解析とちょっとした勘違い
「それで? 隔離期間を終えても、アイナには陽性反応は現れなかったんだろ? なら良かったじゃねえか」
旧陸上自衛隊横浜駐屯地からカワサキ・シェルターに帰還したショウは、すぐにアイナの感染を再度調べた。
だが、ショウの予想に反してアイナの検査結果は陰性。既定の隔離期間を過ぎても、彼女に陽性反応が出ることはなかったのである。
「確かに、アイナに陽性反応が出なかったことはいいことだが……あの時のあの状態で、アイナが感染していないとは、俺にはどうしても思えなくて……」
「まあ、そういうこともあるンじゃねーの? 感染なんてものは、本人の体調などにもよるしな。同じ人間でも、その時のコンディションで感染することもあるし、感染しないこともあるだろうさ。ま、オレぁそっちはトーシロだから勝手なことを言っているが、当のアイナは本職だ。そのアイナ自身はどう言ってンだ?」
「感染はあくまでも確率であり、どんな状況でも運が良ければ感染しないし、運が悪ければどこにいても感染すると言っていた」
「なら、そういうこったろ?」
はっきりとしない表情のショウに対し、ウイリアムは楽天的だった。
実際、どれほど【インビジブル】の濃度が高い場所でも、必ず感染するとは限らないのだ。
「検査の結果、アイナは感染していなかった。それでいいじゃねえか?」
「…………確かに、感染しているよりはずっとマシだな」
養父の言葉に、ショウも何とか納得する。どのような理由があったにしろ、アイナは感染していなかったのだ。感染しているよりはいい結果なのは間違いない。
「念のため、アイナにはあと数日カワサキ病院で検査入院の予定だ。で、話は変わるが、ここを襲った連中の件の正体は掴めたのか?」
「いンや、それがさっぱりでよぉ。一体、どこのどいつ……いや、どこの組織があんなシロモノを造り出したのやら。そもそもどうしてここを襲ったのか、その目的も全く不明ときたもンだ」
ショウとウイリアムの話題は、アイナの容態からカワサキ・シェルターを襲撃した者たちへと移行していく。
「陽動していた連中の練度といい、あンな正体不明のアンドロイドを造り出す技術力といい、絶対に個人の仕業じゃねえだろ。こりゃ、絶対にどこかの組織による行動だな。ま、シェルターへの被害と人的損害は最小限と言っていい。こいつぁ『不幸中のアジサイ』ってヤツかね?」
「それを言うなら『不幸中の幸い』だよ、オヤジ」
「おっと、そうだっけか? へへ、まぁた教養がはみ出しちまったぜ」
今回の襲撃には、何らかの組織が関わっている。それがウイリアムたちカワサキの上層部が出した結論である。
もちろん、どこのどんな組織が動いているのか、全く不明。唯一の手掛かりと言えば、撃破した謎のアンドロイドの残骸だけだ。
「その残骸の分析に、イチカが運営部まで出張ってくれているワケだな」
「確かに、イチカなら最適だな。念のため、フタバにもイチカに同道してもらったし」
謎のアンドロイドの分析に、イチカが協力を求められるのはある意味当然だろう。彼女自身がオーバーテクノロジーの塊なのだから。
「イチカなら、何か手がかりを掴んでくれるさ」
「そうであることを願うぜ。現状、相手に関しては、まぁったく手がかりがねンだからよ」
お手上げ、とばかりに掌を天井に向けながらウイリアムは肩を竦めた
◆◆◆
「すまないね、イチカ。わざわざ来てもらって」
「いえ、お気になさらず、コウスケ様」
カワサキ・シェルターの運営部がある建物──住民からは「役場」と呼ばれている──の一室に足を踏み入れたイチカとフタバは、カワサキの電子・通信部門主任であるコウスケに出迎えられた。
「おや? 来たのは二人だけかい? ミサキはどうした?」
「ミサキなら、入院中のアイナについているぞ」
現在も医療施設にて検査入院中のアイナ。ショウはミサキに彼女の傍にいるように命じていた。
「ははは、心配性だな、我が義弟は。もちろん、僕だって義妹のことは心配だけど、専門家が感染していないって判断したのなら、それで大丈夫だと思うんだけどね」
「ショウ様はアイナ様のことを大切に思われておりますので」
「違いない。幼い頃からショウはアイナに一番懐いていたからねぇ」
年齢が近いからか、同時にウイリアムに引き取られたからか。フィッシャーマン家に来た時から、ショウはアイナに一番懐いていた。
「ま、今はここに来てもらった本題を進めよう」
「このシェルターを襲った、謎のアンドロイドの解析ですね?」
「謎のアンドロイドか……ウイリアムやトウマから聞いたが、KSSTにかなりの被害が出たそうだな?」
コウスケから謎のアンドロイドの各種資料を受け取りながら、フタバが問う。
「まあ、ね。幸い殉職者こそ少なかったけど、相当数の負傷者が出たのは間違いない。中には酷い怪我をした者もいたらしくてね、トウマ兄貴も厳しい戦いだったって零していたよ」
たったの三体の襲撃者を制圧するため、KSSTは北部防衛拠点に詰めていた十五名以上もの隊員を投入したのだ。
コウスケが言うように死者の数こそ少なかったものの、投入した人員はほぼ全て何らかの負傷を受けた。
前線で指揮を執っていたトウマも、軽傷ではあるが負傷している。
「最後は数を頼みに何とか襲撃者たちを破壊できたらしいけど……もしも、同じ性能のアンドロイドが十体以上でここを襲えば……正直、考えたくもないね」
コウスケとフタバが話し込んでいる間も、イチカは無言で資料を読み込んでいく。
「どう感じた?」
イチカが全ての資料に目を通したのを確認して、コウスケが尋ねた。
「結論から言えば、このアンドロイドはわたくしたち《ジョカ》と同じ構造をしています」
「…………やっぱりか。トウマ兄貴もそうじゃないかって言っていたんだよなぁ」
「もちろん、全くわたくしたちと同じではありません。この機体の創造者は、《ジョカ》を基にオリジナルの改良も加えておりますね」
「つまり、こいつらは私たちの姉弟機ってワケか?」
「ええ、フタバの言う通り。でも…………」
「ん? 何か気づいた点が?」
「はい。これらの機体に搭載されているAIのスペックでは、かなり機能が制限されているかと」
「その点は僕も気づいているよ。前に君たちを調べた時にも分かったことだけど、人間サイズのボディに搭載できるAIでは、どうしたって容量に限界がある。どうやら、君たちは別の方法でそれをクリアしているようだけど……」
以前──初めてイチカたち《ジョカ》シリーズを調べた時に感じた疑問点を、コウスケは改めて思い出していた。
おそらく、彼女たちの本体とも言うべき大容量のスーパーAIは別の所にあって、何らかの極秘技術でボディとリンクされている。
もちろんボディにもAIは搭載されているが、こちらは補助的なものでしかないのだろう。
彼女たちのスーパーAIがどこに存在しているのか、コウスケは知らない。そして、どのような特殊回線でスーパーAIとボディをリンクさせているのかも、だ。
それらを探る意味を含めた視線をイチカたちに向ければ、イチカとフタバは微笑みを浮かべるばかり。
「その疑問に関しては、たとえコウスケ様──いえ、ショウ様であってもお答えできません」
「この件は私たちの創造者によってプロテクトがかけられているからな」
《ジョカ》に対する最上位の命連権を有するのは、彼女たちを造り出した創造者である。その創造者が施したプロテクトは、創造者本人でなければ解除できない。
もちろん、強引にクラッキングしてプロテクトを解除したり書き換えたりすることはできるかもしれない。だが、イチカ自身が極めて高いプログラミング能力を有しており、リアルタイムで自身と姉妹たちのAIを監視しているので、クラッキングはほぼ不可能だろう。
「それに関しては、僕を含めたカワサキ上層部も無理に聞き出すつもりはないよ。下手なことして君たちに敵対されたくはないからね」
カワサキ・シェルターを襲撃したアンドロイドたちは、総合的に見て《ジョカ》に劣る。それでも相当な被害が出たのだ。もしも《ジョカ》たちが敵対した場合、今回以上の被害となるのは明白である。
もっとも、創造者に次ぐ命令権を有するショウがいる以上、《ジョカ》たちがカワサキと敵対することはほぼあり得ないのだが。
「じゃあ、このアンドロイドのもっと詳しい解析を頼めるかな?」
「承知いたしました」
「では、私は一度マスターの許に戻ろうか。ここには危険もないだろうしな」
「そうね、ショウ様のことはお願いね、フタバ」
「了解だ」
◆◆◆
フタバがコウスケの部屋を出ると、扉の前に一人の男性が立っていた。
「む? あなたは……?」
「え、えっと……き、君は確か、イチカさんの妹さん……だったかな?」
「そうだ。私はイチカの妹のフタバだ。で、あなたは?」
フタバの目の前に立つ男性。
小柄で線が細い三十代後半から四十代前半の男性。更に付け加えるならば、頭頂部がちょっと悲しい状態になっている。
「ああ、私はカワサキで財務を取り仕切っているザイゼンという者だが……そ、その、きょ、今日はイチカさんがここに来ていると聞いてだね……」
「ふむ、姉に用があるのか? だが姉は今、例のブツを解析中だ」
「例のブツ……ああ、アレか」
ザイゼン──カワサキ・シェルターの財務部門の主任であるザイゼン・ケイゴも、カワサキの首脳陣の一人。当然ながら、先日ここを襲った謎のアンドロイドの報告は受けている。
「そ、そうか、イチカさんは忙しいか……い、いや、特に用があったというわけでもないし、今日は出直すとしよう」
「そうしてもらえるとありがたい。一応、あなたが尋ねてきたことだけは後で姉に伝えておこう」
「お、おお、そうしてもらえるとありがたい! で、では、今日は失礼するよ」
それだけ言い残し、いそいそと立ち去るケイゴ。その後ろ姿を、フタバはじっと見つめた。
「あの男……イチカに何の用があったのか……? もしや、例のアンドロイド関連から我々のことに何か思う所でもあったのか?」
首を傾げながら、誰に言うでもなくフタバや呟いた。
「我々やマスターに何か影響が出る可能性もある、か。マスターとウイリアムに報告しておいた方が良さそうだな」
いかに優れたAIを搭載した《ジョカ》シリーズでも、すぐに理解できないモノはある。
謎のアンドロイドとは全く別の方向で、ショウたちに波乱が起きる………………かもしれない。




