地上への脱出
ずずずん、という重々しい音が足元から響いた。
その瞬間、旧LHエレクトロニクス日本支社ビルの地下一階を探索していたケンは、すぐさま前線キャンプにいるゲンタロウへと無線を繋ぐ。
「今、足元から大きな振動が来たぞ! もしかして、ショウたちに何かあったのかっ!?」
『その振動なら、こっちでもキャッチした! 確かに何かあったようだが、今のところショウたちからの連絡はねえ!』
「……地下で何かあったのは間違いねえな! どうする、ゲンタロウ? 俺たちがショウたちの救援に向かうか?」
「念のためにそうしてくれ! ショウに何かあったら、ウイリアムがうるせえからな!」
「ったく、おまえもフィッシャーマン代表もちょい過保護が過ぎんじゃねえの? どこの親バカどもだよ?」
『うるせえよ! だが、若いヤツを無駄に死なせたくはねぇだろ、おまえもよ?』
「まあ、そこは同意だぁな。しゃーねぇ、いっちょ若いヤツらを助けてくるか。それに、助けるのはショウだけじゃなく、あのお姉ちゃんたちもだしな」
『はははは、そういうこった。もしかすると、助けられたことに感動して、姉ちゃんたちからお礼のキッスぐらいしてくれるかもしれねえぞ?』
「は、そりゃいい。俄然やる気が出てきたわ」
ゲンタロウとケンは無線越しに軽口を叩き合う。
口ではあれこれと言っているが、ケンもショウたちの救援に反対しているわけではない。
実際、年若いながらも将来有望な発掘者であるショウには、彼も期待しているのだ。
『地上より上の階を探索しているコウジたちも地下に向かわせる。おまえらは先行してくれ』
「了解だ」
無線を切ったケンはチームメイトたちへと振り返る。
「これから、王子様とお姫様たちの救援に向かう! 電光石火の大急ぎだ! 行くぜ、野郎ども!」
『あー、言っとくがな、ケン』
「なんだよ、ゲンタロウ?」
『感謝のキッスの件、ありゃあくまでワシが勝手に言っているだけだからなぁ? 本気にすんなよぉ?』
「わーってるよ、そんなこたぁ。十代のガキじゃあるまいしよ。いい歳のおっさん舐めんな」
◆◆◆
まるで、巨大なハンマーのような頭部を、通路へと振り下ろした〈オロチ〉。
ショウたちは後退することで、隕石が落ちるような重撃を何とか回避する。
その際、激しい震動に襲われ、ショウたちは態勢を著しく崩す。
「このままでは、地下階どころか地上階の崩落もありえます!」
イチカの報告に、ショウも納得する。
ここは廃墟と化したビルの地下だ。そんな場所で先ほどのような重々しい攻撃を何度も繰り返したら、ビル全体が崩壊しても不思議ではない。
「至急、地上まで戻るぞ! 途中でケンさんやコウジさんにも連絡を入れて、大至急ビルから脱出するように要請してくれ!」
地下一階を探索しているケンたちや、地上とその上を探索しているコウジたちも、今の振動には当然気づいただろう。そうなると、安全を確保するためにビル外へ脱出する選択をするはず。
全力で走りながらの通話は、誰だって簡単ではないだろう。だが、本来呼吸を必要としない《ジョカ》たちなら話は違う。
ちなみに、普段イチカたちも人間同様に鼻や口から外気の吸入はしている。だが、それは酸素の補給といった「呼吸」のためではなく、発声に必要な空気の取り入れや、体内の各種パーツの冷却のためである。
「私が殿を務める! マスターたちは先に行け!」
「任せる! だが、決して無理はするなよ!」
「イエス、マスター」
立ち止まったフタバが、バトル・ライフルの銃口を〈オロチ〉へと向け、7.62mm強装弾を連続してばら撒いた。
銃口から吐き出されたライフル弾は、その全てが〈オロチ〉の巨体へと吸い込まれる。だが、その強靭な皮膚は7.62mm強装弾でさえ撥ね返す。
時折、気まぐれのようにライフル弾が皮膚を貫くものの、単に大蛇の表皮を傷つけただけのようだ。
「さすがに硬いな!」
吐き捨てるようにフタバが零す。
弾倉一つ分を撃ち尽くした彼女は、新たな弾倉を装填しつつ、ゆっくりと後退する。
「せめて『粉砕くん』があれば、な」
何故かフタバが気に入っている、指向性爆薬を用いて破壊力を増強させた、巨大なハンマー。
フタバが命名した「粉砕くん」であれば、〈オロチ〉にも痛打を与え得たかもしれない。
だが、巨大で持ち運びに難のある「粉砕くん」は、使いどころが難しい。そのため、「粉砕くん」は《ベヒィモス》の中で待機することが多いのだ。
本日もビル内の探索が主目的だったため、取り回しの悪い「粉砕くん」は《ベヒィモス》でお留守番なのである。
「もう少し小型で指向性爆薬の量を増やした改良型の開発を、機会があればエマに頼んでみるか」
『フタバ姉さま、変なことを考えている暇があったら、さっさと後退してくださーい。ボクたちは今、地下一階でケン様たちと合流しましたよー』
独り呟いていたフタバだが、その言葉は姉妹たちにも届いていたらしい。
「了解した。至急後退する」
『はいです。マスターとケン様、地上のゲンタロウ様たちで相談した結果、〈オロチ〉はこのまま地上まで引きずり出すそうです』
「では、私はこのまま『餌』の役割を続けよう。その旨、マスターたちにも伝えておいてくれ」
『わっかりましたー』
◆◆◆
『囮用の「餌」を用意して、蛇神様を地上までエスコートして差し上げろ』
ショウたちから地下二階で〈オロチ〉と遭遇したことを聞いたゲンタロウは、すぐさま〈オロチ〉を地上まで誘導することを決断した。
ショウの報告によれば、〈オロチ〉は優に10メートルを越えるという。実際には巨大すぎて詳細な大きさが分からないのだが、狭い地下で巨大な蛇型【インビジリアン】と戦うのは下策以外のなにものでもあるまい。
「地下班の連中が間もなくでっけぇお客さんを連れてくる! 丁重にもてなす準備をしろ!」
「ゲンタロウ、お客さんにお出しするメインディッシュは何にする?」
「決まってらぁ! でっけぇお客さにお出しするメインディッシュは、RPG以外にありえねぇだろ!」
ゲンタロウのいうRPGとは、「携帯対戦車グレネードランチャー」のことであり、正式名称はロシア語の「Ручной Противотанковый Гранатомёт(ルチノーイ・プラチヴァターンカヴィイ・グラナタミョート)」であり、英語表記の「Ruchnoy Protivotankoviy Granatomet」の頭文字から「RPG」と呼ばれる。
安価で扱いやすく、映画などでもよく見かける携帯用ロケット兵器であり、個人で運用することを前提として開発された。
対人・対物どちらにも非常に優れた効果を発揮する兵器ではあるものの、擲弾をロケット推進で発射するわけだが、重い弾頭は横風の影響を受けやすく、命中率はお世辞にも高いとは言えない。
だが、巨大な相手に対しては非常に有効な兵器であることは間違いない。元々、歩兵が戦車を仕留めるために開発された代物なので、その火力は推して知るべし、である。
以前、〈ギガンテス〉との戦い──「ファイヤーストーム作戦」に使用した四連装ロケットランチャーは非常に高価な兵器だが、RPGは使い捨てなので極めて安価であり、ゲンタロウのようなベテラン発掘者の中には、万が一強敵と遭遇した時のことを想定して、数本用意している者も少なくはない。
ゲンタロウのチームがそんな「おもてなし」の用意をしていると、地上部分を探索していたコウジのチームがビルの外へ出てきた。
「ゲンタロウ、地下に〈オロチ〉がいたってマジかよ?」
「そうらしい。今、ショウとケンたちが地上へと誘導している。おまえらも迎撃の準備をしてくれ」
「了解だ」
コウジのチームは、それぞれに武器の点検を行う。
そして、LHエレクトロニクスの廃ビルから、ショウたちとケンたちも脱出してくる。
「現状はっ!?」
ゲンタロウの問いに、ケンが応じた。
「今、ショウのトコのフタバって姉ちゃんと、ウチのメンバー二人が『餌』役を務めている。すぐにお客さんも到着するだろう」
ケンの言葉に、ゲンタロウが深く頷く。
「ぃよっしゃっ!! もうすぐ主賓が到着する! そしたら、パーティの開始だ!」
ゲンタロウの宣言に、その場の発掘者たちはそれぞれに銃を構えた。
◇◇◇
ショウたちがビルの外へと脱出する少し前。
具体的にはフタバが囮役を務め、ショウたちが先に地上へと向かった時。
バトル・ライフルを乱射しつつ、ゆっくりと後退を続けるフタバの許に、ライフルを構えた二人の男性が近づいてきた。
「『餌』役、ご苦労さん! こっからはおじさんたちも手伝うからな!」
「どんどん頼ってくれよ、お嬢ちゃん」
「ああ、頼りにさせてもらおう」
彼らはケンのチームメイトであり、単独で殿を務めるフタバに加勢するために来たのだ。
「うわぁ、ショウから聞いてはいたが、マジでっけぇな!」
「これ、もう〈オロチ〉級以上だろ!」
「〈オロチ〉級以上なんてないだろ?」
「じゃあ今作っちまおうぜ。そうだな……〈ケツアルカトル〉級とかどうだ?」
「言いづらい! 却下!」
そんな軽口を叩き合う彼らのすぐ前には、青白い積層皮膚がまさに鱗のようになっている巨大な蛇の【インビジリアン】。
鎌首をもたげたその高さは、地下の廊下の天井すれすれ。そこから、巨大な一対の赤い眼が三つの「餌」をじっと見下ろしている。
ちろちろと口先から何度も覗く細い舌は、「餌」の匂いを確かめているのだろう。
「さて、冗談はこれぐらいにして、あの蛇さんに弱点はありそうかい、姉ちゃん?」
「現状、弱点らしきモノは見受けられない。7.62mm強装弾でも簡単に弾かれる」
「かぁ、バトル・ライフルの強装弾でもダメってか? おい、誰か.44マグナムとか持ってねえ?」
「ミサキが……妹が.44のマグナムオートを所持しているが、地上に向かってしまったな」
「へぇ、お嬢ちゃんの妹さん、いい趣味してんねぇ」
ライフルを撃ちまくりながらも、軽い冗談を口にする二人の男性。
おそらく、これが彼らの気持ちを落ち着かせるルーティンなのだとフタバは判断した。どんな危機的な状況でも、軽口を叩き合って冷静になる。
そうやって彼らは──いや、ケンのチームはこれまで生き残ってきたのだろう。
そんな二人が共に殿を務めてくれることが、とても頼もしい。
「さて、冗談の言い合いもここまでのようだぜ?」
「蛇さん、様子見はここまでらしいな」
これまで、鎌首をもたげたままじっとフタバたちを見下ろしていた〈オロチ〉。匂いなどから、目の前に存在する「餌」が本当に「餌」としての価値が──自分にとって栄養となり得るのか見極めていたのだろう。
そして、その見極めを終えた〈オロチ〉はその巨大な顎をくぱぁぁと開いた。どうやらフタバたち三人を「餌」と断定したようだ。
口腔内に存在する一対の巨大な毒牙をこれでもかと見せつけつつ、〈オロチ〉は「餌」を丸飲みにしようと猛然と襲い掛かってきた。




