あちこちのあれこれ
「『聖母』の確保に失敗した、か」
「申し訳ありません、教祖様」
小柄で痩せぎす、それなのに妙に頭部が大きい印象の男性──「超越者教団」の教祖を名乗る男は、その大きくてぎょろりとした目を跪いて頭を下げるヴァレンティーナへと向けた。
「まあ、よい。『聖母』の確保は二の次だったのだ。本来の目的である、《フギ》シリーズの実動データは取れたのだからな」
異様なまでに煌びやかな装飾が施された法衣を纏った教祖は、特に機嫌を悪くした様子もなく、それでいてどこか陰を帯びたような笑みを浮かべる。
「今度こそ……今度こそ、この私があいつより優れていることを実証してみせる……あいつが完成させることのできなかった《ジョカ》……その《ジョカ》を越える《フギ》をこの手で完成させることによってな」
教祖はいまだに頭を下げ続けるヴァレンティーナへと命じる。
「今回得られたデータを用い、《フギ》の完成度を更に高めるよう関連部署に伝えよ」
「御意」
音も立てずに退室したヴァレンティーナへはもう目を向けることもなく、教祖と呼ばれた男は一人呟く。
「私が……私こそが『リー・ハオ』なのだ……『リー・ハオ』は私一人で十分なのだよ……ははは…………ははははははははははははははははっ!! 今度こそ、貴様を……浩を越えてみせるぞっ!!」
◆◆◆
「は? ケイゴの奴がイチカに会いに来ただぁ?」
帰宅したフタバからそう聞いたウイリアムは、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あんにゃろ、奥手だ奥手だとばかり思っていたが、結構行動力があるじゃねえか」
「おいオヤジ、もしかしてケイゴさんって……」
「どういう意味だ?」
ウイリアムの言葉の意味を理解できたショウと、理解できなかったフタバ。
対照的な二人を眺めながら、ウイリアムはふぅと溜息を吐いた。
「まー、そのー、なんだ? ショウの考えている通り……早い話が、ケイゴの奴はイチカに『ほ』の字ってわけだ」
「い、一体いつから……?」
呆然としたショウの言葉に、ウイリアムは記憶を探りながら答える。
「確か、『ファイヤーストーム作戦』の前だったか? おまえとイチカが〈ギガンテス〉の偵察結果を画面越しにオレたちにしたことがあっただろ? そン時、ケイゴはイチカに一目惚れしちまったらしい」
ショウもケイゴのことはよく知っている。気が弱くて金銭にはうるさいが、決して悪人ではないことも。金銭にうるさいのだって、それが仕事だからだ。
だから、ケイゴが誰かを好きになって、その女性と幸せになるのはショウとしても喜ばしい。
だが。
しかし。
その相手がイチカというのは、かなり状況が悪い。
仮にイチカに恋愛感情が芽生え、ケイゴと一緒になりたいと言い出すのであれば、話はまた別。
だが、イチカがそのようなことを言い出すことはまずあるまい。あるとしたら、彼女のメモリーを何らかの方法で書き換えた時ぐらいだろう。
「……ここは正直にイチカが人間ではないことをケイゴさんに話すべきでは?」
「うーん、どうだかなぁ……。つい最近、謎のアンドロイドの襲撃を受けたばかりなんだぜ? ここで実はイチカもアンドロイドなんだよ、てへぺろー、なんて言ったら変な勘繰りをされるかもしれねぇ」
一般には公表されていないが、ここカワサキ・シェルターは謎のアンドロイドの襲撃を受けたばかり。そんな状況で《ジョカ》の話をするのは不要な不安を煽る結果になりかねない。
もちろん、ショウもウイリアムもケイゴが不必要に《ジョカ》の情報を漏らすとは思っていない。それでも、今は時期が悪いのは確かだろう。
「とりあえず、今は様子見するしかねぇなぁ」
「だな。イチカには伝えないほうがいいか?」
ショウの問いはフタバに向けてのもの。
「別に伝えても構わないだろう。私たち《ジョカ》シリーズは感情を完全にコントロール…………んん、まあ、若干そうでもない者もいるが、イチカならケイゴと会っても変わらず対応できるだろう」
「じゃあ、イチカにはフタバから伝えておいてくれ。それからオヤジ」
「イエス、マスター」
「ん? どうした、My Son?」
「いい歳して『てへぺろ』はないだろ」
「Oh……息子が厳しい……父ちゃん、悲しくって涙が出てくらぁ」
◇◇◇
数日後。
「お、アイナじゃーん。もう職場復帰して大丈夫なん?」
「うん、ありがとスワティ。実際は特に入院する必要もなかったんだけど、義弟がどうしてもってうるさくてね」
「いーじゃん、いーじゃん。それだけ愛されているって証拠だよぅ。あーあ、私も姉思いで稼ぎもいい弟が欲しーなー」
【インビジブル】感染の疑いから検査入院をしていたアイナ。ようやく義弟であるショウもアイナが陰性であることを確信して安心し、めでたく退院と相成った。
そして、退院すれば職場に復帰するわけで。
アイナは今日、久々に職場へ出勤したのである。
「では、アイナ様。ボクはこれで帰りますねー。退勤時間に連絡もらえれば、また迎えにきますー」
今日、アイナの職場である「カワサキ病院」まで、彼女を送ってきたのはミサキである。
当然ながら、アイナのことを心配し過ぎるショウが、ミサキに命じた結果だ。
「んんー? メイド服を着た、ちっこくてすっごく可愛い娘がいるぞー? この娘、アイナの知り合い?」
「うん、彼女はミサキ。義弟の発掘者チームのメンバーなんだよ」
「ミサキって言いますー。お姉さんはアイナ様のお友達ですかー?」
「うんうん、私はアイナの友達で、『カワサキ病院』で看護師をしているスワティちゃんだよん! よろしくね、ミサキちゃん! メイド服、とっても似合っているよぅ!」
「ありがとうございますー。ボクもこの服、すっごく気に入っているんですよー」
互いに名乗り合い、握手を交わすミサキとスワティ。
その後、ミサキはアイナをここまで乗せてきたバッテリー式軽自動車──アイナの愛車である──を運転して帰宅し、アイナとスワティは仕事のため「カワサキ病院」の中へ。
「しっかし、ミサキちゃん可愛かった! メイド服を着ているのも良ポイント! しかもアイナのことを『アイナ様』とか呼んじゃってさー。まるっきりホントのメイドさんじゃん!」
「あはは……。その辺りはミサキの趣味みたい。でも、最近は家事も手伝ってくれるし、助かっているのは本当かな?」
「あれあれー? ミサキちゃん、アイナたちの家に住んでんの?」
「うん。彼女には二人お姉さんがいて、そのお姉さんたちもしょーちゃんと一緒にチームを組んでいるから、今はみんな一緒に暮らしているよ」
玄関から「カワサキ病院」の中へと入り、着替えるための更衣室へと向かいながら。
二人はそんなことを話しながら通路を歩く。
「それって大丈夫なん? アイナの義弟くん、寝取られたりしてない?」
「ね、寝取られ……っ! だ、大丈夫だから! しょーちゃんと彼女たちはそんなことないしっ!!」
「それはどうかなー? ほら、発掘者って時には何日もかけて発掘に出かけるんっしょ? そんな時、義弟くんと彼女たちの誰かが……とかさ? ほら、ミサキちゃんのお姉さんってことは、きっと他の二人も美人だったり可愛かったりするんじゃないん?」
「たたた、確かに彼女たちはみんな美人だけど、寝取るとかは絶対にないからっ!!」
ミサキたち三人は全員アンドロイドで、ショウに対する忠誠や親愛の情はあっても恋愛的な感情はない。更に加えるならば、彼女たちは「セクサロイド」ではないため、性交する機能もない。
──とは言えないアイナは、その後もにまにましながらしつこく絡んでくるスワティに手を焼くのだった。
◆◆◆
カワサキ・シェルター、通称「役場」。
ここはカワサキの行政の中心であり、各種施設や首脳陣の執務室などがある。
その「役場」の一室でイチカとコウスケは、空中に展開された3Dモニターを注視していた。
「どうだい、イチカ?」
「結論から言うと、このアンドロイドは我々《ジョカ》の設計図を下敷きに新規設計されたものと断定します」
「予想していたけど、このアンドロイドは《ジョカ》の改良型ってわけか」
コウスケの問いに、イチカは「その通りです」と答えた。
「だけど、このアンドロイドを造った者たちはどこから君たちの設計図を入手したのか……元々の設計図がなければ、それを下敷きにすることもできないわけだし。もしかして、君たちを造った者とこのアンドロイドを造った者が、同一人物って可能性はないかな?」
「我々の創造者に関する、いかなる質問にもお答えできません」
「うん、だろうね。分かってはいたけどね。一応ね」
苦笑しつつ、コウスケは肩を竦めた。
「だけど、何か手がかりやヒントはどうしても必要なんだよね。君たちのプロテクトに触れない範囲で、何か教えてもらえることはないかな?」
「では、手がかりになるかどうかは分かりませんが、わたくしから提案をひとつ」
イチカは端末を操作すると、とあるビルの写真をモニターに映し出した。
「このビル……【パンデミック】以前の写真のようだけど、このビルがどうかしたのかい?」
「このビルは、わたくしたちとショウ様が出会った場所……つまり、我々が保管されていた場所です」
イチカの説明に、コウスケははっとした表情を浮かべる。
「そ、そうか……っ!! LHエレクトロニクスのビル跡……君たちが眠っていた場所をもう一度調べれば、君たちに関する他の情報がまだあるかもしれないってことかっ!?」
「はい。わたくしたち自身から創造者に関する情報を口外することはできません。ですが、他の誰かが調べ出したのであれば、それはわたくしたちに施されたプロテクトに干渉いたしません」
コウスケの言葉に応えつつ、イチカはゆっくりと頷いて見せたのだった。




