LHエレクトロニクス日本支社
「LHエレクトロニクスのビルか。確かにもう一度調べるべきだとオヤジも言っていたな」
「コウスケ様からも、あらためてウイリアム様に提言されるとのことでした」
ヨコハマ遺跡に存在する、LHエレクトロニクスのビル。もちろん今では単なる廃墟だが、そこはイチカたち《ジョカ》シリーズが保管されていた場所でもある。
謎のアンドロイド──ショウたちはまだ《フギ》という名称を知らない──を調べていたコウスケとイチカは、このアンドロイドが《ジョカ》と同系列の機体と判断し、イチカたちが眠っていたLHエレクトロニクスの廃墟ビルを改めて調べる価値があると結論づけた。
自宅に戻ったイチカはそのことをショウに告げると、ショウも同じ判断を下す。
「おそらく、近々オヤジからも話が出るだろう」
「LHエレクトロニクスの廃ビルの再調査だな?」
フタバの問いかけに、ショウは「ああ」とだけ答えた。
「イチカ、フタバ、ミサキ。オヤジから……カワサキの上層部からの依頼があり次第、いつでも出られるよう準備をしておいてくれ」
「承知いたしました、ショウ様」
「イエス、マスター」
「はーい、わっかりましたー」
イチカたちは発掘に必要な物資の補充や、装備や車両の点検を手分けして行う相談を始めた。
もちろん、ショウも彼女たちに命じるだけではなく、自分自身でも準備を進めるだろう。
「そういえばショウ様。今回もアイナ様に同行を依頼されるのですか?」
「いや、そのつもりはない。前回みたいなことがまた起こるかもしれないからな」
ショウとてアイナが足手纏いだとは思っていないし、発掘現場に医療の心得のある人物がいるのは非常に心強い。だが、ショウたちがどれだけ注意してアイナを護ろうとしても、前回のようなハプニングは発生するかもしれない。
「アイナにはここで……カワサキ・シェルターで、待っていて欲しいんだ」
「承知いたしました。我らはショウ様の決定に従います」
イチカのその言葉に、フタバとミサキも笑みを浮かべながら頷いた。
そして、その日の夕方。
帰宅したウイリアムから、「旧LHビルの調査」が正式にショウへと依頼された。
◆◆◆
ヨコハマ遺跡。
これまでに、ショウは何度も足を運んできた場所だ。
そのため、外周部と中層部の地形と現状はほぼ把握している。さすがに深部にまで足を踏み入れたことはないが、今回の目的地であるLHエレクトロニクスの廃ビルは中層部に存在するため、特に問題となることもあるまい。
ヨコハマ遺跡の外周部、とある廃ビルの陰に《ベヒィモス》を駐め、カモフラージュと念のために防犯用の罠を施す。
そして、ここからは徒歩でLHエレクトロニクスの廃ビルを目指す計画だ。
「《ベヒィモス》だけなら、直接LHエレクトロニクスの廃ビルまで行けるんですけどねー」
「そこは仕方ない。今回の調査に赴くのは、俺たちだけじゃないからな」
そう。
今回、カワサキ・シェルターの運営部から旧LHビルの調査を依頼されたのは、ショウたちだけではない。
ベテラン発掘者であるゲンタロウ──ショウの発掘者としての師匠のような存在──を始め、複数のチームがLHビルの調査に挑む。
《ベヒィモス》の機動性ならもっと入り組んだ場所でも走行可能だが、他のチームの車両はここらまでが限界だ。
「おぉぉい、ショウ。ここから目的地のLHビルまでの道案内、頼めるかぁ?」
今回の調査チームのリーダーであるクノ・ゲンタロウ。彼は一度LHエレクトロニクスの廃ビルへ行ったことのあるショウに、先導役を頼んできた。
「構わないよ、ゲンタロウさん。他のチームも俺たちが先頭で納得しているか?」
「おう、そこは問題ねぇさ。今回、ウチとおまえたち以外に二チーム来ているが、皆ベテランばっかしだ。LHビルに行ったことのあるおまえが先導することに異論なんぞ出やしねえさ」
今回の調査は、カワサキ・シェルターからの正式な依頼である。当然ながら、経験豊かで信頼のおけるチームばかりが選ばれている。
経験という面では一番浅いショウたちだが、かつてLHエレクトロニクスの廃ビルに足を踏み入れた経験があることも承知しており、彼と彼のチームが先導することに納得していた。
なお、ウイリアムを代表とするカワサキの上層部は、LHエレクトロニクスの廃ビルにショウの生体データを用いた防犯設備があったことを、今回参加するチームには公開している。
「しっかし、何でまたショウとその家族のデータがそのビルにあったんだろうなぁ?」
「それは俺も全然分からないんだよ」
「なぁ、そっちのお姉ちゃんたちも知らねえんだよな?」
「はい、わたくしたちもそれについては存じ上げておりません」
イチカたち《ジョカ》シリーズのメモリーには、LHエレクトロニクスに関する何らかの情報が隠されている可能性が高いと上層部は考えている。
だが、それに関してはプロテクトが施されており、クラッキングすることもまず不可能であることから、今回参加した調査チームには《ジョカ》シリーズに関する情報は伏せられたままだった。
「おそらく、ショウの家族が関わっているのは間違いねぇだろうが、その家族は【パンデミック】で亡くなっているからなぁ。確かめようがねぇんだよなぁ」
「そこも含めて、今回の調査だろう?」
「ははは、フタバの姉ちゃんの言う通りだな!」
呵々と笑うゲンタロウ。彼はあまり細かいことを気にしない性格だ。もっとも、彼のチームメイトたちに言わせれば、「雑」とか「大雑把」とか言われるのだが。
「うっし、他の連中の準備もいいみたいだ。そろそろ目的地のビルへ向けて出発するぜ!」
リーダーであるゲンタロウの言葉に、調査に参加した全員から「応」という声が一斉に上がった。
◆◆◆
ヨコハマ遺跡、中層部。
とは言っても、外周部と中層部の境目からやや中層部寄りに進んだ所で、他のチームから先行する形で進んでいたショウは、突然その足を止めた。
「どうした、マスター?」
彼の隣を歩いていたフタバが、不思議そうな顔でショウを見る。
「いや、ここからかなり離れた場所なんだが、〈オーガ〉が一体いるみたいなんだ」
「〈オーガ〉だと? ヨコハマのこんな比較的浅い場所にか?」
「ああ、間違いない。〈オーガ〉がいる。それも、誰かを襲っているようだな」
《ジョカ》シリーズの優れた視覚センサーでさえ捕捉できないほど離れた場所で。
一体の〈オーガ〉が、一人の発掘者らしき人物を襲っているのをショウの「目」は確かに捉えていた。
「これだけ周囲に廃ビルなどの障害物があっても、そんな離れた場所が『視』えるのか。マスター、いつの間に人間を辞めたんだ?」
「障害物の間の隙間から、ほんの少しだけ見えたんだよ」
フタバの冗談に肩を竦めながら、ショウは最近購入したスナイパー・ライフルを構えた。
ボルトアクション式のシンプルなスナイパー・ライフルは、「天使の館」製で〈天獄〉という名を持つ。
ショウは自身の目に宿った異能を最大限に活かすため、愛用の7.62ミリバトル・ライフル〈獰猛なる翼〉の他に、このスナイパー・ライフル〈天獄〉を準備したのだ。
防弾防疫ヘルメットの奥で、ショウの瞳に宿る青白い燐光が輝きを増す。
同時に、ショウには「視」えてくる。遠く離れた〈オーガ〉と、スナイパー・ライフルとを結ぶ「線」が。
ショウと〈オーガ〉の間には、距離以外にも無数の障害物という難関が立ち塞がっている。
崩れたビル、折れた電柱、朽ちた民家、落下した看板など、繁栄を極めた横浜という都市の残骸が、両者の間には無数に横たわっているのだ。
普通なら射線など通るはずもない。だが、自分と〈オーガ〉の間には、極めて細いながらも「道」が存在していることをショウの「目」は教えてくれた。
それこそ、弾丸がぎりぎり通り抜けられるだけの小さな小さな「道」。その「道」は確かにそこにある。
ショウにだけ見える「線」は、様々に揺れ、捻じれ、蠢きまわるが、乱立する障害物の僅かな隙間を通り抜け、〈オーガ〉の体にぼんやりと輝く【核】──〈オーガ〉の頭部に存在する──へと導く「道」を示していた。
そして。
そして、複雑に揺れ動く「線」が一直線になった僅かな瞬間。
ショウの指は引き金を引き絞っていた。
銃口から解き放たれた弾丸は、障害物の中に存在する僅かな「道」を通り抜け、〈オーガ〉の頭部を撃ち貫く。
それを「視」届け、ショウは構えたスナイパー・ライフルを下ろした。
「倒したのか?」
「ああ」
「……本当に、ウチのマスターは人間を辞めたようだ」
「だから、人間を辞めたつもりなんてないんだが」
「ところで、〈オーガ〉に襲われていたと思しき人は無事ですかー?」
「多分な……ぎりぎり狙撃が間に合ったと思う」
「この辺りを独りで探索していた発掘者が、運悪く〈オーガ〉に遭遇してしまったのでしょうか?」
「おそらくそんなところだろう」
「でも、どうしてこんなヨコハマでも浅い場所に、〈オーガ〉がいたんですかねー?」
「そこまでは分からないし、今の俺たちの目的でもない。さあ、先を急ぐぞ」
後続のゲンタロウたちが追い付いてくるまでに、ショウたちは再び目的地に向かって歩き始めた。
◆◆◆
そして、ショウたち「LHビル調査チーム」は、目的地である旧LHエレクトロニクスのビルへと到着した。
「よう、ショウ。聞いた話じゃ、おまえさんが前にここに来た時、【インビジリアン】の【巣穴】になっていたそうじゃないか」
そう尋ねてきたのは、今回の調査に参加したチームのひとつ、そのリーダーであるコウジという三十代の男性だ。
「そうですね。確かに、ここは……特に地下部分は【巣穴】になっていました。〈ミミック〉までいましたよ」
「かぁぁぁ、〈ミミック〉かぁ。俺、あれ苦手なんだよなぁ。机や椅子に擬態しやがって、見分けがつきにくいからよぉ」
がりがりと頭を掻きむしるコウジ。どうやら、相当嫌な思い出があるようだ。
「確かに、〈ミミック〉は厄介だよな。でもよ、ショウ。おまえは〈ミミック〉を見つけられたんだよな? 何か、コツみたいなものはあるのか?」
横からそう聞いてきたのは、もう一つのチームのリーダーであるケンだ。彼もコウジと同じ三十代の男性で、発掘者としての実力は申し分ない。
「ははは、あの時は単に運が良かっただけですよ」
ショウの「目」のことを知っているのは、彼の周囲の者だけ。今回の参加者で言えば、ゲンタロウとその仲間たちが知っているぐらいだ。
「それで、どうするんだゲンタロウ? このまま、四チームで固まったまま探索するのか?」
ケンの問いに、ゲンタロウは首を横に振る。
「さすがにこの人数が閉所で固まって動くのは厳しいだろ? ここはチームごとに探索しようじゃねえか」
「だな。俺もその意見に賛成だ」
ゲンタロウの意見に、ケンもコウジも賛意を示す。もちろん、ショウも異論はない。
「んじゃま、どのチームがどこを探索するか決めようじゃねえか。だが、今回の目的はあくまでも調査であり発掘じゃねえってことは忘れんなよ?」
「分かっているって。だが、仮に価値のありそうな発掘品を見つけたらどうする?」
ゲンタロウの言葉に、コウジが頷きつつも尋ねた。
「そんときゃあ、見つけたチームのモンでいいぞ。リアムからもそう言われているしな」
「おお、そりゃいい!」
「こいつぁ、一層気合が入るな!」
コウジとケンは、ゲンタロウの判断に喜色を浮かべた。
「さぁて、と。いよいよお仕事の本番だ! 全員、気合を入れろよ! こっから先は地獄の一丁目だからな!」
【インビジリアン】の【巣穴】と化している旧LHエレクトロニクスの日本支社ビル。かつて、ある程度ショウたちが掃討したが、それから時間が経過していることもあり、再び相当数の【インビジリアン】が潜伏していると考えられる。
そんな地獄の入り口へと、ショウたち調査チームは足を踏み入れていくのだった。




