再び地下へ
四つのチームで相談した結果、どのチームがどの階層を探索するのかが決まった。
まず、ゲンタロウのチームは前線キャンプを設営し、ビルの外で全体の指揮を担当する。仮に他のチームが危機に陥った場合は、素早く援護に駆けつけるバックアップ要員も兼ねる。
地上部分とそれより上の階をコウジが率いるチームが。そして、地下一階をケンのチームが担当する。
地下二階以下を担当するのがショウたちだ。
かつて、このビルを訪れた時、理由は不明だがショウの指紋や遺伝子の情報が登録されていた。このことは、今回の調査に参加したチームにはカワサキの上層部から伝達済みである。
「つまり、この廃墟の中にはショウなら開けられる、秘密の扉があるかもしれないってことだ」
ゲンタロウの言葉に、全ての発掘者が頷く。
「何か怪しい箇所を見つけたら、ショウに知らせろ。特に指紋判定や網膜判定のパネル、何らかの操作パネルがあった場合、ショウの生体データで開く可能性が高い」
「了解だ。だが、なぜショウのデータがこんな所に登録されているんだろうな?」
「ショウ自身、分かっていないって話だったが……」
コウジとケンの視線がショウに向けられる。
「俺もそこはよく分かっていないんですよ。でも、かつてここを調べた時、俺の指紋や遺伝子のデータが鍵になっていたことは確かです」
「まあ、その辺は今考えたって答えは出ねえだろうさ。さあ、お仕事の時間だ! 全員、気合を入れろよ!」
ゲンタロウの檄を合図に、ショウたち三つのチームはゆっくりと旧LHエレクトロニクス日本支社ビルに足を踏み入れた。
◆◆◆
「どうだ、マスター? 【インビジリアン】の気配はあるか?」
「ああ。前回ここに来た時以上に痕跡がある。あれから相当数の【インビジリアン】が入り込んだようだ」
防弾防疫ヘルメットに仕込まれたチーム限定の通信で、ショウとフタバが言葉を交わす。
今、ショウたちは地上から地下一階へと向かっている。
ショウたちの前を行くのは、地下一階の調査を担当するケンのチーム。地下一階まで到達した後、ショウたちは更に下へと向かうが、ケンたちはそのまま地下一階を調査する計画だ。
「前方より何かが接近!」
一行が地下一階に到達すると同時に、ケンのチームメイトが警戒の声を上げた。
「何かが」とは言うが、こんな場所にいるのは【インビジリアン】ぐらいだ。先行するケンのチームが、素早く迎撃の態勢を整える。
「ここは俺たちだけで十分だ。おまえらは予定通り下へ向かえ」
ケンの言葉に、ショウは黙って頷いた。
背後に激しい銃撃の音を聞きながら、ショウたちは地下二階へと向かう。
「やはり、まずはあの隠し通路の先の部屋を調べるべきか」
「そうですね。初めてショウ様にお会いした時は、ショウ様の怪我のこともあって《ベヒィモス》に関する情報しか探りませんでしたから」
「そういや、あの隠し部屋から《ベヒィモス》が残されていた格納庫へも行けたよな。イチカたちが保管されていた部屋と、あの格納庫も調べるべきか」
「ここを調査するのがボクたちだけなら、地下の格納庫へ《ベヒィモス》ごと入れて楽だったんですけどねー」
「それは仕方ない。他のチームの車両では、このビルの近くまで入り込めないからな。それに、格納庫から地上へと繋がる隠し通路も秘密にしておくべきだろう」
ミサキとフタバが交わす言葉を聞きながら、その通りだなとショウも思う。
地下の格納庫と、そこから地上へと繋がる隠し通路、《ジョカ》シリーズが保存されていた部屋など、それを知る者は少ない方がいいというのが、ウイリアムたちカワサキ・シェルター上層部の判断である。
そのためには、ショウのチームだけでこのビルを探索するのが望ましいだろう。しかし、ここが【巣穴】になっていることを考えると、単独チームでの探索は厳しいだろう。
そのため、ウイリアムは調査チームのリーダーであるゲンタロウに、《ジョカ》に関係しそうな場所の調査はショウに任せるように指示を出したのだ。
もちろん《ジョカ》シリーズのことは伝えず、ショウの生体データが登録されていたことを理由にして。
そして、到達した地下二階。この階に、例の隠し通路がある。
だが、ショウたちには隠し通路へ向かう前にするべきことがあった。
「前方より敵が接近。足音のパターンと体格から、〈ゴブリン〉が四体かと」
震動センサーとサーモセンサーが得た情報から、イチカは接近する敵が〈ゴブリン〉と断定。
「まずは障害を排除しつつ、例の通路を目指す」
「承知いたしました、ショウ様」
「イエス、マスター」
「わっかりました、ご主人様ー!」
ショウの指示にフタバとミサキが素早く駆け出す。
閉所であっても、〈ゴブリン〉四体など二人の敵ではない。
暗い地下に数度マズルフラッシュが瞬き、たたたたたた、と軽快な銃声が響き渡った。
◆◆◆
薄暗い地下の通路に、銃声が響き渡る。
通路の角に身を隠したフタバ。彼女は体を最低限のみ遮蔽から露出させ、構えたバトル・ライフルの引き金を絞りっぱなしにする。
オートで吐き出されるのは、十数回のマズルフラシュと同じ数の銃弾。
近づいて来ようとした【インビジリアン】──識別名〈オーク〉──は、その巨体に無数の銃弾を浴びて膝から崩れ落ちた。
「前方、クリア。接近する敵は存在しません」
各種センサーを動員して索敵を済ませたイチカは、周囲に敵の気配がないことをショウに告げた。
「ミサキ、他のチームやキャンプからの連絡はあったか?」
「いえ、今のところはありませーん」
「なら、俺たちの現状をキャンプのゲンタロウさんに報告してくれ」
「わっかりましたー」
ビル外で臨時の指揮所を構築したゲンタロウたちは、そこで他のチームの行動を監視しつつ、全体の指揮を執っている。
チーム間の距離が近いため、通信は問題なく行える。今頃はコウジとケンのチームも、同じように調査を進めているだろう。
「思ったよりも数が多いな。やはり前よりも確実に増えている」
活動を停止して倒れた〈オーク〉を見下ろしつつ、ショウが零す。
ショウたちのチームが地下二階の調査を始めてから、時間にして30分も経過していない。それなのに、敵との交戦はこれで七回。想定していたよりも遥かに交戦回数が多かった。
「想定より戦闘の回数が多くなると、補給のために前線キャンプまで戻らないといけないが……」
ライフルの弾倉を交換しながら、フタバが言う。
彼女たちも携行できる弾薬には限界がある。人間よりも筋力に優れる《ジョカ》シリーズだが、今は他のチームと行動中であり不用意なことは避けた方がいい。
そのため、今日のフタバたちが携行する弾薬やその他の必要物資は、いつもの単独探索に比べると少なめである。
「今日はボクたちには必要ない食料も携行していますしねー」
「そこは仕方ない。食料も持たずに活動する探索者なんていないからな」
人間と違って食事の必要のないイチカたちは、いつもの探索では食料を持ち運ぶことはなく、その分のスペースで予備の弾薬を持ち運んでいるのだが、今日は怪しまれないように普通の人間と同じく食料を携行していた。
「食料はいざとなったら俺が食べるさ。それより、そろそろ例の隠し通路だ。周囲の警戒を怠るな」
ショウの人間離れした「目」は、暗所でも充分な視界を得ることができる。
今日も彼はその「目」を用いて、迫る【インビジリアン】を何体も一撃必殺で撃退してきた。
「ある程度距離があればマスターの狙撃で沈め、近づかれたら私たちで倒す。このパターンが一番効果的だな」
「さすがのご主人様でも、数が多いと狙撃しきれませんからねー」
最近のショウの戦闘スタイルは、「目」の力を用いた狙撃が主流となりつつあった。だが、彼の狙撃には狙いをつけるのにやや時間がかかるという欠点もあるため、敵の数が多いと倒し切れないことがある。
そんな撃ち漏らした敵を、フタバたちで片付けるのが最近の戦闘パターンだ。
「前方に見えてきた部屋の奥に、例の隠し通路があったはずだ。まずはそこまで行こう」
ショウの声に応える《ジョカ》シリーズ。彼らは目的の部屋を目指し、慎重に歩を進めていく。
◆◆◆
「こちら、イチカです」
『おう、前線キャンプのゲンタロウだ。何かあったか?』
「いえ、数回の戦闘はありましたが、それ以外は問題なく地下二階を探索中です。他のチームはどうでしょうか?」
「どこも似たようなモンさ。戦闘はあれど収穫はなし、ってところだぁな」
例の隠し通路の近くまで来た時、ショウはイチカに地上と連絡を取るように命じた。こちらには特に問題はないという報告と、他のチームはどうなっているかの確認のためだ。
『おまえさんらが身に着けているカメラから、そっちの様子は常に確認している。何かあったらすぐに駆け付けるからよ』
「承知いたしました」
「ゲンタロウたちは、どこまで隠し通路や隠し部屋のことを知っているんだ?」
チーム限定の通話で、フタバがショウに確認する。
「オヤジからゲンタロウさんたちに伝えられているのは、この隠し通路とその先の隠し部屋のことだけのはずだ。フタバたちが保存されていた部屋や、《ベヒィモス》があった格納庫のことは伝えていないよ」
「なら、そっちを調べる時は、カメラや通信機は切らないといけませんかねー?」
「そうした方がいいだろう。ゲンタロウさんには、後で通信状況が異常に悪いエリアがあったとでも伝えるさ」
【インビジリアン】がその体から散布する【ブルーミスト】には、通信を阻害する成分が含まれているのは有名だ。
そのため、数多くの【インビジリアン】が潜んでいて【ブルーミスト】の濃度が高い場所では、局地的に通信障害が発生することはよくあることだった。
「だが、その二か所を探索する時は、イチカは状況を録画しておいてくれ。後でオヤジに提出する」
「承知いたしました」
そして、ショウたちは隠し通路が存在する部屋へと到着した。
この部屋は、かつては何かの実験室だったのだろう。天井から伸びるロボット・アームと、その向こうに見えるガラス張り──ガラスは全て割れているが──の観察室らしき場所。
だが、部屋の中に存在したのは、それだけではなかった。
「あ、あれは……」
それは巨大な物体……いや、生物だった。
あまりにも巨大過ぎて、その全体像を目視することが難しい。しかも、その巨大な生物はとぐろを巻いているので、尚更全体を把握しづらい。
「こ、この巨大な【インビジリアン】は…………」
「…………〈オロチ〉だ……こんな所に〈オロチ〉が入り込んでいたのか…………っ!?」
その姿を見て、ショウたちは瞬時に戦闘態勢を取る。
実験室に蹲っていたモノ。それは、巨大な蛇型の【インビジリアン】だった。




