胴体が、周囲にあった廃ビルを薙ぎ倒す。
強靭な尻尾が掠っただけで、その辺に放置してあった大型車の残骸がまるで紙のように容易くひしゃげて吹き飛ばされた。
「総員退避っ!! 大至急、〈オロチ〉の攻撃範囲の外へ逃げろっ!!」
ゲンタロウの指示に、発掘者たちは急いで〈オロチ〉の周囲から離れていく。
「ちっ!! RPGでさえ大したダメージを与えられんとは……想定外の化け物だなっ!!」
「これからどうするよ、ゲンタロウっ!?」
「どうするもこうするも、ガワが剥げた部分を狙って銃撃するしかあるめぇよ! もうRPGは品切れだしな!」
「確かにRPGが命中した箇所は、積層皮膚が吹き飛んで中の肉が露出している。そこを狙えばそれなりのダメージは与えられそうか」
「グレネードや手榴弾を持っている奴は、遠慮なく使うように伝えろ! 弾薬代はリアムの野郎が負担してくれっからな! 後は…………」
「後は?」
「ショウの『目』に期待するしかねぇかもなぁ」
◆◆◆
「ショウ様、ゲンタロウ様より連絡。『視』え次第いつでも撃っていい、とのことです」
「了解した」
イチカに答えたショウは、スナイパーライフルを構える。
彼が構えるスナイパーライフルは、スコープなどのオプションが一切取り付けられていない、銃本体だけの極めてシンプルなライフルだ。
ショウにはスコープなどの照準器は必要ない。彼の「目」自体が、極めて優れた照準器なのだから。
今、ショウとイチカがいるのは、LHエレクトロニクスの廃ビルから500メートルほど離れた別のビルの屋上である。
いや、屋上というのは語弊があるだろう。単に、今ショウたちがいる場所より上は崩壊しているのだから。
このビルが本来何階まであったのかは分からない。今は四階部分までが残っており、五階より上は失われている。
ショウたちがいるのは、その四階部分だ。
この高所からなら障害物に邪魔されることなく、暴れ回る〈オロチ〉の全てを見下ろすことができる。
ショウは自身の「目」に、意識を集中させていく。ライフルの銃口と【インビジリアン】の体のどこかに存在する【核】を結ぶ細い【線】。それは、ショウにしか見えない弾丸が飛翔する軌道ライン。
「…………」
「ショウ様? どうかしましたか?」
ライフルを構えたまま、微動だにしないショウを不審に思ったイチカが声をかけた。
ショウはスナイパーライフルを構え、約500メートル先で暴れる〈オロチ〉から目を離すことなく。
感情の篭らない声でイチカに告げた。
「…………【核】が……【核】が『視』えない……」
◆◆◆
便宜上、ショウたちはソレのことを【核】と呼んでいるが、実際に【インビジリアン】の体内に「核」と呼ばれるようなモノが存在しているわけではない。
少なくとも、ショウ以外で【核】を認識できる者はいないのだ。
ソレが実際には何なのか、誰にも分かっていない。なんせショウにしか「視」えないのだから、研究も検証もしようがない。
ただはっきりしているのは、ショウにだけ「視」えて、そこを撃ち抜けばどんな屈強な【インビジリアン】でも一撃で倒すことができるということ。
【核】の周囲──極狭い範囲だが──は、なぜか防御力が極めて低いこと。
つまり、どれほど頑強な体を持つ【インビジリアン】でも、【核】の周囲だけはなぜか脆弱で、そこをピンポイントで撃ち抜くことができれば一撃で倒すことができる、ということだ。
とはいえ、【核】は常に「視」えるわけではない。
例えば、遮蔽物の陰などの死角に【核】がある場合、「視」ることはできない。
以前〈泥スライム〉と遭遇した際、〈スライム〉が体内に取り込んだ大量の泥が遮蔽となって、【核】を「視」ることができなかった。
物理的に視線が通っていなければ、【核】は「視」えないのだ。
また、距離が遠すぎる場合も「視」えない。
ショウの視力はかなり人間離れしているが、その視界には限界がある。誰しも遠くになる物は見えないように、ショウの「目」も同様。彼の能力は決して「千里眼」ではないのだから。
◆◆◆
「どういうことでしょう? ショウ様に【核】が「視」えないとは……?」
「分からん……もしかすると、あの【インビジリアン】は【核】を持っていないのかもしれないが…………」
ショウが【核】を「視」る能力に目覚めて以来、遭遇した【インビジリアン】は例外なく【核】を持っていた。
だが、【核】を持たない【インビジリアン】がいる可能性は捨てきれない。
「お言葉ですが、これまでの統計上【核】を持たない【インビジリアン】の存在は極めて低いと考えます」
「確かにそうかもしれない。だが、実際に俺たちの目の前には、【核】を持たない【インビジリアン】が────ん?」
言葉を途中で止めたショウは、改めて〈オロチ〉を「視」つめる。
「…………ショウ様?」
不思議そうな表情のイチカ。ショウはそんな彼女を無視して、〈オロチ〉をじっと「視」つめ続ける。
「今……ちらりとだが、【核】が『視』えた気が…………むっ!?」
一瞬、単なる気のせいかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
先ほどから〈オロチ〉の長大な胴体のほぼ中央、そこに確かに【核】らしきモノがちらちらと「視」えることがある。
常に「視」えているわけではなく、何かの拍子にちらりとショウの「目」に映り込むように。
「どういうことだ、これは……?」
今まで、このようなことは一度もなかった。【核】は常に【インビジリアン】の体のどこかに存在していたからだ。
いや、〈オロチ〉にも【核】が存在することは間違いない。だが、その【核】が「視」えたり「視」えなくなったりするのは、どんな理由があるのか。
その原因を確かめるべく、ショウは更に〈オロチ〉へと意識を集中させた。




