迎撃
「こ、攻撃を受けて一体撃破されたっ!? い、いつどこから攻撃されたんっ!?」
突然、《フギ》の一体から送られてくる戦闘データが途切れ、ダミニは慌てた声を上げた。
《フギ》たちのアイカメラを通じて、彼らの視覚データはダミニのマルチデバイスに送信されている。だが、その視覚データに敵らしき姿は一切映っていない。
「どこか遠くから狙撃でもされた……? そ、そういえば、KSSTには凄腕のスナイパーがいるってあの娘から聞いたことがあるような……」
KSSTの情報に関しては、伝え聞き程度ぐらいはダミニも知っている。KSSTに所属する隊員の詳しいパーソナルデータも、彼女にかかればいくらでも調べることは可能だろう。
だが、ダミニはそれを命じられたことがなかったゆえ、これまでKSST隊員に関してはほぼ調べていない。
彼女がKSST関連で知っているのは、カワサキの住民なら誰もが知っているような一般的な情報と、友人から聞き及んだ一部の隊員の少し踏み込んだことぐらい。
「うぅ~、こんなことなら普段からもっと真面目に情報収集しておくべきだったか……でも、今の世の中って必要以上に働いたら負けだと思うんだよねぃ」
そんなことを独りで呟いている間も、彼女の指は的確に動いて《フギ》たちに指示を送り続けている。
「とりあえず、倒された《フギ》の位置から狙撃コースを想定……うん、やっぱ近くの窓のガラスに銃撃の痕跡があるな。どうやら隣の建物の屋上から狙撃されたっぽいぞよ」
既に狙撃の死角へと逃げ込んでいる二体の《フギ》たちに、その場でしばらく待機するように指示を出しつつ、ダミニは敵が取るであろう次の行動を予測する。
「あちらさんも、全ての《フギ》を狙撃で倒せるとは思っていないだろうなー。ってことは、次に来るのは────」
◇◇◇
「襲撃者の一名を倒したが、残る二名は遮蔽に隠れられた。後は打ち合わせ通りにな、トウマ」
「了解です、タクマさん」
北部防衛拠点に存在する建築物の屋上にて。
バイポットを用いて伏せた体勢から狙撃を行ったタクマ──この北部防衛拠点の指揮官──は、マルチデバイスを通じてトウマへと指示を送った。
「欲を言えば、もう一体ぐらいは倒しておきたかったが……敵の技量が高かったな」
狙撃用のスコープから目を離し、ふうと息を吐き出すタクマ。
彼の狙撃の腕はKSSTでもトップクラス。いや、彼以上の狙撃手は隊内には存在しないと言ってもいいだろう。
その彼をしても、謎の襲撃者の一名を倒すのが精一杯だった。そこから、敵の実力の高さが窺い知れる。
「俺の立場上、撃退命令を出すしかないわけだが……死ぬなよ、トウマ。おまえに死なれると、俺がフィッシャーマン代表やおまえの奥さんに殺されかねない」
苦笑を浮かべたタクマは、マルチデバイスを通じて部下たちに次の指示を出し始めた。
◇◇◇
「敵を発見! 戦闘開始!」
タクマが陣取る狙撃地点から死角になる場所に身を潜めた襲撃者たち。
それを発見したトウマは、必要以上に近づくことなく部下に攻撃開始を命じた。
トウマを中心に、四人の部下が拳銃を構える。使用するのは9mm口径の自動拳銃。ダブルカーラムマガジンを使用する、装弾数が多めのタイプだ。
「撃て!」
トウマの号令に従い、彼を含めて五人が一斉に発砲する。
ぱん、ぱん、ぱんと乾いた銃声が何度も響き、周囲に硝煙の香りが広がった。
「命中確認!」
部下の一人が声を上げる。彼が言うように、トウマたちが放った弾丸は確かに襲撃者二人の胴体を捉えていた。
しかし、襲撃者たちは恐れる様子も怯む様子も見せず、KSST隊員たちに銃口を向けてきた。
「退避!」
トウマの命令と同時に、隊員たちは遮蔽の陰へと飛び込む。
その直後、数発の弾丸が一瞬前まで彼らがいた空間を抉っていく。
「弾丸が命中したのに、まるで効いていないだと?」
「相当優秀なボディアーマーを装備しているんですかね?」
胴体部分に数発の命中を受けても、まるで効いた様子を見せない敵。トウマが疑問符の付いた声を上げれば、それに部下の一人が律義に応じてくれる。
「生きたまま捕らえて情報を吐かせたかったが……各員、敵の頭部を狙うことを許可する!」
部下たちが一斉に「了解」と返答し、それぞれ銃口をやや上向きに修正する。
遮蔽物から顔を覗かせ、敵の様子を探ろうとした隊員の一人が、その僅かに露出した頭部を狙い撃ちされ、後方に吹っ飛ぶように倒れ込む。
「トキオ!」
別の隊員が撃たれた隊員の名を呼ぶが、倒れた隊員は全く応じない。
「生死確認急げ! 生きているなら応急処置だ!」
「…………大丈夫です! 幸い弾丸は頭部を掠めただけのようで、その衝撃で脳震盪を起こして気絶しているみたいです」
そんな部下の報告を聞いて安堵しながら、トウマは改めて敵へと集中する。
──今の僅かな隙を突く正確な射撃……フタバみたいな奴だな。もしかして、本当に彼女たちの同類か?
当然ながら、トウマは《ジョカ》たちの詳しいデータや実力を知っている。それは義父であるウイリアムを始めとした上層部から教えられたり、実際に《ジョカ》たちと一緒に訓練を行ったりしたこともあるからだ。
それらのことから、トウマはタクマが狙撃して倒した敵の一体へと目を向けた。
もしも目の前の敵がイチカたち《ジョカ》シリーズの同類であれば、その傷跡から流れ出るのは赤い血液ではなく白い反応液のはず。
しかしトウマのいる位置からは角度が悪く、倒れた敵に刻まれたであろう銃創は確認できなかった。
「…………今は余計なことを考えている時じゃないな」
敵のことは、倒した後でも確認できる。今は倒すことに集中しなければ。
自分の部隊指揮には、自分だけではなく部下の命もかかっているのだ。ここで隊長の自分がミスを犯すわけにはいかない。
「増援は?」
「間もなく、この場に到着するそうです」
既に増援の要請はしている。今は味方の被害を最低限に抑え、戦力が増えてから敵を倒せばいい。既に数名のKSST隊員が犠牲になっている。これ以上、殉職者を増やすわけにはいかない。
「各員、敵の足止めに集中しろ! 増援の到着を待ってから、一斉攻撃をしかける!」
◇◇◇
「ほむほむ……KSSTの練度と実力は完全に想定以上だったねー」
《フギ》から送られている全ての戦闘データが途切れた時、ダミニは「ふはぁー」と大きな息を吐き出した。
投入した三体の《フギ》シリーズは、全てKSST隊員たちによって撃破された。
だが、貴重な戦闘データは得られたのだ。ダミニたちの「目的」は達成されたと判断してもいいだろう。
「ま、あの三体は所詮急増の試作品だしね。今回得られたデータをフィードバックすれば、更に高性能な機体を製造できるよねー」
得られた戦闘データは、ヴァレンティーナたちによって既に教団の本部へと送信されているだろう。後はこれまでのように、何食わぬ顔でこのままカワサキ・シェルターに潜伏していればいい。
「さてさて、こりでダミニちゃんのお仕事はおっわりぃ。以後、これまで通り可愛くて優しい看護師さんに戻りまーっす!」
周囲に展開させていた仮想モニターや仮想キーボードを全て消し去り、ダミニは潜んでいた地下倉庫から地上へと──カワサキ病院の一階フロアへと戻って行った。
◇◇◇
「トウマ隊長……こ、これは一体何なんですか……?」
倒れて動かなくなった襲撃者たちの死体──これを「死体」と呼ぶべきかはともかく──を見下ろしながら、部下の一人がトウマに問うた。
「俺に分かるわけがねえだろ」
やはり、この襲撃者たちは《ジョカ》シリーズと同類のようだ。
そう判断しながらも、それを口にするわけにはいかないトウマは、部下に詳しい情報を漏らさないように注意しつつ、改めて自分たちが倒した襲撃者へと目を向けた。
見た目は人間そのもの。だが、三人──いや、三体の襲撃者は全員が同じ顔と髪色をしており、まるで同一人物が三人存在しているかのようだ。
そして、銃弾が胴体や頭部に穿った銃創からは、肉や骨ではなく精密な機械パーツが覗き、赤い血液の代わりに白い反応液が溢れ出ている。
「これってアンドロイド…………ってヤツか?」
「でも、こんな精巧なアンドロイドが存在するなんて、聞いたこともねえぞ?」
トウマと同じように襲撃者たちを見下ろすのは、この場に応援に来たKSST隊員たちだ。彼らも、襲撃者たちの正体に戸惑っているらしい。
「──ともかく、この遺体……いや、残骸は全て回収して運営部に解析してもらう必要があるだろうな。小さなネジひとつ見落とすことなく回収しろよ? いいな? ああ、怪我した奴は無理をせずに手当てを優先しろ。動ける奴で回収作業だ」
トウマの命令を受け、部下たちも動き出す。
この正体不明の襲撃者たちとの戦闘で、彼の部下や増援要員数人が負傷していた。
幸い、増援の到着以降は命を落とす者はいなかったが、それでも重傷を負った者も複数いる。それだけ、この謎の襲撃者が強敵だったということだ。
「上がどう判断するかは分からないが、許可が出るまでこいつらのことは口外するな。こいつは命令だ。いいな?」
部下たちと応援要員の隊員たちが頷くのを見ながら、トウマは何とも言い表しようのない不安を感じていた。
ここカワサキ・シェルターに……いや、この関東エリアやそれ以上の地域に、何か大きなことが起きているような不安を。
「……ともかく、この件をオヤジがどう判断するかだな。後は……ショウたちが戻ってきたら、イチカにもこの襲撃者たちの解析を頼んでみるか。彼女なら俺たちよりも何かと詳しいだろうし」
まあ、俺が何か言うまでもなくオヤジがイチカに頼むだろう、と考えながら、トウマは襲撃者たちの残骸回収に意識を向けた。
今章はこれにて終了。いつものように、1話か2話ほどライちゃんが主役の閑話を挟む予定。
そろそろ、この物語も折り返し地点ですねー。




